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22 - 6.思いがけない救いの手-2

2024年05月24日

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「で? 千尋の話は?」

「ん?」

「私の話ばっかはずるいでしょ」

千尋がキュッと口を結び、立ち上がると、冷蔵庫から缶を出した。私のも一緒に。

飲み始めて一時間で、千尋は五本目、私は四本目だった。

「――に会った」

「え?」

いきなりボソッと言い、すぐにポテトチップスを口に入れたから、聞き取れなかった。

「奥さんに会ったの」

奥さん……?

誰のかと一瞬考えて、わかったと同時に口がポカンと開いてしまった。

「マジで――?」

「マジで」

不倫相手の奥さんと会うなんて、修羅場の定番。マズいなんてもんじゃない。

「あ! 私に会いに来たわけじゃないよ? 会社に来た時に、たまたま私が取り次いだの」

「いやいや。だからいいってわけじゃないでしょ」

「まぁ……。そうなんだけど?」と言って、千尋はチーズの箱を開けた。

千尋の細い体のどこに蓄えられているのかと不思議なくらい、よく食べている。相当、自棄になっている。

「千尋の相手って、別居して長いって言ってなかったっけ?」

「うん。もう一年半は別居してるけど、奥さんが離婚に応じないみたい」

「それって、千尋が原因で離婚しようとしてるの?」

「違う、違う。付き合う前から別居してて、奥さんが離婚してくれないって弱ってるところにつけ込んだ感じ?」

「つけ込んだ……って、千尋から誘ったの?」

「そういうことになるかな」

さらっと言ったけれど、千尋の男関係についてじっくりと話したことはなかった。

「千尋って、どうして不倫ばっか? 結婚に興味なくたって、結婚してない男と付き合えないわけじゃないでしょ」

「んー……。私さ、弱ってる男に弱いんだよね。家庭が上手くいってなくて、弱ってる男を見ると、つい慰めたくなっちゃうんだよねぇ。で、私と寝た後に、吹っ切れた顔をされると、満足なのよ。なんか……いいことをした気分?」

「……」

ハッキリ言って、わからない。

母性本能のようなものだろうか?

ある意味、利用されているようにも思える。

「千尋って、ダメ男が好きなの?」

「あーーー、うん。そうかも。私自身もダメダメだからかね。汚れてるから、真っ当な男とは付き合えないのかも」と言うと、千尋がクスクス笑い出した。

「私たちみんな、変な恋愛ばっかだね」

「え?」

「私は不倫ばっか。あきらは恋人がいない時はセフレなんて言ってるけど、セフレ以上の恋人がいたことがない。麻衣は巨乳好きの変態や、コスプレ好きの変態ばっかに好かれてるし。まともなのはさなえだけ」

「……確かに」

言葉にされると、あまりに滑稽で、笑えた。

二人で笑って、飲んで、それから、ため息をついた。なんだか、惨めで。

「で?」

「ん?」

「不倫相手に奥さんを取り次がれた男の反応は?」

「……プロポーズされた」


プロポーズ……って、求婚プロポーズ!?


「……はっ!?」

「意味、わかんないよねぇ」

「いや、わかるでしょ? 千尋に本気になったから、奥さんと離婚して、千尋と結婚したいって言ってるんでしょ?」

「そうみたい」

「そうみたい……って――」

千尋は缶を空にすると、軽く潰して、また取りに立った。ペースが速い。珍しく、顔が少し赤くなっている。

平然として見えても、内心は複雑なのだと思う。

大抵は一度や二度のセックスで関係を終わらせてきた千尋が、一年以上も付き合っている男性だ。しかも、同僚。感情が揺れないはずがない。

「なんて返事したの?」

「返事も何も、『関係は比呂《ひろ》の離婚が成立するまで』って最初から決めてあったんだし、結婚なんてナイでしょ」

「けど、お互いに好きになったんなら、ルールなんて――」

「あきらはルールをなくせる?」

「……」

なくせない。

私の場合は、子供好きな龍也に子供を諦めさせたくないという理由があって、それを知っていながら振ってきたということは、千尋にもそれ相応の理由があるのかもしれない。

「奥さん、綺麗な女性《ひと》だったなぁ……。髪が長くて、艶々してて、着物が似合いそうな美人。年相応の落ち着きとか、品があって。ちょっと低めの柔らかい声で、『主人がお世話になっております』って」

千尋が頬杖を突き、ゆっくり瞼を閉じた。

「別居してても、主人、か」

ゆっくり瞼が開き、また、閉じる。

「ホント、お世話してます、って感じだよ」

瞼が開きかけて、閉じる。

「指輪なんて、大っ嫌い……」

瞼が動かなくなって、私は千尋の手から缶を抜き取り、上半身を抱えて後ろのソファにもたれるように促した。

千尋が何本かの缶ビールで酔い潰れるなんて、初めてだ。

彼女の髪がふわりと頬に流れ、唇で止まった。私は人差し指で、唇の髪をすくった。

「嫉妬するほど好きなくせに……」

起きている時に言ったら、きっと即座に否定したろう。

千尋の頭の上でメッセージの着信音が鳴り、私は慌てて手に取った。

勇太からだった。

『会って、話がしたい』

私はソファの背に掛けてあるショールを千尋の肩に掛けて、返信した。

『明日の十九時に、Yカメラのマ〇クで』

「ひ……ろ」

寝言で名前呼ぶほど、好きなんじゃない。

千尋が彼の夢を見ているのだといいな、と思った。

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