「そーれっ! そーれっ!」
「やったナ! お返しダっ!」
シンヤとミレアは水を掛け合う。
そのたびにミレアの胸が揺れる。
「くぅ~、楽しいナ」
「だな。こういう遊びも悪くない」
二人は無邪気に遊んでいた。
全裸のままで。
「……ったく。なんなんだよあの二人は」
レオナードは二人を遠目に見てため息をつく。
彼は一人、湖畔に立っていた。
シンヤとミレアは見ての通り二人で水遊びをしているし、彼の本来のパーティメンバー達は少しでも働くために周囲の警戒をしている。
「オレだけ暇じゃねぇかよぉ……」
そんなことをぼやきながら、レオナードは周囲に目を向ける。
「……はあ。オレも水浴びをしておくか。レッドボアとの戦いで、服が汚れちまったからな」
レオナードは服を脱ぎ始める。
引き締まった上半身があらわになる。
シンヤからも一定の評価を得られた、なかなかの体だ。
だが、彼が脱ぎ始めている間に、シンヤとミレアの姿は見えなくなっていた。
「……あれ? もっと奥に行ったのか? ……まあいい。好都合だ」
レオナードは下半身の服も脱ぐ。
こちらはシンヤにも見せていない、大切な体だ。
彼は服を丁寧に畳み、湖へと入って行く。
「……冷たくて気持ち良いぜ」
彼はしばらく湖の中に静かに浸かっていたが、そのうち飽きてきたのだろう。
ゆっくりと泳ぎ始めた。
「……」
レオナードの目が泳ぐ魚達を追う。
透明な湖を自由に泳ぐ姿は、彼には眩しく思えた。
夢中になって魚を追いかけていたレオナードだったが、急に動きを止める。
「おっと。ここが端っこだったのか。これ以上は泳げねぇな……」
残念そうな顔をしたレオナード。
「お前たちも、オレと同じなのかもしれねえな。自由に見えても、どこかで誰かに制限されて……。でも、それでも、この世界では生きていかなくちゃいけないんだろうな……」
彼はそう呟いて、浅瀬に上がる。
そして、ボーッと水面を眺めた。
彼はしばらくの間、そうしていた。
不意に、その水面に影が映った。
「……ッ!?」
レオナードは慌てて視線を上げる。
そこには、赤いイノシシが佇んでいた。
「レッドボアだとっ!? こんな時にっ!」
レオナードは急いで戦闘態勢を整える。
今の彼は全裸だ。
万全の状態でレッドボアを何とか倒した彼にとって、この状況はかなり厳しいものである。
とはいえ、魔力を使えば多少は戦えるし、異変に気づいたシンヤやミレア達が駆けつけてくるはずだ。
そう考えて、レオナードは落ち着いて魔物と対峙する。
だが、レオナードはすぐに思い知ることになる。
こいつの強さがどれほどのものかを……。
「ブモオオオォォ!!」
レッドボアが雄叫びを上げた。
そして、レオナードに向けて突進してくる。
「なにっ!?」
速い!
そう思った時には、すでにレオナードは空高く弾き飛ばされていた。
レッドボアの突き上げをモロに受けてしまったのだ。
「うわぁぁぁ!」
悲鳴を上げながら、必死に手を伸ばす。
掴むものなど何もない。
ただ、空を掴むだけだ。
そのまま、彼は頭から水面に落下する。
「ガハッ!」
衝撃がレオナードを襲う。
全身を強く打ち付けてしまい、意識が飛びそうになるほどの痛みを感じる。
しかし、気絶している場合ではない。
レオナードの目の前には、巨大な牙が迫ってきていたのだから。
「う、動けぇ!」
レオナードは無理やり体を動かし、横に飛ぶ。
ギリギリのところで回避に成功したものの、彼の体はもう限界を迎えようとしていた。
「くそぉ……。もう体が動かねぇ……」
全身を強打してしまったのだ。
立ち上がるどころか、指一本動かすことさえ難しい状況である。
「……オレの人生って、ここで終わりなのかよ。せっかくシンヤ兄貴と出会って強くなったっていうのに。こんなのあんまりじゃねえか」
そうして、レオナードは目を瞑った。
死を受け入れるかのように。
その時であった。
バシャァン!!
大きな水飛沫が上がった。
「大丈夫かっ! レオナード!」
「シンヤ兄貴……」
レオナードを助けたのは、シンヤだった。
彼は異変に気づき、魔力で身体能力を強化して急行してきたのである。
「レオナード、立てるか?」
「無理だ……」
「分かった。俺が背負っていく。しっかり捕まっていろ」
シンヤはレオナードを背負って動き出す。
「すまない……。こんなオレのために……。オレは駄目な人間だ……。一度倒したはずのレッドボアに圧倒されて……」
「それは違うさ」
「え……?」
「よく見てみろ。こいつはレッドボアなんかじゃない」
「何だって……? ……こ、こいつは……」
レオナードは改めて魔物を見る。
その魔物は、確かにレッドボアではなかった。
なぜなら、その魔物はより禍々しい魔力を放っていたからだ。
「どうやら、レッドボアの上位種みたいだな。確か、クリムゾンボアとか言ったか」
シンヤがこの世界に転移してきた日に戦った魔物である。
「上位種……クリムゾンボアだと? そんなバカなことがあってたまるか!」
「いや、これは事実だ。なあ? ミレア」
「そうだネ。あたしもこいつには見覚えがあるヨ」
いつの間にか駆けつけてきていたミレアがそう答える。
「俺はレオナードを背負っている。ミレア、時間を稼げるか?」
「時間を稼ぐ? それは無理ダ」
「そうか……」
かつてのミレアは、クリムゾンボアに手も足も出ずに蹂躙された。
その時の恐怖感が残っているのかもしれない。
シンヤの見立てでは、今のミレアならば問題なく勝てる相手だと思う。
だが、彼女にとってトラウマになっているのなら、仕方がないとも思う。
「なぜなら、あたしが倒してしまうからダ。シンヤは安心してレオナードを守ればいいサ」
そう言うと、ミレアは大きく息を吸い込む。
そして、大声で叫んだ。
「グルオオオォォ!!」
ビリビリとした空気が肌を刺激する。
獣人特有の技、【ハウリング】だ。
魔力を込めて大声を出すことにより、敵を威圧することができる。
さしものクリムゾンボアも、若干の怯みを見せた。
「行くゾ!」
ミレアは走り出した。
彼女とクリムゾンボアの戦いが始まろうとしていた。