わたしの話しを聞き終えると殿下が額に手を当て、ふぅと大きな溜息をひとつ吐く。
そして、聞こえるか聞こえないか小さな声で「やっぱり」とボソッと呟く。
そんな様子の殿下をみて、わたしが悪夢を見た話はやっぱり不愉快にさせてしまったのだと思った。
「申し訳ありません。嫌なお話を聞かせてしまいましたね。殿下からすると、とても不愉快な夢の内容でしたよね。わたしの馬鹿な話しを真剣に聞いてくださってありがとうございます。こんな夢の話、信じられないでしょう。こんな悪夢をわたしは信じて、ずっと振り回されていたんです。殿下とキャロル嬢の仲を邪魔するような悪役令嬢になりたくなくて、そして最悪の結末のわたしが崖から飛び降りることを回避したくて、足掻くなんて馬鹿でしょう」
自嘲気味に肩をすくめ、上手く笑えてないけど笑顔を作ってみせる。
口元がプルプル震えて、いまにも涙が出そうなのをグッと堪える。
「殿下、いろいろ振り回してごめんなさい」
アーサシュベルト殿下にも理由も言わず、逃げ続けたり迷惑をかけた。
仲の良い婚約者でなくても、こんなことを婚約者にされたりしたら、普通の人は悲しくなるよね。俺を浮気をしたりするようなそんな奴に見えていたのかと、不愉快にもなったりするよね。
なのに、殿下は、
「エリアーナがなぜ謝るんだ。それにエリアーナは馬鹿じゃない。エリアーナにとても怖い思いや、辛い思いをさせてごめん。俺がもっとこの3年間でエリアーナと関係性を深められていたら、すぐにこの話をしてくれたよね。こんな悪夢を見たと冗談のように話すことができたよね。でも、少し前までの俺たちは会話すらまともにしたことのない希薄な関係だったから言える訳がないよね。ずっとそれを抱えていたんだね。本当にごめんね。全ての責任は俺にあるよ」
なぜか殿下の方が辛い表情をしている。
「あの…殿下はこんな話を聞いて不愉快だったのでは?」
「なにを言っているんだ。悪役令嬢にされて崖から飛び降りる結末になるんじゃないかと怯えたり、キャロル嬢が現れた時のエリアーナの恐怖を思えば、こんなこと微塵もなんともないよ。それに…」
殿下が言い淀む。
「それに?」
エスコートしていてくれた手がぎゅっとわたしの手を握る。
そしてゆっくり歩いていたが、とうとう松林を抜けた。
視界が広がる。
崖かと思いきや、意外にも白い砂浜とその先に大海原が広がっているのが視界に飛び込んできた。
「エリアーナ、よく聞いて。俺もその夢を知っているよ」
波の音で聞こえにくかったけど、聞き間違えじゃないよね。
「知っていた?」
「そう。その夢は俺も知っているよ。俺の場合は正しく言えば、『思い出した』だ」
え?思い出す?
「殿下、どういう意味ですか?」
「俺はエリアーナの悪夢の話を全て信じるよ。俺の『思い出した』話も聞いてくれる?」
わたしは大きく頷く。
殿下はそれを確認すると、少し泣きそうな顔をした。
無言で手を繋いだまま砂浜を歩き、適当なところで肩を並べて座る。
殿下の小麦色の綺麗な金髪が海風で揺れる。
『思い出した』と言った殿下が前世の話をゆっくり話し出した。
それはわたしの想像を軽く斜め上に超えるものだった。
前世で読んだ小説の世界がわたし達が生きる現在(いま)。
キャロル嬢が前世ではアーサシュベルト殿下と兄妹だったと。
どれもが理解しがたい話だったけど、アーサシュベルト殿下がこの手の悪い冗談や嘘を言う方ではないことぐらいは、この3年間でよくわかっている。
そして、なにかストンと腑に落ちた。
キャロル嬢が絶対に殿下とは恋仲にならないと言い切ったり、殿下がわたしが話したことがないようなことまで知っていたり。
そういうことだったんだ。
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