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今回のクエストの目的地となる白虎の神殿は城塞都市ウルル・カストラの西方に位置している。この街に点在する神殿はその大半が古代に建てられた建造物である為、今はもうすっかり地下に埋もれていて地上からその姿を見る事は完全に不可能な状態だ。唯一まともに使えるのは街の中央に位置する麒麟の神殿のみで、四聖獣の神殿は全て深い眠りについており、残念ながら今では神殿の深層部に入る事は非常に困難らしい。それは神殿の管理者である神官達であっても例外では無いそうだ。
麒麟の神殿から地下に潜り、地下通路を通って三人が白虎の神殿を目指して歩く。この通路はいつでも神子が四聖獣達に会える様にと和解時に造られた物らしく、比較的新しい場所ではあるらしいが、それでも古い事には変わりない。手入れはしているらしいがそれでも老朽化が激しく、そこかしこがボロボロだ。元々は東方で生まれた聖獣を祀る神殿故か、洋風の建造物ばかりが並ぶウルル・カストラの中にあって、これらの建物は全て和風に中華テイストを加えたようなデザインの物ばかりである。その為今焔達が進む地下通路も三人にとっては見慣れた雰囲気ではあるのだが、かなり暗いせいで、お化け屋敷の中でも進んでいる様な気分になってくる。
「……まさかコレ、人魂っすか?周囲の様子といい、さっきからお化け屋敷感半端ないっすね。えっと……その、もしかしてリアンさんだったら、もっと明るい光源は出せないんすか?もしくは、ランタンが荷物の奥にしまってあったりとかは」
暗い中ではただの人間は歩き辛いだろうと、焔が厚意で出した光を指差し、五朗が震える声で呟いた。
神殿内であれば流石に魔族達も居ないだろうと判断し、今は仮面を外して普段の姿を現したままでいるリアンが、「主人のご厚意を無駄にする気はありません。それに私の瞳は暗闇の中でも普通に見えますし、このままでもなんら問題無いですから」と答え、強く首を横に振って五朗のお願いをキッパリ断る。ハッキリと言われた事で五朗は仕方なく光源の変更を諦めたが、怯えた顔を隠す事までは出来なかった。
光源が少ないまま畳一枚分程度しかない細長い通路を三人と一冊が黙々と進み続ける。右も左も所々が破れた襖に囲まれており、歩くたびに床板がギシギシと鳴り響く。たまに襖が途切れ、そこにある壁には丸い形をした障子窓の名残があったりするのだが、その向こうには、地下なのに何故か妙な生き物のシルエットがうっすらと見える事があるせいで五朗の言う通り『お化け屋敷』という表現がピッタリな雰囲気となっている。くすんだ色をした塗り壁のあちこちが少し崩れ、そこからは隙間風が吹いてくるというオマケ付きだ。
「ひっ!」
「ヒャァァァッ!」
風音が鳴るたびに、五朗が変な声をあげる。地下なのに何故⁉︎と思うせいで風程度でも常に怖い。
「んー……鬼火だけじゃそんなに暗いか?」
「あ、これって人魂じゃないんっすね」
「お前はお前で呼びたい様に呼べばいい。『人魂』も『火の玉』も『鬼火』も、結局は同じ様なモノだからな」
あまりにも怯える五朗を捨て置けず、焔はスッと手を軽く上げて仕方なく二個、三個と鬼火を増やす。だが青白く光る鬼火の一つ一つは決して明るいとは言えず、周囲は残念ながら仄暗いままだ。数が増えた事で多少マシにはなったが、鬼火の持つイメージのせいかお化け屋敷感が増すばかりである。
「……これでソフィアさんが素の姿で隣に浮いていたら、いくら好きでも、悲鳴あげちゃう自信あるっすよ」
『その場合、きっとワタクシも空気を読んで、黒髪を口に咥え、血の涙を流しながら首を傾けてゆらりゆらりと動くでしょうしね』
「ひっ!想像させないで下さいよっ」
『四つん這いで走り回っても面白うそうですねぇ、ふふっ』
「それは楽しそうですね。じゃあ私は神社の神主の格好でもして、刀を手に持ち、血糊でも浴びてこの先の隅にでも立っておきましょうか」
実家が神社であるリアン的には自然な服装のチョイスだったのだが、焔には違和感しか持てなかったのか、「意外な選択をするんだな」と言ってくすっと笑う。褐色の肌に大きな角の生えているリアンでは、神主の服装は似合わないと思ったのだろう。
「おや、きっちりとした和装はそんなに意外でしたか?今の格好以上に、結構似合うんですよ。年末年始などにはよく褒められたものです」
「でしょうね!さぞおモテになった事でしょうねぇ!」
リアンが神社の息子であると知っている五朗がその姿を想像し、『リア充死ね!』と呪い的な視線を投げつける。別段モテに興味の無い五朗だが、それとこれとでは話が別らしい。何ともまぁ面倒臭い男だ。
「リアンなら、西洋の吸血鬼とかの方が似合うんじゃないか?お前は綺麗な顔をしているからな」
さらっと褒められ、「あ、主人……」と呟くリアンの顔が真っ赤に染まる。真顔のまま不意打ちをくらわせてくる焔の言葉は何度経験しても慣れず、どうしても照れてしまう。
焔側にそんなつもりは微塵も無いのだが、意図せず漂いだした恋人同士っぽい空気を過敏に察知した五朗が『けっ!』と言いたい気分になるも、焔の反応が怖いので心の中だけに留める。鬼火しか頼る光源の無い中、本物の鬼からの圧なんぞを向けられる事だけはどうしても避けたかったのだ。
『ですが主人。和風のお化け屋敷では、吸血鬼は出て来ないのでは?』
「……それもそうだな。じゃあ九尾の狐か?美麗系といえば、リアンならば飛縁魔や雪女の姿までもが似合いそうだから怖いな」
「女装っすか。似合うでしょうねぇ学祭とかで、既にやって経験あったりして!」
「…… 」
リアンが黙り、スッと顔を逸らした。焔の前では触れて欲しくない学生時代の思い出が不意に頭をよぎる。
「あ!その沈黙は経験者のアレっすね⁉︎」
「それは是非とも見てみたいな。俺なんかよりもずっと似合いそうだ」
リアンのせいで既に一度女性看護師のコスプレをさせられている焔がニヤリと笑う。絶対にいつかお前にも女装を経験させてやる!と決意した者のする顔だ。目元が目隠しのせいで見えていなくても尚わかるレベルである。
「……別にいいですけど」と言い、リアンが焔の耳元に顔を近づけた。そして彼にしか聞こえないくらいの小さな声で「ですが焔様、まさか女装した私に襲われたいと思っていらっしゃるとは意外でした。次の時にでも、早速ご要望にお応えしましょうか?」と呟き、ふふっと笑う。 そのせいで焔の顔が林檎の如く、かぁぁっと真っ赤に染まった。どうやら色々と想像してしまった様だ。
「あー……あの二人、何か絶対にエロい事考えてる空気っすよ、ソフィアさん」
『気が付いてもさらりと流すのが大人というものですよ、五朗さん』
「そっすねぇ。……でも、あの……俺達もそろそろ少しくら——」と言う五朗の言葉を無視してソフィアが先へ先へと地下通路を突き進む。一直線に続くこの通路を、彼等はいつも通り中身の無い話を続けながら目的地を目指して行った。
だらだらと十数分程度地下通路を歩き、彼等は広めの空間に出る事が出来た。どうやら白虎の神殿入口前に到着した様だ。
「……この感じは——」
渋い顔をする焔の横で、五郎が「広いっすねぇ!」と気の抜けた声で言い、彼の声をかき消した。
目の前の空間が地下とは思えぬ広さに感じられるのはきっと、此処までずっと狭い通路を歩いて来たせいもあるだろう。
入口の周囲に目をやると、いかにもな白虎の石像が大きな鉄製の扉の前に狛犬の如く並び、こちらを睨んできている。老朽化で落ちてきてしまった瓦があちこちに落ち、天井となっている岩肌からは時折パラパラと粉が落ちてきて、それを目撃してしまった五朗は『このままでは崩れてしまうのでは?』と恐怖を感じた。
「此処、大丈夫っすかね……。ドーンッ!て、いきなり上から崩落したりとかしたら絶対に即死っすよ」
「少なくとも今は平気だ。中の奴が、暴れなきゃだけどな」
不安がる五朗にそう声を掛けた焔がじっと扉を見上げて真剣な顔をしている。眉間にはシワが深く入っており、何かを考えている様な雰囲気だ。
「どうかされましたか?主人」
焔の顔を軽く覗き込み、あえて落ち着いた声でリアンが訊く。
この広間に着いた時から焔の様子が少し変だった。到着と同時にスンッと匂いを嗅ぎ、それからというもの、焔の眉間からシワが消えなくなった事が気になってしょうがない。
「……何でもない」と言って首を横に振るが、何でもないはずがない。だがそれを指摘したからといって教えてくれる性格でもないので、リアンはそれ以上は何も訊かずに「そうでしたか」と答えて警戒心を高めた。
(……多分、この先に居る者の気配を、焔は過敏に察しているのだろうな)
瞳を細め、そう推察しながらリアンも扉に視線を移す。
五朗だけは相変わらず二人の様子を察する事なく、ただただ薄暗い広間の中で天然の岩天井が落ちてきやしないかと震え続けていた。