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ドアを出ると、エレベーターが現れた。
位地から察するに、わたしたち社員が普段から使っているのとはちがうものだ。
うちにはエレベーターが二機あって、以前入っていた会社で搬送用のエレベーターに使っていた方は電気代節減のために使用禁止にしていた。
今目の前にあるのはその使用禁止にしている方で、動かないはず。
なんだけど。
課長がボタンを押すと、オレンジの光が暗闇に灯って、すぐに扉が開いた。
「え…どうして使えるの…?」
「使えるようにしてもらったからね」
あっさりと答えた課長の言葉に耳を疑った。
どうやって使えるようにしたの?
誰がそんな許可を?
不安が押し寄せるのを感じながら乗り込んだエレベーターは、この階と別の階を直通するよう設定変更されているようだった。
指定階を押さなくてもエレベーターが動いて、すぐに止まって扉が開いた。
降りた階には見覚えがあった。
ドアののぞき窓から見える様子だと六階にちがいない。
このビルは七階建てになっているんだけれど、六、七階には部署が入っていなくて、六階については資料や在庫用の倉庫になっていた。だからわかった。
でも、そんな場所に来ても課長の脚は止まらない。
それどころか、近くに設置されている非常階段に近づいていった。
スタスタと階段を昇り始めた課長の後をついていけずに、わたしは立ち止まった。
もう課長の行動が理解できない。
だって、この上の階、七階については、ごく一部の人間しか行けないようになっていて、一般社員はけして足を踏み入れないようにと立入厳禁にされていたから…。
普段使っているエレベーターだって、この階に着かないよう調整されているほどの場所。
単に経費削減の一環で使わないようにしているらしいんだけど、本当は社の極秘製品が保管されているんだ、とか、以前自殺した社員がいたオフィスが最上階だったから…なんてウワサが囁かれていて、みんなはそこを、
「禁断の最上階」
と名付けて、またもや社の七不思議にあげていた。
そんなところに行こうとしている課長。
…あなたはいったい何者…??
不安でいっぱいになる。
わたしだって一応女の子。
まさかわたしみたいな平凡な子を…とは思うけれど、いやいや平凡な子こそ好みだっていう人もいるし…。
いや、課長みたいなより取り見取な人がありえない…考えすぎだ。
課長はきっと異動してきたばかりで、こういった謎だらけの本社の事情をよく知らないんだ。
…だからってどうして七階に上がろうとするのか皆目見当がつかないけれど…。
ぐるぐるぐるぐる…考えては次第に足取りが重くなっていく。
「怖い?」
そこへ、くるりと課長が振り返った。
わたしの心を読み取ったみたいに、苦笑いをうかべた。
「大丈夫。変なことなんてしないよ。…言っとくけど、ここまで秘密を明かすのを許したのは、キミが初めてだから」
どういう意味だろう…?
不可解な発言をするその顔にも、すこし緊張した表情が浮かんでいた。
そして、ついにわたしたちは七階まで昇った。
そこはやっぱり他の階とちがって、ちょうどマンションの最上階のような雰囲気をだしていた。
踊り場が壁で囲われていて、施錠された扉だけがひとつあるだけ…。
課長がポケットから鍵を出して、その扉に差し込んだ。
鍵はするりと鍵穴に入り、
カチ
と音をたてた。
ごくり、と唾を飲むわたしの前で扉は音も無く押し開かれる。
真っ暗な空間が、そこには広がっているように思えたけど、様子がちがった
うっすら見えるのは…家具…家電?
ふいに明るくなって、空間が正体をみせた。
「えええっ!」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
だって、目の前には高級マンションのモデルルームのような部屋がひろがっていたから―――。
フロアをパーテーションで仕切ってそれぞれの部署を置いている下の階とはちがい、フロア大半がリビングになっていて、大型ソファやテーブル、超特大テレビなんてもの置いてあるのに広々としている。
対面式キッチンまでついていて、しかも備え付けの食器乾燥機や大型オーブンまであるというシステムキッチン。
なによりも素敵なのは、リビングを囲う全面窓ガラスから見える夜景だ。
高層ビルが立ち並ぶほどではないけれど、一応ここだってオフィス街と称される地域。
眠らない街のきらめきが見渡せて、もうそこら辺の夜景スポットよりもいい眺めだ。
「すっごーい…」
靴を脱いだ課長に従って、わたしもふらふらと進んでいく。
ふわふわのラグマットが素足に気持ちいい。
デザイナーズスタイルの天井照明とシェードランプが放つやわらかなオレンジの灯りが部屋全体におだやかな陰影を生み出していて、ほっこりと落ち着いた雰囲気を作っている。
本当に素敵なお部屋だ。
そう、お部屋だ。
困惑の表情を浮かべるわたしに、課長は微笑を浮かべた。
「ここが俺のオフィス」