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「だってここは…」

どう見ても、自宅ですよね…?

ドアがあるからきっと洗面所や浴室だけでなく、もう一、二部屋はありそうな気がする。

やっぱり…ここは課長の…

「オフィス兼自宅…なんて言うのが正しいのかな」

「…つまり」

「俺は職場に住んでいるってこと」

「…」

「驚いた?でもまぁよくあるでしょ?オフィスとマンションが一緒に入ってる高層ビルとかさ。眺望はいいし、広いし、なかなか快適だよ」

と、脱いだジャケットをソファに投げると、リラックスした様子でのびをする課長。

「なにより、わざわざ職場にいって仕事しなくていいのが最大の魅力―――だった」

「だった…?え、じゃあつまり」

「そ。今までずっとここで仕事していた。アメリカ出張っていうのはウソ」

絶句。

もう言葉が出てこない。

いろんな謎の正体を一気に見せつけられて、スペッグの低いわたしの脳は処理に追いつけなくなっていた。

「幻の課長」の正体がわかっただけでなく「禁断の最上階」の正体まで…社の七不思議がいっきにとけてしまった…ってあれ?

ちょっとまってよ…。

じゃあ夜な夜な社内に出る男性社員の幽霊っていうのも、もしかして…。

という表情をで見やると、課長はいたずらっ子のような顔をしてウィンクした。

へなへなへな…

って効果音が付けられそうな態で、わたしはその場に腰を落としてしまった。

そうか…。

いくら前衛的とは言え、うちの社がやたら残業や休日出勤にうるさいのはこのためなんだ…。

社員が好き勝手に残業していたら秘密裏に住んでいる課長は外出したくてもできない。在宅勤務どころか軟禁状態になってしまう。

だから夜だけは無人にしていたんだ。

きっとわたしが残っていた夜もまさかあんな時間まで社員が残っているとは思わず、夜の街にでもくりだそうとしていたんだろう。

ところがわたしと遭遇してしまった…。

だから、会ったことは秘密にして、って言ったんだな。

でも…あまりにも非現実的過ぎる。

どうしてこんなことが許されているの?

「俺が手掛けたソフトウェアが、傾いたうちの社をV字回復させるきっかけになったことは知ってるよね?」

「…はい」

「実はその時はまだ俺は大学生で、ここに入社していなかった。社長は直々に入社依頼をしてくると、破格の給料と開発部部長のポストを提示してきた。

けど即座に断った。俺って集団行動が苦手な上に、ひどい人嫌いだからさ」

へ…意外。

朝の感じだと人当たりがよくて、いかにもアメリカ帰りの外交的な人って感じがしたのに。

「もとより会社務めなんかするつもりなくて、IT関連で独立してマイペースにやっていくつもりだった。だから組織に組み込まれて部下までついてくるなんて、冗談じゃないって思った」

なんか、わかる気がする。

ずっと思っていたけれど、課長の雰囲気は気ままでマイペースなネコに似ている。

アビシニアンとか高貴そうな種類の。

「そしたら社長が提案して来たんだ。「新しい本社に在宅勤務するならどうだ」ってね。びっくりしたよ。ずいぶん破天荒な社長だなって思ったけど、面白くてつい了承してしまった。

でも始めてみるとただの在宅勤務よりずっと便利なんだ。どうしても本社にある資料を見たくなったら、徒歩一分で取りに行けたりしてね。

そんなこんなで、俺は社員でありながらフリーランスな仕事ができて、社は優秀な人材を失わずに事業を進められる、っていうウィンウィンな関係ができ上がった」

「へ…ぇ」

信じられない…信じられない…けど、なるほど不利益がない。

課長と社長、どっちも常識破りな考えを持っていたからこそ成立した関係だけれど。

…ええと、じゃあ「幻の課長」についてのみんなのイメージは、半分は当たっていたんだな。「人嫌いのニートまがい」ってところが。

なんだか…イメージ変わるなぁ…。

「…それにしても社長、よくそんな子供のワガママみたいなこと受け入れましたよねぇ。わたしのおばあちゃんだったら、ひっぱたいてたところです。甘ったれるな!って」

思わずひとりごちるように呟いたわたしに、課長は言葉をつまらせた。

「う…まぁ、それだけ俺の能力が惜しかった、ってことだろ」

「もちろんそれもあると思いますけど…」

わたしは課長をまじまじと見つめた。

「きっと憎めなかったんでしょうね。大学生の時の課長って、手がかかる可愛い子って感じがしますもの」

「…けっこう言うね、キミ…」

と、眉をしかめつつも、頬はかすかに赤い。

ほら、そういうところが、ですよー。

「でも…それなのに、どうしてみんなと働く気になったんですか?」

「んー?まぁね、いろいろ思うところがあって。俺ももう26だし、いつまでもこんな半ニートみたいなこともしてられないかなーって」

あ、自覚してたんですね。

ふぅと、課長はソファの背もたれに腰を落とした。

「でも慣れないオフィス務めはやっぱり疲れるね。女性はわいわい可愛くていいけど、男どもは俺のこと警戒しているのかなんなのか、とっつきにくいし」

たぶん逆です、課長。

むしろその華麗なる経歴と容姿のせいで男性社員たちは気後れしているんですよ。

「それになにが一番つらいって朝だよ。ここの社員って残業できないからみんな出社が早いだろ?俺はそれよりももっと早く起きて、人目に触れないよう下に行かなきゃならない。

自由気ままな生活をしていた身としては、過酷過ぎるよ…。世のサラリーマンはよくこんな大変なこと何十年もやるよねぇ」

「はぁ…」

…それでさっき居眠りしていたんですね…。

海外生活が長くて時差ボケが治らないとばかり思っていたけれど、なんてことはない、ただの不規則生活のつけがきただけ…。

なんか、夏休みをだらだら過ごしきった学生みたいだな…。

「ぷ…」

急に、意味不明な笑いが込み上げてきた。

「あは、あはははは」

笑い始めたら、もうおかしくておかしくて涙が出てきてしまった。

緊張も一気に抜けて行って、課長がちょっと身近な存在になった気がした。

課長はしかしながら不愉快そうだった。

「そんなに笑うことないだろ」

「だって…なんだかもうおかしくて…」

「悪かったな、子供で」

「ほんとですよもう、あはははは!」

冷やかな視線を寄こしながら、課長は続けた。

「…好きなだけ笑うといいよ。でも、くれぐれもこれは俺とキミだけの秘密ってこと、忘れないでよ?もし、このことが他人に知れたら…それはキミのせいってことだからね」

「あはは、は…え?」

君に恋の残業を命ずる

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