秋の終わり。
空気が少しずつ乾いて、木々が静かに色づき始めていた。
学校では三者面談が始まり、受験や進路の話が飛び交う。
けれど――その喧騒の中で、ふたりの姿は静かだった。
あの日、橋の上で“止まった”ふたりは、何事もなかったかのように教室に戻った。
誰も彼女たちを問い詰めることはなかった。
教師も親も、どこか“触れてはいけない”空気を察していた。
「ねえ、美咲。もう、死にたいとは思わないの?」
「……正直に言えば、まだ思うことはあるよ」
「私も」
「でも、なんていうか、あのとき思ったんだ。
“死ぬ直前まで行ったふたりが、まだ生きてる”って、ちょっと不思議じゃない?」
「うん。まるで、罰ゲームみたいに」
ふたりは放課後の空き教室にいた。
屋上はまだ閉鎖されたまま。だけど、もうそこに行く必要もなくなっていた。
「“永遠”って、存在しなかったんだよね」
「ううん。あるよ。“あの時間”は、確かに私たちにとって永遠だった」
「……優羅さん、詩人みたい」
「バカにしてるでしょ」
「してないよ。そういうところ、ずるいなって思ってるだけ」
ふたりは笑い合った。
それは、あの日々にはなかった、柔らかい笑いだった。
制服の袖の下、かさぶたになった無数の傷跡が、もう痛まなくなっていた。
それでも、消えない。
消さない。
それは“ふたりが確かに生きていた証”だったから。
その日、美咲がノートの最終ページに小さな文字でこう書いた。
《恋愛感情はありません》
その下には――
《でも、世界で一番、あなたが必要です》
という、正直な気持ちが添えられていた。
優羅はそれを見て、そっと自分の文字でこう返した。
《“好き”よりも深くて、“愛してる”より壊れてる。
だからきっと、これが私たちだけの言葉》
最後の授業の日。
校舎の廊下で、クラスメイトが何気なく言った。
「ねえ、美咲ちゃんと優羅ちゃんって、付き合ってるの?」
それに、美咲は小さく笑って答えた。
「恋愛感情はないよ」
優羅も頷いた。
「うん、ただ――他に代わりがいないだけ」
その言葉に、誰もそれ以上何も言えなかった。
卒業式の日。
ふたりは何の感慨もなく、制服を脱いだ。
ただ、式のあとに二人きりで手紙を交換した。
そこにあったのは、“さよなら”ではなく、“また会おう”でもなかった。
ただ――
《ずっと生きていて、また一緒に壊れようね》
という、ふたりだけがわかる“祈り”のような言葉だった。
恋人でも、友達でも、家族でもない。
恋愛感情はない。
でも、きっと、誰よりも深く結ばれていた。
この関係に名前はない。
名前なんていらなかった。
――だって、それはふたりだけの物語だったから。
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