14話目よろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
二人で過ごせる時間は、刻一刻と減っていく。
それなのに――二人の距離は、どんどん離れていくばかりだった。
会話もほとんどなくなった。
病室に響くのは、主治医とレトルトの声だけ。
キヨは、ただ願っていた。
レトルトの声が聞きたかった。
レトルトの手に触れたかった。触って欲しかった。
けれど、その願いは叶わない。
あの二人の間に自分が入る隙などどこにもなかった。
まるで、自分だけがレトルトに執着しているみたいで――胸の奥が、ひどく寂しかった。
しかし、レトルトもまたキヨと同じように寂しさを募らせていた。
なぜあの日、キヨから拒絶されたのか。
どうして、以前のように笑い合えないのか。
答えは分からない。
ただ、胸の奥にずっと引っかかったまま、消えてくれない。
それでも――キヨの声が聞きたかった。
キヨに触れたかった。触れられたかった。
もしかして、自分ばかりがキヨを好きなんじゃないか――
他に好きな人が出来たんじゃないかーー
そんな不安が、夜になるたびに心を締めつける。
悲しくて、愛おしくて、苦しい。
それでも目を閉じれば、浮かぶのはキヨの明るい声だった。
何も変わらないまま、退院前日を迎えてしまった。
朝いつものように目を覚まし、
昼には淡々とリハビリに励み、
そして夜には、ただ布団へと潜り込んだ。
何も変わらない。何も変えられなかった。
かつてあれほど求め合った時間は――まるで幻だったかのように遠ざかっていた。
手を伸ばせば届いたはずのぬくもりも、
囁けば返ってきたはずの声も、
いまはすべて、カーテン一枚の向こうで隔てられている。
明日になれば、もう二人で過ごす日々は終わってしまう。
それなのに、言葉はひとつも交わせないまま。
キヨは病室の天井をぼんやりと見つめていた。
眠れない。瞼を閉じれば、次々と過ぎた日々が浮かんでくる。
初めてレトルトと会話した日のこと。
会話らしい会話もできず、ただ気まずい空気ばかりが流れていた。
それでも少しずつ言葉を交わせるようになり、笑い合えるまでに時間がかかった。
そして――初めて触れ合った日のこと。
カーテン越しに伸びた手。
差し出された指を咥え、夢中で舐めたあの夜。
互いの声と吐息が絡み合うたび、世界は二人きりになっていった。
レトルトの過ごす日々は 鮮やかで刺激的で…
不安も痛みも、レトルトが隣にいるだけで小さくなった。
――楽しかった。
本当に、楽しかった。
思い出に浸っていたキヨは、横からの声にハッと我に返った。
カーテンの向こう、レトルトの声はかすかに震えていた。
「……キヨくん」
一拍の沈黙のあと、レトルトは小さな声で続けた。
「今日で、一緒に過ごせるの、最後だね……」
その声は今にも泣き出しそうで、キヨの胸の奥を締めつける。
続けて、震える吐息が落ちてきた。
「……キヨくん、最後のお願い。俺の手、握って」
その言葉を聞いた瞬間、キヨの心臓が大きく跳ねた。
あの日のぬくもりが、あの夜の吐息が、全て蘇る。
キヨはゆっくりと上体を起こし、ベッドに腰掛けた。
心臓の鼓動が、ひとつひとつ大きく響く。
カーテンの隙間から、すっと差し出される白い手。
月明かりに照らされて、まるでガラス細工のように繊細で、どこか儚い。
その手は、キヨが何度も夢中で舐め、何度も心の中で愛おしいと繰り返してきた手だった。
ずっと触れたかった。ずっと、もう一度この手を――。
キヨは震える指先で、そっとその手を包み込む。
温もりが、指のひらにじんわりと広がっていく。
胸の奥に溜め込んでいた寂しさも、嫉妬も、悔しさも、その温もりに溶けていくようだった。
レトルトの手が、わずかにキヨの手を握り返す。
二人の間に、ようやく静かなぬくもりが戻ってきた。
長い沈黙の中、握り合う手だけが互いの存在を証明する。
その静けさを破ったのは、震える声で落とされたひと言だった。
「……そのまま、キヨくんのほうに引っ張って……」
レトルトの掠れた声は、夜気よりも淡く、しかし刃のように鋭くキヨの胸に刺さった。
キヨは思わず息を呑んだ。
握り締めた手に力がこもる。
――引き寄せれば、レトルトがこっちに来る。
カーテンの向こうに隠された存在が、初めて目の前に現れてしまう。
今までどれほど触れ合いを重ねても、決してその一線を越えることはなかった。姿を見せず、ただ声と気配と、そして温もりだけで繋がってきた日々。
『……レトさん……いいの?』
困惑が胸に渦を巻く。
このまま引けば、すべてが変わってしまう。
幻のように淡く、けれど確かに愛おしかった時間が、壊れてしまうかもしれない。
それでも――握る手の震えと、必死に縋るような温もりが、キヨの躊躇を少しずつ揺らしていった。
「…うん」
レトルトの声は緊張で小さく震えるていた。
キヨは意を決して、そっとレトルトの手を自分のほうに引き寄せた。
その瞬間、カーテンを越えて、初めてレトルトの姿が現れる。
息をのむほどの美しさだった。
肌は白く透き通り、指先まで均整が取れていて、まるで月光に照らされた彫刻のよう。
色素の薄い髪は淡く光を透かし、静かに揺れるたびに幻想的に見えた。
そして、永く切れ長な目元――その美しく妖しい眼差しに、キヨは一瞬で心を奪われた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
声も出せず、ただ見つめることしかできない。
目の前にいるのは、今まで夢の中でしか触れられなかった存在。
その現実に、キヨの心は震えていた。
続く
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