いわゆる『刑務所』の重々しいイメージとはかけ離れた、
近代的な外観が特徴的な、奥多摩少年刑務所。
その最上階に位置する会議室もまた、
刑務所らしからぬ、最先端のIT設備と高級内装を完備していた。
だが、繊細な彫刻が施された
会議テーブルに着席する法務省幹部職員の顔は、
一様に暗く沈んでいた。
「うっっ…。」
「…酷すぎる。」
「ちょっと、ちょっと~!どうしちゃったわけ?
これ見て!ほらほら!現実から目を背けちゃいけませんよ~!」
モデルを思わせる体型をした女性が、
はつらつとした声をあげながら
ポインターで大型の壁掛けディスプレイを何度か叩く。
そこには、ボウガンの矢を受けて死亡した、
真鶴 詩織(まなづる しおり)の姿が映し出されていた。
「…大瑠璃(おおるり)法務大臣。やはりこれは、やりすぎなのでは…。」
「犯罪者とはいえ、子供を躊躇せず殺害するなんて、正気の沙汰とは思えませんな。」
法務副大臣や幹部職員が、
大瑠璃法務大臣と呼ばれた美人すぎる女性に
不安の眼差しを注ぐ。
「…やりすぎねぇ。」
だが、29歳という異例中の異例の若さで
法務大臣に就任した大瑠璃 水鶏(おおるり くいな)は
心底呆れた様子で息を吐き、
会議室中に暴言を撒き散らした。
「あんた達、バカ?腹の底から“ザマミロ&気分爽快”の笑いしか出てこないでしょうが!」
「バ…バカ!?大臣っ!言葉には気をつけていただきたいですな!」
「バカにバカって言ってなにが悪いの?
ってかさバカじゃないんなら、このデータ分かる?分かるよね?」
水鶏は勝気に鼻を鳴らすと、
机の上に置かれたノートパソコンに指を走らせた。
すると、大型ディスプレイに
様々な色や形で分類されたグラフが表示された。
「59,012人!263万円!56・2%!この数字な~んだ?」
「こ…これは?」
「かーっ!秘書や支援者に先生なんて言われて、ふんぞり返ってんのにわっかんないの?
ったく、やっぱバカじゃん!
あのさ、これは我らが日本の受刑者数と、
ひとりの受刑者を1年管理するのに必要な経費! それから再犯率よ!」
バンッッッ!!!
会議の出席者に喝を入れるように、
水鶏は机を平手で叩いた。
続けて、残る手に握られていたポインターの先端を法務副大臣である、
小雀 光英(こがら みつひで)の鼻先に突きつけた。
「人をぶっ殺しておいて、日に3度のご飯と暖かい布団!
数年後には笑顔で出所、保護司が観察するのも最初だけ!
隣人は愉快な殺人犯。そんな国でいいの?
税金いっぱい使っちゃってるけど、それでいいの?」
「それは、そうだが…。」
水鶏の独擅場となった会議室。
しかし、そんなことなど一切気にせず
彼女は再びノートパソコンの操作を始めた。
すると、ディスプレイに表示されていた画像が
銀行の防犯カメラが記録していた映像に切り替わった。
そこには、パイプ爆弾とナイフを握り締め
行員を脅す累(るい)の姿が、ハッキリと映し出されていた。
「強盗だ!死にたくなかったら、俺の指示に従うんだ!」
高倍率ズーム機能が働き、
少年銀行強盗の顔をとらえる。
水鶏はその鬼気迫る表情をジッと見つめ、
寂しげに息を吐いた。
「木葉梟 累17歳は、父親も犯罪者なんだな~。1年前に起きた、少女暴行殺人事件のさ。」
「…あの凄惨極まりない事件の?」
「…うん、そう。累くん、ショックでやけになっちゃったのかな?可哀相に…。
なーんて思うわけないでしょうが!」
「受刑者にかかる経費は、国民の 血税!人を傷付けても、数年お勤めすれば 社会復帰?
そんなゆる~い時代は、もう終わりでしょ!」
水鶏は眉を吊りあげて、
壁掛けディスプレイに手をかざした。
その瞬間、国道411号線をひた走る
少年少女の群れが巨大な画面に
クローズアップされた。
「受刑者は苦しんだ分だけ、刑期が短縮。
死ぬ程恐ろしい目に遭えば、さすがに再犯しないでしょ!
眼には眼を、歯には歯を!ハンムラビ法典いいんじゃない?」
「つーわけで!私は、誠心誠意真心を込めて犯罪者を苦しめてやります!被害者の為に!そして、税金の無駄使いを大幅にカットします。罪人ごとね♪」
水鶏は手でピースマークを作ると、
何かを切り取るように指を開閉させた。
そんな彼女が漂わせる異様な迫力に飲まれた職員は、引きつった笑顔を浮かべながら、
まばらな拍手を美人すぎる法務大臣に捧げるのだった。
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