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「透子さーん、綺麗ですよー」
スタッフさんにそう声を掛けられた。
「透子は何着ても似合うけど、鎖骨が綺麗だからそこは見せないとね」
付き添ってくれている環は、私以上に私を知っていてくれている。もう、全て環にお任せだ。
「当日は、恐らくお胸とウエストのサイズが大きく変わっているかと思いますので、本日のご試着はドレスの形のみ、細かい所はまた後日、日付の迫った頃に改めましょう」
「そうね。それじゃあ後、これとこれも着てみて」
スタッフさんの言葉に頷いた環に、新しいドレスを渡されて、私は笑った。
今日は、式の軽い打合せとドレスの試着に来ていた。新郎新婦、合わせての試着の方が良いのだろうが、何しろ予定が合わない。大まかな所をバラバラに決めておいて、最後の打ち合わせで一気に合わせる予定だ。
「具合はどう?気持ち悪くない?」
環が心配して聞いてくれた。
「うん、大丈夫よ。最近はあまり吐き気が来ないの」
私は妊娠していた。もう少しで5ヶ月になる所で、お腹も大きくなり始めている。式は3ヶ月後のマタニティウエディングだ。
介添さんに手伝って貰って次のドレスに着替える。着替え終わると、環はその姿をスマホで撮った。そして、撮った画像をまとめてLINEで雅彦に送る。
「さあ、新郎は何とリアクションをするか」
相変わらず雅彦はLINEが苦手だ。高校を卒業し、都内の農業大学に進学して全寮制で頑張り、この春卒業予定。あまり会えない中の連絡はほとんどがLINEなのだが、私が送っても雅彦はほぼ返信を送って来ず、時間ができた時に通話でまとめて話してくる。
「声も聞けるし、この方がよっぽど良い」
と言って。
「あ、返信来たよ。珍しい」
環が私に歩み寄ってスマホを見せた。送られた私の写真の下に、短いメッセージが見える。
『今直ぐその場に駆け付けたい』
「どのドレスが良いか聞いてるのに、これじゃ答えになってないじゃないね。もういい、私が決める」
環はぷりぷりしながらそう言った。私は笑いながら言う。
「環の方がセンス良いし、環に決めてもらいたいからお願い」
環も笑いながら頷いて、そしてドレスを選んでくれた。
「環、今日も有難う。付き合ってくれて助かった」
打ち合わせと試着が終わると、環は車で私を家まで送ってくれた。
「気にしないで、好きでやってるから。疲れたでしょ?ゆっくり休んで」
「うん」
「明日も迎えに来るね、バイバイー」
言いながらハグして頬にキスをしていく。高校を卒業した辺りから、環のボディタッチが増えた。
「もう我慢しないから。でもここは雅彦に譲る」
私の唇に指を置いてそう言ったのはいつだっただろう。常に私の横に居て、彼氏も彼女も作らない。
私は、勿論環の事が大好きだ。親友として。
環は『それで良い』と言ってくれているが、本当にそれで良いのか?という疑問が、常に私の中に留まっている。棘はまだ、尖り続けている。
環は、とても美人だ。明るく元気で面倒見も良い。言いはしないが、相当モテるはずだ。それなのに・・・。
環の若さと時間を全て捧げられている今が、辛い。
環の目が届かなくなって、全身から力を抜く。張り付けた笑顔を剥がす。外から見える自分を偽るのも上手になった。溜息が漏れる。
郵便受けからDMや封書の束を取り出す。お母さんはまだ帰宅していないらしい。私は鍵を開けて明かりを付け、ダイニングテーブルにそれらを広げた。
目に付く赤と青の斜めのストライプ。
エアメール・・・?
手に取るとそれは私宛だった。裏を返すと差出人のサインがある。
reoと、書き慣れた風の筆記体で。
レオ・・・、礼央!先輩だ・・・。
私はその場で開封して、中身を確かめる。
『透子ちゃん、元気ですか?結婚すると聞きました。おめでとう。本当は式の日にお祝いの言葉を届けたかったけど、他の電報と一緒に読み上げられると困るから、少し早目にこういう形をとりました。
透子ちゃんのウエディングドレス姿、見たかったです。出来る事なら隣に立ちたい。ゴメン、今でも俺は、透子ちゃんの事が忘れられません。
逢いたいです。抱き締めたいです。俺の物にしたいです。
もしも、透子ちゃんが辛いと思う事があるのなら、いつでも迎えに行きます。
脱線しました。ご結婚おめでとうございます』
1枚目にはそう書かれていて、2枚目にはcall meの文字の横に数字の羅列が書かれていた。
私は、動けなくなってしまった。
先輩が、先輩が私の事を好きと言っている。
鞄の中からスマホを取り出して番号を入力する。発信を押そうとして、自分のお腹が目に入った。
もう少しで5ヶ月になる。膨らみ始めたお腹・・・。
・・・出来ない。電話、掛けられない。
スマホを置いて椅子に座り、顔を覆って泣いた。
何処で、間違えたのだろう。こんな人生・・・。
みんな、愛してくれる。みんな、大切にしてくれる。なのにどうして、こんなに苦しいの?
何一つ思い通りにならない。好きな人が好きと言ってくれているのに、その腕に飛び込めない。抱き締めてもらえない。
「透子さん。この世界は、貴女にとって『生き辛い』物ではありませんか?もしそうならば、私は貴女を『私共の世界』へとお連れ致します」
突然、その言葉が頭の中に浮かんだ。いつだか、アスさんが私に言った言葉。
「アスさん・・・」
あの時、アスさんと一緒に行けば良かった。
この世界は、私にとって『生き辛い』物でした。
そうすれば、そうしていたならば・・・。
やり直したい・・・。
瞬間、私の目の焦点が合うような感じがした。驚きで口が半開きになる。
そうだ・・・、私、あの時・・・。
階段を駆け上り、部屋のドアを開ける。机の上に、小箱の中身を開けて、中から探した。
アクセサリーや、お土産で貰った小物類の中にソレは見つかった。
アスさんが、私を庇ってくれた時に渡してくれた小瓶。シュワシュワとした七色の不思議な液体。
「やり直したい時に、これを」
「・・・え・・・」
私にそう伝え終わると、笑顔を浮かべて、そして、ガクッと脱力した。
あの時の、小瓶だ。
「アスさん、これ、飲んでも良いのでしょうか?」
そのまま命を失ってしまったアスさん。留学してしまった先輩。
やり直せますか?
私は、小瓶の蓋を開けて、一気に飲み干した。
ダイニングテーブルの上でスマホが着信を知らせたが、見る事は出来なかった。