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*****


「どうした?」

ベッドの中、夫の背中に縋るように身体を寄せた私への穏やかな声に、胸が締め付けられる。

「ううん」と喉を鳴らして返事をした。

セックスをしなくなってから、こうしてベッドの中で触れ合うことがなくなった。

夫への配慮のつもりだった。

夫もまた、抱けない妻に触れることに罪悪感のようなものがあったと思う。

だから、三年くらい前にベッドを買い替えた時、もしかしたらベッドを分けようと言われるのではと覚悟した。

けれど、ベッドを買いに行った店で、彼は迷わずダブルベッドの前に立ち、声をかけてきた店員に『ダブルベッドを買い替えたい』と言った。

嬉しかった。

セックスレスになっても、愛情までなくなったわけではないと、思えたから。

夫婦の絆はセックスだけじゃない。

そう思うのに、夫じゃない男に抱かれて嬉々として幸せを語る友人を諫められないのは、なぜだろう。

美佳とのランチの後、鬱々とした気分で帰宅した私は夕方の情報番組の特集を見て、更に気分が沈んだ。

『ママ友が不倫をしています。私はそれを、ママ友のご主人に教えてあげようと思います。ご主人も娘ちゃんも可哀想だし、もしかしたら今後、不倫相手の子供をご主人の子供として産んでしまうかもしれません。それは酷すぎるから。でも、別のママ友はやめた方がいいと言います。私のせいで離婚になってもいいのか、とも言われました。私は、離婚になったとしても、それはママ友の自業自得だと思うのですが、スタジオの皆さんはどう思いますか?』

視聴者の相談コーナーで読み上げられた内容に、私はキャベツを刻む手を止めた。

手を拭いて、テレビの前に移動する。

『いいんじゃないです? 余計なお世話だとは思いますけど』と言い捨てたのは、辛口コメンテーターの女性。

『いや、余計なお世話すぎるでしょ。っていうか、なんでご主人? ママ友本人には言ったんですかね? 不倫はやめた方がいい、って』

興奮気味にそう言ったのは、メインキャスターの男性。

それに対し、相談を読み上げた女性キャスターが『そこまではわかりませんね』と言った。

『じゃあ、まずは本人に言うべきだよ。そんな密告みたいなこと、よくないよ』

『そもそも、関わる意味がわからないですけどね? 関係ないですよね? ママ友の家庭がどうなろうと』

『お節介な性分なんでしょ? でも、ママ友のご主人や娘さんが可哀想って言うのは建前だろうね。この……相談者の人は、羨ましいんじゃない? で、ぶっ壊してやりたいのよ。ぶっ壊れたらいいって思ってんの! だからチクんのよ』

『羨ましいって、何がです?』と、若い女性キャスターが聞く。

『不倫がよ。このママ友、絶対相談者より美人か、旦那の稼ぎがいいわよ。でなきゃ、相談者は自分の旦那に相手にされてないか。美人で金持ちで男遊びする余裕まであるなんて、羨ましくて仕方ないでしょ』

『まぁ、そこまではわかりませんけどね?』

自分より熱の入ったコメンテーターの言葉に、メインキャスターが弱気に言った。

『絶対そう! 妬み嫉み僻みが渦巻くママ友関係で、そんな弱みを掴んだらそりゃ、使わない手はないわよ』

『いや、落ち着いてください? そういう決めつけは良くないですよ』

『そうね。でも――』とコメンテーターが水を一口飲む。

『――幸せな人間ほど、他人を気に留めないものよ。暇で心が満たされない人ほど、善意を振りかざして他人を貶めようとするものだわ。相談者が本当に善意でママ友の不倫をやめさせたいのなら、本人に言いなさい。それだけ!』

一瞬、スタジオがシンッと無音になった。

そして、カメラがメインキャスターの顔に寄る。

『これらはあくまでも詳細を知らない他人の意見ですが、相談者さんは相談者さんなりによく考えてみてください。ではっ! 続きまして――』

次のコーナーは視聴者プレゼント。

私はプレゼントの、季節のフルーツ盛り合わせを見つめながら、喉の奥が詰まるような息苦しさを感じた。

「詩乃?」

握りしめた祥平のパジャマがグイッと引っ張られて、私は手を離した。

彼が寝返りを打って、私と向き合う。

「どうした?」

『幸せな人間ほど、他人を気に留めないものよ』

コメンテーターの言葉が、耳の奥で再生される。

別に、私に向けられた言葉じゃない。

私は美佳や史子の旦那さんに密告しようなんて、思っていない。

本人に言おうと思って、やめただけ。

けれど、美佳の言葉を気にしている。

『せっかく子供がいないのだから』

羨んでいないなんて言わない。

子供がいる美佳を、羨んでいる。

「詩乃?」

私は夫の胸に顔を埋めた。

「史子がね? 美佳の旦那さんと一緒にいたの」

「え?」

「不倫……してると思う」

「詩乃の友達が? 友達の旦那と?」

「うん。でね? 私、なんかじっとしていられなくて、今日美佳に会ったの。だけど、言えなかった」

祥平の、細いのに逞しい腕が私の腰を抱く。

「友達なら、言ってあげるべき……だったのかもしれないけど……」

「言ったらどうなると思う?」

「え?」

「詩乃が美佳……さん? に友達と旦那さんの不倫を教えてたら、どうなってたかな」

「……史子を問い詰めたと思う」

美佳は良くも悪くも感情的で、きっと聞いたことを確かめずにはいられないと思う。


史子に聞けなくても、旦那さんの前でいつも通りになんてできない気がするし……。


「史子さん? は認めるかな」

どうだろうか。

私には、認めた。

美佳にも、認めるかもしれない。


でも、そんなことをしたら――。

あなたより幸せでいたい、から

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