「否定したってしきれませんよ。プロヒーローたちの手のひらで、暖かく育ってきたこと、雄英には入試しないで入ったこと!全て事実じゃあありませんか!!」
私はその場から弾かれたように逃げ出した。周りにいるメディアも、プロヒーローたちも、同級生も先生たちも、私の目には入らなかった。
ただ、知られてしまったという事実。
嫌われてしまうんじゃないかという侵入思考。
見慣れた制服たち。見慣れたクラスメイトたち。
走って走って、更に走って。
雄英を飛び出して、横断歩道を渡って。
気づいたら、家に着いていた。
鍵を開けて家に入って扉を閉めて鍵もして。何も考えたくないから荷物も制服も雑に脱いで、シャワーを浴びた。
鏡に映ったびしょ濡れの自分。
「この 偽善者が」
髪を乾かし終わってリビングに行くと、携帯が鳴っていた。
「もしもし…..?」
『もしもし ゆう?体育祭お疲れ様!テレビで見てたよ。ゆうは探せなかったけど….。どうだった?楽しかった?』
話したい気分ではなかったが、親に心配をかけたくない。
「うん。楽しかったよ….。競技には、出ない方がいいって言われたから。前のUSJ事件。電話で話したみたいなことがまた起こったらいかんやろ?」
『そうやけど….ゆう、大丈夫?』
「私は大丈夫。雄英だよ?良い先生たちいっぱいいるし、体育際はメディアで出てないところで参加したんだ」
『そうやったの。あ、お父さんと話したいことある?』
「ううん。大丈夫。観とってくれてありがとう。母さん、私は大丈夫やでね。またね」
ピッと電話を切って、そのまま、携帯を机に置いた。
今はどうしても、特待生であることが知られてしまったこと….その先のことを考えてしまう。
みんながどれほど苦労して勝ち取った切符か。私は、それを生まれ6歳にして、なんの苦労もせず受け取ってしまった。
今回の体育祭だって、みんなが努力してプロの目に止まるチャンスを、私は努力せず確定されている。
明日は休日だ。だけど、明後日からの学校。どうやってみんなに会えばいいんだ。
最初は、なんて言ったらいいんだ。
そんな私の心も知らず、時は動き続ける。
学校の、日。
重い足を引きづりながら、顔と地面を並行にして歩く。
潜ってしまった高校の門。
「あ。ゆうちゃん。おはよ」
「お……お茶子ちゃん、おはよ。あの、」
「体育祭あとのあれやろ?大丈夫。気にしてへんよ」
え。
「そりゃあびっくりしたけど、ゆうちゃんのこと嫌いになったりなんかせんし。一緒にヒーロー目指す仲間やん!友達やん!」
お茶子ちゃん…..。
「A組のみんなに、一緒におはようって言お?」
お茶子ちゃん……!
う….嬉しい….良かった、教室のみんなも全然気にしてないみたい。
「オイクソチビ!!」
「ば、爆豪くん。おはよ、」
「お前が特待生だろうがなんだろうが関係ねェ。覚えとけカス」
カス!!
…..でも、励ましてくれたのかな。優しいな爆豪くん。
「か、かっちゃん、さすがにカスは良くないよ、そもそもクソチビっていうのも良くないんだけどさ、」
「うるっせーよクソナード!!」
その日の授業は、ヒーロー名を決めるというもの。なんでも、今後の職場体験に響いて来るらしい。
特別講師はミッドナイト先生。相澤先生はそういうの苦手らしい。可愛い。
名前….名前ねぇ。こだわりとか無いし、メディア意識とかもないんだけど。とか思ってたら順番に発表していくスタンス。こういうのは早い方がいい。
「はい!愛嶋さん!」
「はい….。ヒーロー・アクア、です」
「シンプル!わかりやすいのも大事!」
よし。あとはみんなのを見て…..っていうか、やっぱり青山くんのCan,t stop twinkling が印象的すぎて。略されそう一部の界隈から。
一人一人の文字の描き方、好きだな。個性というか性格が出てて。今後授業でヒーローという意識を持つために、みんなのヒーロー名も覚えておかないと。
「職場体験は1週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すからその中から自分で選択しろ」
そして案の定私にはリストが。えーと?
ホークス事務所?
確か人気No,3のホークス…..福岡だったよな。一緒に行ってくれる子がいると心強いんだけど….。
そして職場体験当日。
「全員コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」
ロビーで解散する形になったみんな。私は同じホークス事務所に行く常闇くんに話しかけてみた。
「常闇くん。職場体験楽しみだね」
「あぁ。ここで得た物を必ずや我の糧とし、茨の道を突き進むための武器として見せる」
ちょっと半分くらい何言ってるか分からないけど、常闇くんは面白な。
「一緒に行く子が常闇くんで良かった。安心」
「……愛嶋、悪いことは言わないが、その発言はさらなる誤解を招きかねん」
変なこと言ったかな….?
「そう?わかった?常闇くん窓側がいい?通路側がいい?」
常闇くんは少し呆れたような顔で、愛嶋の意志を優先する、と言った。常闇くん、小説家みたいな話し方するな。
席は、私が窓側。帰りは反対にしようと思う。
移動中は暇なので、持って来ていたノートに絵を描くことにした。乗り物の移動中はインスピレーションが特に湧くんだ。
「?何を描いているんだ?見ても良い物か?」
「今はね、常闇くんを描いてるの。絵を描くのが趣味で。上手じゃないんだけどね。完成したら見せるよ」
「良いのか?期待している」
「そう言ってくれると嬉しいな。中学校でも授業中とかよく絵描いてたんだけどさ。交流とかする時周りの子から見られるのいやで」
「俺も作り話を書いていた頃があった。周りから指摘されることに、強く嫌悪感を抱いた」
「わかる!特にあぁいう時期って、悪いことしてたら無駄に先生に言う文化あったよね」
「本当にな。放っておけばいいものを」
「と…..常闇くん…..」
「ん?」
「常闇くんって….こんなに話し会うんだ!嬉しい!仲良くなれそう!嬉しい!」
「同感だ。愛嶋は淑やかだと思っていたが、これほどまでわかり会えるとは」
「お淑やかだなんて….違うよ、人付き合い苦手な陰キャなだけで」
「悪いものか。自分の思うようにやりたいようにしていて、周りに迷惑がかからないならそれで構わないだろう。自分が生きやすいならいい。愛嶋は、特待生のことを気にしているようだったが、愛嶋のままでいいんだ」
と、常闇くん….!!
「な….なにそれ…..常闇くんすき!!」
周りの乗客が一斉に飲み物を吹く音がした。
「誤解を招く言葉選びは改めた方が己のためだがな…..」
それからも、お互いの好きな物や休日の過ごし方、小中学生での思い出など多く話した。最近話題のことにも、お互い思考するのが好きで盛り上がった。
気がついたら博多に着いていて。
「博多だ!明太子の味付けがいっぱい….」
「移動中にも思ったが、愛嶋はそういう顔もするのだな。学校では表情筋が固まったままなものだから」
「常闇くんこそ。意外と表情豊かだよね。かわいい」
「可愛いと言われてもだな」
福岡の地を踏みしめて、職場体験に気持ちを高ぶらせていると。
「君!雄英高校の子だよね?!」
「体育祭3位の!」
「ほんとだ!可愛い!」
わらっと集まってきた地元の皆さん。さすが常闇くん。福岡でも大人気だ。…..けど、ちょっと、人に見られるのは….。
すると、ダークシャドウが私をぎゅうと抱きしめた。
「すまない。この後雄英高校の授業プログラムを計画している。申し訳ないが急いでいるので」
地元の人はハッとして、頑張ってね、期待してる、と言って去っていった。
どうやら庇ってくれたらしい。
「ありがとう。常闇くん。ダークシャドウ」
「礼には及ばない。困った時はお互い助け合う心持ちだろう」
「かっこよ」
「そういうのをだな、」
「君たち、雄英のヒーロー科の生徒だよね?」
ヒーロースーツを身につけた、優しそうな人が2人ほど。
「いかにも」
「そうです、」
「良かった。福岡へようこそ。俺たちはホークス事務所で働いてるヒーローだよ。職場体験だよね。話は聞いてるよ」
「これから事務所へ案内するからね。車に乗って移動しよう」
鳥のような仮面で顔の上半分が隠れてるヒーロー…..目隠れさん。と、勝手に呼ぶことにした。全部がマスクで覆われてるヒーロー、….マスクさんは、車のドアを開けてくださった。
ご丁寧にありがとうございます。
目隠れさんの運転で事務所に着くと、頭上から声がした。
「どーもどーも。会うのは初めてですよね。ホークスでーす。よろしく」
赤い剛翼を羽ばたかせ、茶色いグローブをした右手を軽く上げて出迎えてくださったホークス。ホークスはメディアにも度々出ているから何となく人物は把握していた。しかし、こうして見るとなかなかに…..
チャラい。
「本日は職場体験の指名を頂き、身に余る光栄。雄英高校1年A組ヒーロー科。常闇踏陰」
「同じく愛嶋ゆうです。1週間、どうぞよろしくお願いします」
「うん。2人とも長旅でしたねぇ。中にどうぞ」
事務所に入って案内された席に座ろうとすると……。
「へぇ。ふぅん。君が。ねぇ?」
す、すごく見てくる….。距離が近い…..。
「あ、あの…….」
「いやぁ。俺たちが守るほどなのかなぁって。プロヒーローたちが目をつけてる個性とは聞いてますけどね。そんな個性が扱えるようにはとても見えないんです」
「あはは…..そう、ですよね…..。気にかけて頂いてはいたんですが…..」
ホークスは実力も評価されている。ルックスの良さも。だが、それ以上に評価されているのは煽りのセンスだ。こういうのに乗ってはいけない。…..というか、私は性格上下に下に出るから、あまり意味はないと思う…..けど、こうやって言ってくるのはなにか事情があるのか。
「まぁいいですよ。USJ事件の時、他の目的があれど拉致されそうになったのは本当なんですし」
「?!そうなのか愛嶋!」
言ってなかったっけ、
「伝えてないんですか?….ふぅん。とりあえずいいや。じゃあ職場体験についてですね」
職場体験の話になって、休憩時間を設けてくださった。ホークスと離れると、
「なぜ言い返さなかった愛嶋。腹が立たなかったのか」
口調は普段と変わらない物の、常闇くんの目は私をしっかりと捉えている。
「言い返せないよ。私はまだヒーロー社会にとって価値が高い存在になれてないから」
「自虐的な態度を悪いとは言わない。だが、自虐と自己犠牲は違う。ヒーローでも同じことだ。自己犠牲の末にヒーロー全体の足でまといになる可能性だってある」
そうだね….。でも、私はまだ、自分の価値がホークスの言葉に反論出来るほどに釣り合っていないと思うんだ。
午後からも職場体験は続き、基本的に巡回に当てられた。時々ホークスに煽られたりもしながら、そんなこんなで1週間が経った。
帰りはホークスも見送りに来てくださった。
「1週間世話になった。機会があれば、また再び」
「ありがとうございました」
3人に背中を向けて踵を返す。
「あぁ、そうだ愛嶋ちゃん」
右肩に手が乗せられたので振り返ると。
「早いとこ自分の価値見つけてくださいね」
息が当たる距離で話され、身体が強ばる。
「あの、」
「返事」
驚いて身体を逃がそうにも、羽が左側を抑えて動かない。
「はい……」
「俺たちもプライド持って仕事してるんで、そこんとこお願いしますね」
ふわりと離れていくホークスに、安心を覚える。だが。乗り物の移動中。ホークスの態度と言葉の圧が、私の身体に染み付いて離れなかった。
学校生活。
やっぱり話題は “ヒーロー殺しステイン ” について。緑谷くん・轟くん・飯田くんが現場にいたらしく、職場体験の休憩時間、常闇くんと心配だねと話していた。
3人の話や顔を見るに、もう大丈夫なんだと思うと安心する。
こんな休憩の時間も束の間。ヒーロー基礎学が運動場γで始まった。
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