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#溺愛
桜咲かな
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#溺愛
桜咲かな
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コメント
1件
いやあ、面白かったですね…!reが“安全な今”じゃなくて“数秒後に危険になる道”を避ける動き、本当にゾクッとしました。エリウスの案内層が「現在の安全」を読むのに対して、reは“これから崩れる予兆”を拾ってる。それでいてノノが「予知と断定せず」と記録を残す慎重さも、この物語の良心って感じで好きです。 あと、四つ目の座標不明の反応にreだけが行かなかったところ。あれ、re自身が何かを知ってるか、あるいは避けてる…。Cの側も動き出してるし、次が本当に気になります。続きを楽しみにしてます!
第260話 reの同期反応
【異世界・王都東部/旧治療施設・地下研究区画・夜】
エリウスの案内層とreの間に、細い白線が残っていた。
二つは同じものではない。
エリウスがreを作ったわけでもない。
問題は、その二つが繋がることで何が起きるのか。
ノノは水晶板を切り替えた。
「次は、そこを見る」
ダミエが床の結界層を見たまま尋ねる。
「試す?」
「うん。でも、人には使わない」
ノノは即答した。
高瀬直人で実験するつもりはない。
名前や記憶を失っている人間に、
正体の分からない同期反応を直接当てるのは危険すぎる。
ダミエは小さく頷き、床の一角へ新しい結界を組み始めた。
三本の道。
すべて、手のひらに乗るほど小さな模擬結界の中に作られている。
中央には、小さな水晶球。
人間の意識の代わりになる単純な魔力反応だけを入れたものだった。
イデールが覗き込む。
「三つとも同じ道に見えるね」
「今は」
ダミエが答えた。
ノノが説明する。
「一番左は最後まで安全」
「真ん中は途中で閉じる」
「右は一度遠回りするけど、最後には安全なところへ出る」
イデールが首を傾げる。
「じゃあ左が正解?」
「今の状態なら」
ダミエはそれ以上言わなかった。
ノノは王都外縁との通信線を開く。
『サキ、聞こえる?』
◆ ◆ ◆
【異世界・王都外縁/保護施設・北側病室・夜】
サキのスマートフォンが震えた。
「聞こえるよ」
アデルは高瀬の寝台の近くにいる。
高瀬本人は眠ったままだ。
ヴェルニは扉の外。
リオは窓際に立ち、施設の外を警戒している。
ノノから説明を受けたサキは、スマートフォンを机の上へ置いた。
『何かさせようとしなくていい』
『reが反応するか見るだけ』
「分かった」
画面の中央でreが光る。
旧治療施設側の三本の模擬経路が、細い通信線を通して表示された。
左。
中央。
右。
最初に動いたのは、エリウスの案内層だった。
《安全》
左の道へ標識が出る。
現在の条件だけを見るなら、その判断は正しい。
ノノが記録する。
『次、re』
サキは何も言わずに待った。
reが白い線を伸ばした。
だが。
左には行かなかった。
右。
一度大きく遠回りする道へ、白い線を引いた。
リオが画面を見る。
「外した?」
『まだ分からない』
ノノが答える。
その直後。
旧治療施設で、ダミエが指を動かした。
左の道の先。
まだ水晶球が到達していない場所に、結界の歪みが生まれる。
安全だったはずの経路が閉じた。
サキが目を見開く。
「え?」
『今、ダミエが変えたの?』
ノノが聞く。
ダミエが答える。
「違う」
イデールも床を見る。
「私も見てたけど、ダミエは何もしてないよ」
ダミエは閉じた部分を調べた。
「古い層が沈んだ」
地下に残っていた別の結界の重みで、左の道が自然に塞がったのだ。
もし水晶球が左へ進んでいれば、途中で行き止まりになっていた。
しかしreは。
閉じる前から、右の道を選んでいた。
◆ ◆ ◆
【旧治療施設・地下研究区画/夜】
ノノは椅子から少し身を乗り出した。
「もう一回」
ダミエは三本の経路を作り直す。
今度は、どの道がどう変化するのかノノにも知らせなかった。
ダミエ自身も、最後まで変化を固定しない。
周囲の古い結界へ小さな揺れだけを与え、どの道へ影響するか自然に任せる。
エリウスの案内層が反応する。
《安全》
中央。
reが動く。
右。
数秒後。
中央の経路へ、外から小さな魔力波が流れ込んだ。
壁が崩れる。
中央は塞がった。
右は残る。
ノノは黙った。
三回目。
エリウスの案内層。
左。
re。
左へ伸びかけた白線が、途中で止まる。
一度戻る。
そして中央へ変える。
その直後。
左の結界へ細い黒い揺れが走った。
ダミエが顔を上げた。
「来る前に変えた」
ノノも見ていた。
「うん」
エリウスの案内層は、現在の状態を正確に判断している。
危険な道。
安全な道。
偽の声。
戻れない道。
それらを区別する。
だがreは、その判断より少し先に動く。
今は安全でも、数秒後に危険になる道を避ける。
「未来が見えるってこと?」
イデールが尋ねる。
「そこまでは言えない」
ノノは首を振った。
「境界の変化が起こる前の、小さな揺れを拾ってるだけかもしれない」
ダミエが短く言う。
「私には見えない揺れ」
「うん」
ノノは記録へ書き込んだ。
《re・経路変化前反応》
その下。
《予知と断定せず》
イデールが少し笑う。
「そこ、大事なんだね」
「大事」
ノノは真面目に答えた。
「分からないものに、先に答えを書くと間違えるから」
セラはその言葉を聞き、エリウスの案内層へ目を向けた。
エリウスが残した空白と同じだった。
分からないなら、空白のまま残す。
◆ ◆ ◆
ノノは次に、二つの線が重なった時の記録を調べた。
前に確認した新しい接触痕。
葛原レアとパイソンが消えた直後に残されたもの。
その痕跡には、これまで読み取れなかった小さな区画がある。
reとの同期が続いている今だけ、その部分が薄く開いていた。
「これ、何?」
ノノが拡大する。
表示された項目は少ない。
《身体接続――なし》
《名前固定――なし》
《役割固定――不明》
ダミエが見る。
「名前がない」
「そう」
ノノの表情が変わる。
もし、この痕跡が葛原レアそのものだったなら。
少なくとも「葛原レア」という名前の反応が残っていてもおかしくない。
だが、ない。
完全に消されたのか。
失ったのか。
それとも。
この場所へ来た時には、すでに「葛原レア」ではなかったのか。
セラが尋ねる。
「役割の項目は?」
「読めない」
ノノは答えた。
「あるのか、ないのかも分からない」
イデールが慎重に言う。
「じゃあ、その時ここに来た人が、レアだったとは言えないね」
「うん」
「逆に、違ったとも言えない」
「うん」
ノノは水晶板へ新しい仮説を書いた。
《葛原レア消失後に残った意識》
一度書き。
止める。
それを消した。
代わりに書き直す。
《名称を失った意識》
さらに、その下。
《葛原レアとの関係・未確定》
ダミエが画面を見る。
「それでいい」
「うん」
ノノは頷いた。
今、名前を与えるべきではない。
それは研究者が決めることではない。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都外縁/保護施設・夜】
サキのスマートフォンで、reが突然大きく動いた。
「また何か見つけた」
ハレルが隣へ寄る。
白い線が一本。
二本。
三本。
これまでは高瀬直人の周囲だけを示していた線が、王都の外へ伸び始めている。
『待って』
ノノの声が入る。
『旧治療施設の案内層も反応してる』
二つの世界地図が重ねられる。
白い点が、一つ現れた。
王都地下。
もう一つ。
王都から離れた北西部。
三つ目。
深灰の森に近い区域。
どれも非常に弱い。
名前は表示されない。
身体があるかどうかも分からない。
リオが尋ねる。
「人間なのか」
『それもまだ分からない』
ノノは答えた。
『意識に似た反応があるだけ』
アデルが言う。
「候補として記録しろ」
『うん』
『失踪者だとは決めない』
ハレルは白い点を見る。
「でも調べるんですよね」
『もちろん』
ノノの答えは早かった。
サキのスマートフォンで、reが一つ目の点へ白線を伸ばす。
次。
二つ目。
三つ目。
それぞれへ、道が作られる。
だが。
四つ目に現れた弱い反応だけは違った。
場所が表示されない。
王都でもない。
深灰の森でもない。
現実側でもない。
地図の外。
黒い空白。
そこにも、何かがいる。
エリウスの案内層は、その反応を拾っている。
《保護対象》
しかしreは動かなかった。
サキが画面を見る。
「行かない……」
ハレルも気づく。
「そこだけ?」
白い線が途中まで伸びる。
止まる。
少し揺れる。
そして引き返した。
ヴェルニが低く言う。
「危険だからか」
『分からない』
ノノが答える。
『危険なら、いつもみたいに迂回路を探すはず』
アデルがreを見る。
「道がない?」
『それなら、入口を探す動きをすると思う』
セラが静かに言った。
『re自身が、そこへ行くことを避けているように見えます』
サキはスマートフォンを握った。
「知ってる場所なのかな」
誰も答えなかった。
reも答えない。
ただ、その黒い場所へ向かう線だけを消した。
◆ ◆ ◆
【旧治療施設・地下研究区画/夜】
ノノは新しく見つかった反応を一覧にする。
《候補A・王都地下》
《候補B・王都北西部》
《候補C・深灰の森周辺》
《候補D・座標不明》
最後の一つだけ、reの案内反応がない。
ダミエがその部分を見る。
「案内層には見える」
「reも見えてると思う」
ノノが答える。
「でも行かない」
イデールが静かに言った。
「だったら、今は追わない方がいいんじゃない?」
ノノが振り返る。
「どうして?」
「reが何なのか分からないのと同じ」
イデールはいつもの柔らかな声で続けた。
「嫌がってる理由が分からないなら、無理に開けない方がいいよ」
少し間を置いて笑う。
「怪我してる人に、痛い場所を何度も押したりしないでしょ?」
ノノは黒い点を見た。
「……そうだね」
調査対象から外すわけではない。
ただ、今は開かない。
《候補D・保留》
そう記録した。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cの画面にも、複数の反応が現れていた。
ハレルたちが見つけた三つ。
そして。
reが避けた、座標不明の一点。
白峰律は、そこを見つめる。
「Cにも見えるようになったのか」
『案内層の観測結果を経由し、認識可能になりました』
オルガが言う。
「今までは存在として弱すぎた」
「名前も身体も座標もない」
「Cならノイズとして捨てる」
白峰の視線がreへ移る。
「だが、あれは捨てない」
カシウスは興味深そうに画面を見ていた。
「名前がなくても、人として扱う」
オルガは答えない。
その考え方はエリウスに近い。
そして、それこそカシウスが捨てた考え方でもあった。
Cが別の画面を開く。
《高瀬直人》
《名前固定率・上昇》
《身体一致率・上昇》
《本人選択・帰還》
ジャバがそれを見る。
「こっちは、もういいだろ」
カシウスも高瀬の反応へ視線を移した。
本人確認は進んだ。
エリウスの案内層によって、偽の声も分けられ始めている。
これ以上待てば、高瀬はハレルたちの側で完全に固定される。
「そうだな」
カシウスが言った。
ジャバが立ち上がる。
「やっとか」
「高瀬直人を回収しろ」
カシウスの声は静かだった。
「本人の記憶は壊すな」
「帰還実験に使う」
ジャバが肩を鳴らす。
「鍵は?」
Cの画面に二つの反応が表示される。
《主鍵・雲賀ハレル》
《副鍵・一ノ瀬涼》
カシウスが答えた。
「取れるなら取れ」
「特に副鍵だ」
ジャバが笑った。
「分かった」
黒い転移線が開き始める。
その向こう。
王都外縁の保護施設では。
ハレルたちはまだ、次の失踪者へ続く白い道を見つめていた。
自分たちのすぐ近くへ。
今度は観測ではなく、回収する者が近づいていることには気づかないまま。