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Side 赤
息の仕方を忘れてしまったのかと思うほど荒い呼吸を繰り返す北斗。
薬を飲んだあとも治まらず、不安が広がる。
以前「俺らがいれば大丈夫」なんて言ったものの、その自分たちが戸惑っているのが現状だ。
目の前の大事なメンバーがこんなにも苦しんでいるのに、そばで背中をさするくらいしかできない。
自分が、とても無力に思えた。
「北斗、これ」
高地がスタッフさんから借りてきたのだろう酸素スプレーを持ってきた。
それを当ててやると、だんだんと息が落ち着いてくる。大きく深呼吸すると、マスクを外した。
「ありがと、もう大丈夫だから」
スタジオを出て楽屋へ戻る。
歌番組の収録を終えた直後だった。
歌だけだから問題はないだろうと挑んだにも関わらず、北斗の肺は悲鳴を上げた。
それでも撮り終わっていたからよかった。
「なあ北斗、やっぱ危ないよ。パフォーマンス、きついんだろ?」
樹が不安そうに言う。
「やってるときはそうでもないんだよ。終わったら急に苦しくなった。だから支障はない」
「…なこと言ったって、心配なんだよっ」
珍しく大声を出したのは大我だった。
「そんなんでやってたら、どうなるか……」
肩が小さく震えている。北斗は目を見開く。
「京本…」
「でも…正直、俺は続けてほしい。できる限りでいいから。音色が一つ欠けるなんて嫌だし、北斗のいないグループなんて考えられない」
そうだな、とみんなも賛同する。
これが正解かなんて、誰にも分からない。
進んだ先が間違いかもしれない。
でも、大我にそう言葉を掛けられた北斗はひとり嬉しそうな顔をしていた。
「ねえ、ほんとにできるの?」
帰り道、隣で歩く北斗に訊く。しつこいと思われるだろうけど、みんな心配なんだ。
「大丈夫だって。っていうか最初はジェシーが励ましてくれてたんだよ? その自信はどこにいった」
そうだよね…とため息をつく。
「じゃあさ、発作が起きたときはどうしてほしい?」
少し考えたあと、
「……ただそばにいてくれたらいい。何も言わなくていいから、背中さすってくれるとかで十分。だってお前らだし」
うん、と微笑んだ。あれで合っていたんだ、と安心した。
「じゃあ北斗も、発作が起きそうなときは誰でも言えよ。俺らだから」
北斗は笑う。「ありがとう」
別れる直前、北斗は俺の服の裾を引っ張った。
「ん? どうした」
右手を胸に添える。くるしい、とその唇が動いた。
北斗の鞄から吸入薬を取り出して渡す。
そのとき、チャックの持ち手に付けられたヘルプマークに気がついた。
あえて何とは訊かない。でもそれは、俺の知らないところで闘う北斗の一面にも見えて、少しだけ寂しくなった。
広い背中を優しく撫でていると、思ったよりすぐに鎮まった。
「もういいよ、ありがとな」
このまま離れるのも心配だから送るよと言うと、
「帰れるから」
一度背を向けるが、振り返る。
「ジェシーの撫で方、好きなんだよね。俺頑張るからさ、これからもよろしくな」
もちろん、メンバーなんだからいくらでも寄り添いたい。
ふふっと笑いかけると、満面の笑みが返ってきた。
北斗は踵を返す。
背中で揺れている白いハートマークは、彼自身の心を表しているんじゃないかと思った。
弱いから助けてほしいけど、強い。
その心が間違ってもこわれてしまわないように、俺たちは守ってやりたい。
終わり