テラーノベル
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不思議なことに、佐久間と身体を重ねるようになってからというもの、あの鬱陶しかった発情期がぱったりと来なくなっていた。
俺の番として身体が受け入れたからなのか、それとも身体の芯まで佐久間の存在で満たされているからなのか。…まあ、理由はどちらでもいい。
今や別々だった寝室を一つにし、夜毎に愛を確かめ合う。邪魔するもののない今の暮らしは、俺にとって間違いなく本物の幸せだった。
その日は二人で市場へとデートに繰り出していた。立ち並ぶ屋台の香ばしい匂いや人々の活気の中、隣を歩く佐久間が嬉しそうに目を輝かせる。
「照さん、この焼き魚、涼太さんと蓮さんへのお土産にどうでしょう?」
「いいんじゃねぇか?あっちの串焼きは翔太が好きそうだな。」
仲間の顔を思い浮かべながら答えると佐久間は、
「野菜串もありますね!こうちゃんが喜びそうです!」
と笑顔を弾けさせた。
どこまでも周囲の奴らのことばかり優先する姿に、この場で抱き締めたくなるくらいに愛しさが込み上げる。それでも俺は歩みを止め、一つの疑問に彼の顔を覗き込んだ。
「…今は一旦の下見だけど、…お前のは?」
「?」
意図が伝わらず首を傾げる佐久間に、思わず小さく息を吐く。
「さっきから人のばかりだろ。自分のも選んで、アイツらと一緒に食えば?」
「じゃあ、照さんが食べたいものを選んでください。僕もそれがいいです。」
屈託のない笑顔でそう返され、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。どこまでも自分を後回しにする献身ぶりに参りながら、俺は言葉を詰まらせる。
「俺、は…、メシというか…。」
視線を少しだけ泳がせ、チラリと別の屋台に目をやった。そこに陳列されていたのは、香ばしく甘い匂いを漂わせる焼き菓子。
ほんの一瞬目線を送っただけだったが、佐久間は直ぐに察して柔らかく微笑む。
「クッキー、ですか?」
見破られたことに一瞬目を見開いたが、誤魔化しきれないと悟り、俺は僅かに目を泳がせながら小さく頷いた。どうせなら、と少しだけ我が儘を足す。
「………この前お前が作ったチョコチップのやつ。」
「っふふ、分かりました。食後のデザートとして皆で食べましょう?」
愛おしそうに小さく笑う佐久間の顔を見て、少しだけ耳が熱くなるのを感じた。俺はそっぽを向きながら、ボソッと呟く。
「…ん。だから、佐久間は普通に食いたいやつ選べ。」
「はい、そうします。」
愛おしい存在と交わす、なんてことのない会話。それだけで胸が満たされていく。
買い物を終えて歩き出したその時、ガタガタとけたたましい音を立てて二人の横を馬車が猛スピードで駆け抜けて行った。激しく舞い上がる砂埃に眉を寄せる。
「ゲホッ…、ここ最近、乾燥が凄いですね。」
小さく噎せる佐久間を見て、俺は反射的に風上へ立ち、佐久間を庇うように背中を撫でた。
「そうだな…。寝室に氷置いとくか。ちょっとはマシになるだろ。」
「………魔法って本当便利ですよね…。」
本気で感心したように言う佐久間に、俺は片眉を上げて笑ってみせる。
「ま、冬には使えねぇけどな。」
俺の言葉に、佐久間は悪戯っぽく微笑み返してきた。
「照さんのフェンリル姿で何とかなりそうですけどね?」
毛皮に包まれれば暖かい、と言いたいのだろう。だが俺は、即座に頭を振った。
「いや、部屋狭くなるし…何よりお前の寝る体勢が辛いだろ。」
大きな狼の姿になれば、まずベッドはぺしゃんこ。ただでさえ狭い寝室の半分が埋まることになる。彼の体温を感じながら眠るには、この人間の身体が一番都合がいい。
くすりと笑い合ったが、先程の砂埃がまだ喉に残っていたのか、佐久間が何度も咳払いを繰り返した。
「、一旦帰るか。」
佐久間の手から買い出しの袋をサッと取り上げ、空いた方の手でその華奢な手をしっかりと握り直す。
「そうですね、折角のお土産が砂まみれになっちゃいそうです。」
土産よりもお前の身体が心配なんだけど、と思いながらも、俺はその小さな手に少しだけ力を込め、我が家へと足早に歩き出した。
──事の始まりは、そんな本当に小さくて軽い咳だったんだ。
「けほっ、…すみません。まだちょっと喉をやられてるみたいで…おかしいなぁ…。」
買い物から帰ったリビングで、淹れたてのお茶を差し出しながら、佐久間は照れくさそうに笑っていた。《バカは風邪引かないんじゃなかったのか?》と俺がいつものように冗談を言い、《もう!だから違います!》と膨れる佐久間。二人で暖かな食卓を囲む。そんないつもの、ありふれた幸せな日常。
けれど、季節が一つ移り変わる頃──それは、あまりにも突然に訪れた。
「けほっ、ごほっ…っ、げほっ、
ご、ふっ…!」
今までとは明らかに違う、肺の奥から掻き出すような激しい咳の音が響き渡る。佐久間が苦しげに口元を覆った次の瞬間、…その細い指の隙間から床に飛び散ったのは、生々しい『赤』だった。
「ぁ…、え?」
彼は呆然とその赤い掌を見つめ、小さく声を漏らす。その光景を目にした瞬間、心臓が凍りつくような衝撃が全身を駆け抜けた。
「佐久間…!?」
弾かれたように近寄り、その細い手首を掴む。普段どんなことがあっても基本動じない筈の俺だが、今はただただ息を呑み、手は目に見えてガタガタと震えていた。その赤を見た瞬間、俺は悟ってしまった。
その症状は、長い年月の中で人間に紛れて生きてきたからこそ知っている。
── 肺結核。
この時代に特効薬なんて無い。一度その血を吐けば、肺は静かに蝕まれ、残されるのは…死を待つ時間だけ。
「え、…あ…。そのっ、大丈夫ですから!ちょっと、咳込み過ぎて喉が切れちゃったのかな…?本当に大丈夫です、照さん。だから、」
佐久間は震える手で必死に血を拭いながら、俺を安心させるように、引き攣った笑みを浮かべる。けれどその必死な強がりが、却って事態の重さを残酷なまでに証明していた。
「だから…そんな顔、しないでください…。」
鼻根に力を込めて狼狽する俺。その姿を見つめる彼の瞳の奥には、どこか自分自身の限界を静かに受け入れてしまったような、悲しい諦めが宿っていた。彼は自分が長く生きられないことをその身体で、本能で悟っている。その静かな諦観が、何よりも俺の心をズタズタに引き裂いた。
「ふざけんな…ッ!!」
俺は、喉を押し潰したような声を絞り出した。
「何で…何でお前なんだ…まだ、こんなに若ぇのに…!」
俺は、佐久間の手を強く握り締めた。幻獣である自分と、ただの人間である佐久間。いつか寿命の差で別れの日が来ることは、心のどこかで覚悟していた筈だった。
かつての母親のように髪が白くなり、皺が刻まれた老人になった彼を自分が最期に看取るのだと、漠然とそう思っていた。
「こんなこと、絶対に許さねぇ…っ!!」
だが、こんなにも早く、まだ若い姿のままで先立たれてしまうという最悪の現実に、俺の心は激しい拒絶の悲鳴をあげていた。それがどうしても悔しくて、…俺は静かに涙を流していた。
「照さん…。」
(どうして神は、俺の大切な人を…!)
咄嗟に分け与えた俺の魔力も、風邪薬も、眼前の愛しい人の命を蝕む病魔には傷一つ付けることすら叶わない。母を喪ったあの日と同じように、再び突きつけられた人間の命の圧倒的な脆弱さと、何もできない己への無力感に、俺はただただ絶望に打ちひしがれていた。
水瀬菜音
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#岩本照
絶対辰哉
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#BL
うさみみ
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コメント
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だっ───大天使様達を!! 大天使様達〜、出番ですよ〜💚💜🤍 頼む、来てくれぇい!! という気持ちです(´;ω;`)ブワッ