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「えー、プロレスリング・アルテミスリングの代表、竹下佳華です。本日はあたし達の旗揚げに、こんなにもたくさんのファンの方々に足を運んで頂き、とても嬉しく思っています」
一列に並ぶオレ達の一歩前に立ち、マイクを持つ佳華先輩のスピーチ。レスラー竹下佳華ではなく、団体代表竹下佳華としての言葉――
つーか、似合わねぇ~。ガサツな佳華先輩に『ですます』調は無理があ、いてっ!
真後ろに立っていたオレのスネに、佳華先輩のカカトが飛んで来た。ホントにエスパーじゃないのか、この人は……?
ちなみに、佳華先輩の後ろにオレとかぐやが居て、その両脇にはオレ達に肩を貸しながら立つ舞華と愛理沙。そして両端に木村さんと美幸が立っている……って、あれ?
「木村さん? 荒木さんはどうしたんですか?」
木村さんがいない事に気付き、舞華越しに木村さんへと尋ねるオレ。
「彼女でしたらトイレです。大きいほう」
「そ、そうですか……」
「はい。なんでもバンブーハンマーで頭を押されたら、トコロテン式にもよおして来たとか。ちなみに、二週間ほど音沙汰がなかったらしいので難産なのでしょう」
「は、はあ……それはそれは……」
何ともコメントに困る詳細な回答、ありがとうございます。
「と、社長竹下はここまでだ――」
ずっと『ですます』調でコメントをしていた佳華先輩が、大きく息を吸い込んだ。
そして――
「こっからは、あたしらしくいくぞーっ! ミンナーッ! 今日は楽しんでくれたかーーっ!?」
突然の態度を急変させる佳華先輩――
しかしファン達は、その佳華先輩の言葉に歓喜の声をあげた。
メインの試合が終わって三十分近く経つというのに、ファン達は誰一人帰った様子はない。試合さながらの盛り上がりを見せる観客席。そんな中で、佳華先輩のマイクパフォーマンスは続いて行く。
「今日はあたしの大切な仲間達が、あたしの予想以上のガンバリを見せてくれたっ! 山口舞華の華麗な空中殺法! 新鍋愛理沙の激しい打撃戦! バイソン絵梨奈と江畑美幸の豪快なブルファイト! 木村詩織の流れるような関節技! ファンのみんなには、最高の試合を披露する事が出来たと自負しているっ!」
『舞華ちゃん可愛いー!』『美幸のアネゴーッ! 一生付いて行くッス!』『愛理沙さまーっ! ボクも蹴って下さいーっ!』『L・O・V・E・ラブリィしおりんっ!』etc.etc……
ファン達から選手各人へと向けられる数々の声援と歓声が、格闘技の聖地たる幸楽園ホールを包み込む。そして、みんなもその声援に応えるよう、嬉しそうな笑顔を浮かべで手を振っていた。
「その中でもメインの試合――栗原かぐやと佐野優月の試合は、プロレス史に残る名勝負だったはずだっ!」
ますます高まる歓声と拍手の渦。そして、かぐやと優月――自分に向けられる声援に、背筋が震え胸が熱くなる。
初めて味わう感動に打ち震えるオレへ、かぐやがそっと顔を寄せてきた。
「やっぱり、いいもんでしょ?」
「ああっ」
「それでも……気は変わらないの?」
「ああ……」
オレはかぐやと目を合わせる事なく、短い言葉で返事を返した。
まったく未練がないと言えば、ウソになるかもしれない。それでもオレには、この瞬間――この一瞬の感動だけで十分だ。
オレの長い人生で、これだけの感動を味わえる事が何度あるだかろうか……? いや、これだけの感動を味わえる人間が、世界中にどれだけいるのだろうか?
正にこの一瞬で、オレの十数年に及ぶ努力が全て報われた気がしていた。
「さて、ここでファンのみんなに一つ発表したい事があるっ!」
発表したい事? なんだろう……そんな話は何も聞いてないぞ。
「このたび我がアルテミスリングでは、団体のチャンピオンベルトを新しく設立した! 名称は、|Wrestle Princess Of Giory《レッスル プリンセス オブ グローリー》! 『WPG』チャンピオンベルトだっ!!」
チャンピオンベルト? 副社長(仮)のオレに何の相談もなく、そんな面白そうな事をしていたのか?
まあ、とはいえこの一ヶ月間。オレは内勤に殆どノータッチだったからな。それも仕方ないか。
「まだ出来たばかりで何の価値も歴史もない、ちっぽけなベルトだ。でもこのベルトは、これから数多くの選手達の腰に巻かれ、歴史と権威を積み重ね、そして他団体のベルトに負けない価値のあるベルトになるとあたしは信じているっ! だからファンのみんなには、このベルトの成長と行く末をこれからも見届けて欲しいっ!!」
ここで一度セリフを区切り、ファンの反応を確認する佳華先輩。オレの見た限りファンの反応も上々で、みんな喜んでいるみたいだ。
佳華先輩も満足そうに大きく頷いてから、再びマイクを口元に運んだ。
「さて、このベルトを設立するに当たって、ファンのみんなに問いたい事がある! これはあくまでも暫定的な処置ではあるが――今日の試合で、まさにプロレス史に残る死闘を繰り広げ、あの元三冠王者である栗原かぐやを破った佐野優月を、このベルトの――WPGの初代チャンピオンに指名したいとあたしは考えているのだが、みんなの意見も聞かせて欲しいっ!」
へっ……?
「あたしの考えてに賛同してくれる者は、拍手をしてくれっ!」
えっ? え~と……あれ?
大きな拍手の渦と大歓声に包まれる幸楽園ホール。
しかし、その盛り上がりとは対象的に、佳華先輩の言葉の意味が咄嗟には理解できず、呆けるように固まるオレ……
「ありがとーっ! あたしのワガママに賛同してくれた事に感謝する! 絵梨奈ぁぁーっ!!」
「おうよっ!」
佳華先輩の呼び声に呼応して、花道から姿を現す荒木さん。その肩には、光輝く真新しいチャンピオンベルトが担がれていた。
荒木さんがそのベルトを掲げ歩き出すと同時に、観客席で巻き起る優月コール。圧倒されるようなそのコールに、ようやくオレの思考が回復した。