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はあー、と、紗奈は息をついた。
久方ぶりの、全速力、女童子と呼ばれるようになってから、こうまで走った事があっただろうか。
などと、思いつつ、改めて、大納言家の敷地の広さに、感じ入っていた。
「無駄に、広いというか、今まで気に止めていなかったけれど、一体、どれだけの広さなの!」
息を整えると、紗奈は再び走り出した。
女達の住み家、北の対屋《ついや》の裏側辺りまでは、来ている。
目指す、調理場《くりや》のある棟は、更に、奥。
「うーん、なんとか、半分位の所には、達しているのかしら?」
これだと、どうしても、タマの方が先に着いてしまう。
紗奈は焦れた。
あの犬のこと、調子に乗って、ペロッと、こちらの計画を喋ってしまいそうだ。とにかく、急がねば。
すると、その、タマが、先でちょこんと座っていた。
「え?!新《あらた》のところへ行ったんじゃ……タマ!」
「あー、上野様、遅いよー!」
「遅いって、タマ、お前なんで、ここに?」
「上野様をお待ちしておりました!どうせなら、一緒に行った方が良いと、ここで、待つように、言われて」
「……言われて?」
「あ、違った。言って、じゃないや、えーと……」
「タマ!お前、誰の差し金で、動いているのです!そもそも、お前は、なんなのよ!」
「タマは、犬、犬、犬ですよ、犬!!上野様!犬!!」
わん、わん、わん!と、タマは、犬らしく、紗奈へ、向かって吠えた。
「ひっ!!犬!犬!しっしっ!」
紗奈は、タマの勢いに、思わず後退った。
「えー!上野様、結局、タマが、嫌いなんですか?犬が、嫌いなんですか?どっちなんですか!」
「犬ですっ!」
ほんとかなぁ、信じられないなぁ、と、タマは、ぶつくさ言っている。
「ところで、タマ、誰が、いえ、何があったのです?」
「あっ、晴康《はるやす》様が、そうしろと」
は?
この犬は、何を行っているのだと、紗奈は思いつつ、ポトリと、タマから何かが、転がり落ちるのを見る。
ん?
「あーーー!!ちっち!!」
地面に、あの、人形が、落ちていた。
「タマ!これは、守恵子《もりえこ》様の、お気に入りだった、人形ですよっ!それを、お前は、どさくさに紛れて、自分の遊び道具にしようと、持ちだしたのですねっ!!」
「えっ、そうじゃなくって、それに、人形じゃなくてっ……」
「なんですか!犬のくせに、言い訳など、してっ!」
えっ、えっ、ひどいよー!上野様!と、タマは、今にも泣き出しそうな顔をした。
「とりあえず、この、ちっちは、預かります!」
紗奈は、転がっている人形を拾い上げると、懐にしまった。
「まっ、いいわ、さあ、行きましょう。って、言っても、なんだか、気が遠くなるなぁ。この、広さだもの」
──いっそ、叫んでみたら?
どこからか、声、がした。
「……タマ?……じゃないわ、いったい……誰?」
「あー!叫んで呼ぶのがいいと思いますっ!!だって、また、戻らなきゃいけないんですよっ!上野様!」
「あー!そうだわね、体力残して、おかなきゃ!ここからなら、聞こえるわよね!」
紗奈は、聞こえた声に、気を止める訳でもなく、いいかも!と、乗る気になった。
「じゃ、行くわよ!」
新ーーーー!!!
わおーーーん!!!
紗奈と、タマは、声を張り上げた。
先で、何かが、動く気配がした。
「お?なんでぇ、お前ら」
新が、不思議そうな顔をして、外に出て来た。
「まったく、何、吠えてんだ。仮にも、御屋敷だろ」
「そうなんだけど、ちょっと、急ぎの、用があって!手伝ってもらいたくて!」
紗奈の胸では、鼓動が高鳴っていた。
まさか、新が、あっさり表へ出て来るとは、思わなかったからだ。
そして、これから始まるのだと、新に、バレてはならないのだと、思いつつ、紗奈は、慎重に、口火を切った。