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コメント
1件
読ませていただきました……第27話、とても重くて美しい回でした。置き去りにされる兵士たちの諦念と、それを受け入れながらも涙をこぼすライナー王の姿が、胸に刺さりました。お守りを託すシーンと「必ず仇を討つ」という誓いの対比が、王の孤独と決意を強く印象づけます。アグリやチェルシーの異変に気づく視点も伏線として気になり、続きが待ち遠しいです。素晴らしいエピソードをありがとうございます🌷
「……ここに、置いていってください」
横たわった兵が、かすれた声で言った。
腹部から流れ続ける血は止まらない。
その顔は土と血にまみれ、すでに死を受け入れたような静かな表情を浮かべていた。
「馬鹿な!」
ライナーは兵の肩を抱き起こした。
「置いていけるわけがない!」
震える声が森に響く。
兵は力なく首を横に振った。
「これ以上……皆の足を引っ張りたくありません。」
その言葉に、ライナーの胸が締めつけられた。
彼らはガラリアを守るために戦った。
ジュリアスが征服し、
法と秩序を築いたこの地を守るために剣を取った兵たちだった。
それなのに――。
彼らを追い立て、命を奪おうとしているのは、ほかならぬガラリアの民。
ライナーの双眸から、とめどなく涙があふれ落ちた。
(私は……何を守ってきたのだ。)
信じてきたものが音を立てて崩れていく。
その時だった。
「ぐっ……!」
一人の負傷兵が苦しげにうめくと、腰の剣を静かに引き抜いた。
「やめろ!」
ライナーが駆け寄ろうとした、その瞬間。
兵はためらうことなく、自らの胸へ剣を突き立てた。
鈍い音が響き、身体が力なく地面へ崩れ落ちる。
誰も声を上げられなかった。
静寂だけが森を包む。
ドルトスはその亡骸を一瞥すると、静かに口を開いた。
「……負傷兵は、ここへ置いていきます。」
その声には感情がなかった。
「ドルトス!」
ライナーが叫ぶ。
だがドルトスは王を真っ直ぐ見つめ返した。
「王よ。このまま全員を運べば、生き残れる者まで死にます。」
「しかし……!」
「ここで立ち止まれば、追っ手に追いつかれます。」
一瞬の沈黙。
風だけが木々を揺らしていた。
ライナーは唇を噛み締めた。
王として命じるべきか。
一人の人間として拒むべきか。
その答えは、あまりにも残酷だった。
「王よ……お行きください。」
一人の兵が微笑んだ。
その笑みは穏やかで、不思議なほど恐れがなかった。
「どうか、生き延びてください。」
隣の兵も震える手を胸元へ伸ばす。
革紐で首から下げていた、小さなお守りだった。
「妻が……出征の日に持たせてくれました。」
血で汚れたそのお守りを、兵はライナーへ差し出す。
「どうか、お持ちください。」
「神の……ご加護がありますように。」
ライナーは震える手でそれを受け取った。
温もりは、まだ残っていた。
その瞬間、堪えていた涙があふれ出す。
頬を伝う雫を、もう拭おうともしなかった。
王としてではない。
一人の人間として泣いていた。
「愚かなる儂を……許してくれ。」
声は震え、言葉は何度も途切れた。
「儂は、お前たちを守ることすらできなかった。」
兵たちは静かに首を横へ振る。
誰一人として王を責める者はいない。
だからこそ、その優しさがライナーの胸を深くえぐった。
ライナーはお守りを強く握り締める。
「必ず生きる。」
「そして――必ず、お前たちの仇を討つ。」
兵たちは黙ってうなずいた。
ライナーは最後に一度だけ振り返る。
そこには、死を待ちながらも王へ敬礼を送る兵たちの姿があった。
ライナーは唇を噛み締めると、前を向いた。
二度と振り返ることはなかった。
「どうかしたのですか。」
副官コロンボが、不思議そうにアグリへ尋ねた。
アグリは地図から目を離さない。
その視線は、敵軍の配置を何度もなぞっていた。
「……この配置なんだが。」
低い声で呟く。
「奇妙だ。」
「奇妙、と申しますと?」
「王を守るようには見えん。」
アグリは一点を指差した。
「むしろ――。」
しばらく考え込んだ末、静かに言葉を続ける。
「王を孤立させるための配置に見える。」
コロンボは眉をひそめた。
「考えすぎではありませんか。」
「ガラリア全土を掃討するには兵が足りません。」
「各地へ兵を分散させた結果とも考えられます。」
「……いや。」
アグリは首を横へ振った。
歴戦の勘が警鐘を鳴らしていた。
敵の布陣には、どこか人為的な不自然さがある。
まるで王が逃げる道だけを残し、その先へ誘い込もうとしているかのようだった。
「コロンボ。」
「はっ。」
「騎兵五百を率いて、トルトブルグへ向かえ。」
コロンボは目を見開く。
「本気ですか?」
「本気だ。」
アグリは地図を畳むと、静かに立ち上がった。
「……杞憂で終われば、それでいい。」
「だが、もし私の勘が当たっているなら――。」
その先の言葉は口にしなかった。
コロンボもまた、それ以上は何も聞かなかった。
ただ一礼すると、五百騎を率いるため天幕を飛び出していった。
「申し上げます!」
伝令が馬から飛び降りるようにして駆け込んできた。
「我が軍後方部隊が襲撃を受けました!」
チェルシーは報告を聞くと、ゆっくりと目を細めた。
「後方が……?」
掃討戦の最中に後方を狙う。
それ自体は珍しいことではない。
だが、このタイミングはあまりにも出来すぎていた。
(情報が漏れている……?)
敵は、まるでこちらの兵の配置を知っているかのように動いている。
偶然とは思えなかった。
チェルシーは地図へ視線を落とす。
そして、迷いなく命じた。
「全軍をまとめろ。」
「掃討戦は中止だ。」
周囲の将校たちが顔を見合わせる。
「王の後を追う。」
「はっ!」
命令は瞬く間に各隊へ伝えられた。
チェルシーは馬へまたがり、遠く王が去った方角を見つめる。
胸の奥で、嫌な予感が膨らみ続けていた。
(王よ、どうかご無事で。)
そう呟くと、彼は手綱を強く握った。
「出陣!」
号令とともに軍勢は進路を変え、王を追って駆け出した。