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いきなり暴れ始めたパフィ達を、街の人々が遠巻きにして眺めている。人通りの少なめな通りにいるが、夕方前なので普通に通行人は何人もいる。
国民という事もあって、王女ネフテリアの顔を知っている者が多数いるにも関わらず、だれも近くにいる兵士にそれを言う事はしない。というのも、野次馬達を近づかないよう食い止めているのが兵士達だからである。
さらに先日の王妃の件も既に周知されている事もあり、驚く人々の半数程の顔には、呆れの色が混じっていた。
「今日はテリアを城に連行するのよ。大人しくお縄につくのよ」
「でしょうね。でもそんな事したら、ミューゼが悲し──」
「悲しまないんで、とっとと帰ってください」
「冷たい! もっとこう、顔を赤くして顔を背けるとかいう可愛い反応とか無いの!?」
「あ・り・ま・せんっ!」
この時野次馬達は、一体何を見せられているんだろうと思っていた。いろんな意味で。
そんなやり取りをしていると、店を閉めたクリムが追いかけてきた。
「お待たせだし、集計は後でやるし」
「うん、アリエッタをお願い。アリエッタ、クリムと一緒にいてねー」
「くりむ、いっしょ?」(またてりあと勝負するのかな? こんなところで?)
いきなりの事で状況がよく分からないアリエッタは、とりあえず言う事をきいて大人しくしているしかない。まぁ安全を考えたクリムが抱っこするので、強制的に動けなくなるのだが。
最後にアリエッタの頭を撫でて、パフィの近くへと出てきたミューゼ。警戒するネフテリアを一瞥した後、杖を地面に突き立てた。
「【縛蔦網】!」
地面に触れた杖の先端付近から、極細の植物の茎が、無数に広がる。
「なんかヤバそうね……【飛魔刃】」
ネフテリアは一瞬燃やそうかと思ったが、燃えたまま振り回されたら危険だと考え直し、魔力の刃を放つ。しかし少しだけ斬れるも、ほとんど効果が無い。そしてその行動は、パフィにとって十分過ぎる隙となった。
べちょっ
「んにゃい!?」
パフィの手から伸びた白い塊が、ネフテリアの腕にくっついた。白いモノの接近に気付いたネフテリアが腕でガードしたのだが、それは悪手でもあった。
捕らえられてしまったその感触と匂いから、ネフテリアはそれが何かを、ついに察する。
「ナニコレ餅!? まさか!」
「正解なのよ。さっき粘りを調整していたのよ」
先程クリムの手伝いをしながら、キッチンの方で餅を作っていた。しかも水を調整して粘り気と伸縮性を徹底的に上げてある。完全に水を弾くわけではないが、それでも小麦粉生地程の吸水性は無い。さらに濡れて脆くなった場合、粘液のようにくっついて残るという、嫌がらせとしか思えないような物になっているのだった。
「うわサイアクっ! ホントだ取れない! ちょっとパフィ!?」
「ふっふっふ、お城でメイドさんに怒られるがいいのよ! でも新作の服を汚すのは気が引けるのよ。さっさと諦めて帰れなのよ」
「ぐぬぬ……」
被害が増えないように、腕にくっついている餅を魔力の刃で斬り、ひとまず自由になる。しかし左腕は下手に動かせない状態になってしまった。
それだけではない。足元では細い茎が蠢いている。しかし、いつかの蔓のように襲い掛かってくる気配がなく、それで逆にどうしたらいいのか判断に困る事になっていた。
(普段だったら、パフィのすぐ後にミューゼが何か仕掛けてくると思うんだけど、何かを狙っているの?)
ミューゼを見るが、動く気配は無い。ただ地面に蔦を広げているだけである。ネフテリアは冷静に見極めたかったが、パフィがそうはさせじと動きだす。
「てやっ!」
「わわわっ、そんなの投げつけないでってば!」
ネフテリアは伸びてきた餅を避け、咄嗟に魔力の刃で斬り落とした。しかし足元の蔦に足を引っかけ、盛大に転んでしまう。
『おおっ!』
その瞬間、ギャラリーから歓声が上がった。
「見えたか?」
「いや、ギリ見えなかった」
「くそっ、スカートに何か仕込んでやがるな?」
「なんて卑怯な!」
野次の意味が分かったネフテリアは、顔を真っ赤にしてスカートを押さえた。少しフンワリと広げる為に、柔らかめのパニエを仕込んであったのが幸いしたようだ。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
ミューゼに蔦を引っ込めてもらおうと、慌てて抗議しようとした。
「ミューゼ! これ!」
「もっと恥ずかしい目にあいたくなければ、動かない事ですね!」
「次は餅をスカートに向けて飛ばせばいいのよ?」
「悪魔かあんたらわあああ!!」
得られたのは女としての共感ではなく、自分の不幸を利用しようとするゲスな言い分だけだった。
周囲の男達からは歓喜の声が上がる。
(どうしよう! 動いたら転ぶ、動かなかったら餅がくっつく……割と詰んでる!?)
ミューゼの家に残る為に、状況を打破できる方法を考えるも、いい手が思いつかない。空に跳び上がる方法もあるが、それだと動く方法が分かりやすくパフィに捉えられてしまうのと、男達に下から見られてしまうという恐るべき弱点がある為、あまり使いたくはないようだ。
悩んでいる間にも、パフィは容赦なく餅を伸ばしてくる。
「キャー! イヤー! やめてパフィー!」
立ち上がれないままなんとか魔法で餅を弾く。ネフテリアにとって状況は悪化する一方である。
それに敵はパフィだけではない。
ぺちょり
「へ?」
右腕に何かが張り付いた感触。そして引っ張られる感覚。
「え……やだぁ……」
それを見た瞬間、ネフテリアは涙目になった。
ミューゼの隣で見ていたオスルェンシスが、ネフテリアを捕らえるのを見て感心している。命令で手は出せないので、観戦を楽しんでいるようだ。
「なるほど、さっき斬り落とされた餅を。それで蔦を敷き詰めてたんですね」
「ふふーん」(アレは偶然だけど、まぁそういう事にしとこ)
本来の狙いとは違うが、強者を捕らえる為ならば、使えるものは使う。本来正面からやり合えば、ミューゼがネフテリアに勝てる要素はかなり少ないのである。いくらヨークスフィルンでよく分からない覚醒をしたとはいえ、経験や戦術はまだまだ半人前の新人なのだ。
「うぅ……まだよ……まだわたくしは!」
「いーえ、終わりなのよ」
「え……!?」
左腕を動かそうとしたところで、ネフテリアの目が驚愕で見開かれた。餅がくっついてはいるが、捕まえられているわけではない左腕が、全く動かない。
「な……これって……糸?」
「すみません、王女様」
突然謝罪したのは、ミューゼの隣にいたルイルイ。さらにその後ろでは、ノエラが無言でペコペコとひたすら頭を下げている。
今回ミューゼが地面に蔦を広げたのは、実はパフィをサポートするのが目的ではなかった。もちろんネフテリアを動きにくくする事も考慮してはいたが、実際はルイルイとの連携の為だったのだ。
地面に細い茎…蔦を大量に這わせ、その中をルイルイが操る糸を進ませていく。そしてミューゼの合図でネフテリアを縛っていくという作戦。
ルイルイは戦闘経験皆無な一般人なので、ミューゼのいう通りにネフテリアを見つめながらコッソリと糸を進めていたのだ。状況が状況なだけに、ネフテリアからは観戦されているようにしか見えなかったのである。
そんな2人を見て、ネフテリアは納得した。そして諦めた。
「ここまでか……大量の茎の中に、糸を操って紛れ込ませてくるなんてね。だけど覚えておいてね。わたくしはムグッ!?」
「はいはい、お話はまた今度聞きますから。今日の所はおかえりください」
「むぐーっ! むぐーっ!?」(言っておきたい事色々あるんですけど!? ちょっとミューゼ!? 帰る前に大事なお話がああああ!!)
捕らえる事が出来てからは、ミューゼの独壇場になった。蔦より太い蔓を出して口を封じ、葉で目隠しをしていく。これで周囲の状況が分からず、下手に魔法を使うわけにはいかなくなった。そのまま体も蔓で縛っていく。
この時、野次馬達からゴクリと生唾を飲みこむ音が聞こえたが、ミューゼ達は敢えてそれを無視した。
「それじゃあシスさん、コレどうぞ」
「んむ!?」(わたくしの扱いがモノになってる! お願いミューゼわたくしを捨てないでええぇぇ!)
「コレ……あ、いえ、ありがとうございます。ここまで徹底的なら、逃げられる事もないので、安心して転移出来ますね」
オスルェンシスがエインデルブルグにいる時に比べ、強制手段に出れなかったのは、間に転移を挟むからである。一度影から出なくてはいけないので、その時にほぼ確実に逃げられてしまうのだ。
その懸念も無くなり、縛られた王女を影に放り込み、何かおかしな対策を立てられる前にと、急いで城に戻る事にした。
「ではこれにて!」
「はーい、お気をつけてー」
「またねー」
ミューゼが手を振ると、その行動でお別れを察したアリエッタが真似をして手を振った。
その行動にオスルェンシスはちょっと嬉しくなって、アリエッタに手を振り返し、周りの兵士達と共に去っていくのだった。
「はー終わったのよ終わったのよ。帰るのよー」
「使ってない餅あるし? 今夜はそれで何か作るし」
「わ、楽しみー。ノエラさんとルイルイさんも一緒にどうです?」
「お邪魔でなければ」
こうして、久しぶりに王族のいない日常を手に入れたミューゼ達。最近は気にする事も無くなっていたが、やはり最低限の緊張は残るようで、全員大いに解放感を味わっていた。特にノエラの笑顔が眩しかったので、そこをクリムが揶揄うというやりとりもあった。
もちろん今日着て歩いた新作の服の話も始まる。一通り感想を述べた後、着たくてソワソワしていたクリムが何着か選び、その中でも特に気にいった服を最後に着てお披露目した。
「どう? 似合うし?」
(う~、なんでみんな目の前で着替えるのさ……いや女同士だからなんだろうけど!)
「素晴らしいですわ! クリム店長もスタイル抜群ですわね」
「だいたい王女様と同じサイズなので、すぐに手直しできました」
クリムが纏っている衣装は、紫色がベースとなっている。
薄紫のインナーシャツには濃い紫のボタンがあり、裏地が濃い紫になっている黒のジャケットを羽織っている。
下半身はプリーツスカートとなっており、ベルト替わりのリボンの下は濃い紫のスカートに見えて、実は織り込んだ中が薄い紫となっている縦ストライプ。さらに白と濃い紫のストライプ柄ニーハイソックスと黒いブーツを履いている。
浮かんでいる髪の毛には鈴とリボンを装飾、頭には紫の三角巾…に見えるネコミミ帽子を被っていた。
「わぁ~!」(くりむ可愛い!)
「いいねいいねー」
「今日の事を考えると、お昼の食堂が凄い事になりそうなのよ」
「料理の邪魔にもならないし、これ気にいったし!」
クリムがこれで店に出ると言うと、ノエラは大喜び。というのも、新作を着せた中では、必ず人の前に出る仕事をしているので、宣伝役としては最高の人材なのだ。
替えの服も作る事を約束し、ぜひ明日から全員新作を着て外出してほしいと頼むフラウリージェの2人。今後アリエッタデザインの服は、ミューゼの家に溢れる事になりそうである。
後日、完成品を持ってクラウンスターに出掛けたノエラは、普段の20倍以上の値段を付けられ困惑する。しかし、宣伝がてらにクラウンスター店頭に飾った数着の服が、30倍の値段でもあっさり売れてしまい、さらに困惑する事となる。これにはフレアとセレジュも苦笑い。
こうしてフラウリージェは、超高級服飾店として大き過ぎて困る1歩を踏み出すのだった。