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#ハッピーエンド
Tubling
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私は壁を背に立ち、カイゼルが戻ってくるのを待っていた。
私の傍を離れる前に、彼が鋭い眼光を周りに放っていったおかげか、私に近づこうとする男性の姿はなく、非常に平和だった。ひとまず喉を潤した後は、王太子妃殿下にこの姿をお目に掛け、それからカイゼルを引っ張ってでも帰ることにしようと、心の中で予定を立てる。
「それにしても、カイゼルはまだかしら」
飲み物を取りに行くと言ってから、まだ戻ってきていない。
いったい何を手間取っているのだろうと不思議に思い、人の壁を透かすように首を伸ばして、私はカイゼルがいると思われる辺りに視線を飛ばした。
彼は一人の老紳士と話していた。私の記憶にはない人物だが、久しぶりの再会でもあるのか、カイゼルの頬の線が柔らかい。
そこに数人の男性が近づいて行ったかと思うと、二人を取り囲んで談笑し始めた。
私はため息をついた。
「あの分だと、カイゼルが戻ってくるまで、もう少し時間がかかりそうね」
自分で取りに行ってもいいのだが、下手にこの場を動かない方がいいだろう。あの輪から解放されたカイゼルが飲み物を手にしながら、私を探すことになるのは少し可哀そうだ。早く帰りたいには帰りたいが、そこまで急がなければならないものでもないし、と小さくため息をついた時だ。
「今宵のドレス姿のレジーナ様の、なんと光り輝いて見えることか!」
突然、歯の浮くような台詞が間近で聞こえてハッとした。
振り向いたそこに、にやついた顔をして立っていたのは、アリアンジュ子爵家嫡男のキール殿だった。社交界でも浮ついているとの悪評高い人物だ。
職務中であれば絶対にあり得ない不覚だった。カイゼルたちの方に気を取られていたせいで、すぐ近くに人が立ったことに気づくのが遅れてしまったのだ。自分に対する苛立ちと、アリアンジュ卿に対する不快感を面には一切出さずに、私は優雅な微笑みを相手に向ける。
「アリアンジュ卿、ごきげんよう」
「ご機嫌麗しゅう、レジーナ様。はて、オルブライト卿は今どちらにいらっしゃるのです? 目が眩みそうになるほどにお美しいレジーナ様を、このようにお一人にするとは、信じられません!」
アリアンジュ卿はわざとらしく表情を歪め、暗にカイゼルを非難してみせた。
カイゼルの牽制が利かなかったのか。あるいは牽制など気にも留めないほど図々しいのか。私は呆れながらも、微笑みはそのままに彼に言葉を返す。
「カイゼル様は今、所用で少々離れているだけですわ。すぐに戻って参ります」
「そうなのですか?」
アリアンジュ卿は不服そうに眉をひそめた。
そのまま諦めて去っていくかと思ったが、違った。
「それでは、せめてその間だけでも、私にレジーナ様の隣に立つ権利をお与えください。せっかくの機会ですから、この後の一曲、私と踊っていただけませんか? きっとオルブライト卿よりも私の方が、レジーナ様のエスコート役を完璧に務めることができると思いますし」
「いえ、今宵私のパートナーはカイゼル様ですので……」
「そう仰らずに一曲だけ――」
「まぁ、アリアンジュ様!こちらにいらっしゃったのですね!」
そこに割って入ってきたのは、まだ少女と言った方がしっくりくる可憐な女性だった。
一体どなただろうと首を傾げる私の前で、銀髪の美しい令嬢はアリアンジュ卿に向かって拗ねた口調で言う。
「先ほど私にお声をかけてくださったのに、もう他の方をお誘いに?」
アリアンジュ卿は気まずそうな顔で、じりっと後ずさった。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「ではどういうわけなのです?」
令嬢は拗ねたように唇を突き出しながら、さらに追求する。
「えぇと、その、ただレジーナ様がお一人でお寂しそうにされていたので、ちょっとお声をかけただけでして……」
令嬢はぱあっと華やかな笑顔となった。
「そうでしたの。そうですわよね。まさか、あのオルブライト卿のパートナーとして今宵の夜会に参加されたレジーナ様に言い寄るだなんて、そんな厚かましい真似をなさるはずがありませんわよね。あら、オルブライト卿がこちらをご覧になっていますわ」
「え、あ、そ、そうですか。ええと、いっときの暇つぶしになりましたのなら幸いです。それでは、お二人とも素敵な夜をお過ごしください!」
アリアンジュ卿は慌ただしい様子で一礼すると、そそくさと人の流れの中に消えて行った。
「レジーナ様、大丈夫でいらっしゃいましたか?差し出がましい真似をお許しください。困っていらっしゃるように見えたものですから……」
私は笑みを浮かべて令嬢に向き直る。
「どのようにお断りすれば困っておりましたので、大変助かりました。ありがとうございました。ところで失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「はい、もちろん!私は、フェルゼン伯爵が娘、セシリアと申します。オルブライト卿、いえ、カイゼル様の従妹ですわ」
「カイゼル様の、従妹……」
「はい。以後、ぜひとも御見知りおきを」
セシリア嬢は銀髪を揺らして小首を傾げ、ふふっと笑った。
「このように直接お目にかかるのは初めてですが、私の方は、レジーナ様を存じ上げておりました。とはいえ、騎士姿の時の、という意味ですが」
「そうでしたか。私の方は社交界のことに疎くて……。申し訳ありません」
「お気になさらず」
セシリア嬢は軽やかに笑い、それから含みのある眼差しを私に向けた。
「ところで、先ほどのお二人のダンス、とても素敵でしたわ」
「ご覧になっていたのですか?お恥ずかしい限りです」
「カイゼル兄様って、とっても上手でしょう?ですから、お休みでお屋敷に戻られる度に、私、カイゼル兄様にダンスの練習に付き合ってもらっていたのですよ。せっかくの休みなのにと不満を口にしながらも、結局はいつも私のお願いをきいてくれて。カイゼル兄様って、昔から私に甘いんです」
「そうなのですね」
二人が親しい親戚関係にあると分かっていても、セシリア嬢がカイゼルの名を甘ったるく口にする度に、心の中にもやもやとしたものが広がった。こんなにも可愛らしい従妹姫と手と手を取り合い、至近距離で笑い合いながら踊りを練習するカイゼルを想像したら、胸がちりちりとひりついた。
「それにしても、カイゼル兄様は今宵もお仕事なのかと思っていましたのに、まさかご自身が参加されるなんて!こんなことなら、カイゼル兄様にエスコートをお願いするんでしたわ。次の夜会の時には私をって、言ってみようかしら」
セシリア嬢の言葉に、胸がずきりと痛んだのはどうしたことか。カイゼルがあの正装姿で他の令嬢の隣に立つ姿は見たくないと思った自分に、私は動揺する。
「レジーナ様、どうされました?」
「い、いいえ、なんでも」
強張りそうになった顔をごまかすために、私は淑女の笑みを面に貼り付けた。