テラーノベル
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手がおわる…
夕方の準備室。
窓の外は、もうオレンジ色に傾いている。
おらふくんは、机に頬杖をついて、静かに外を見ていた。
さっき話した過去のことが、まだ空気に残っている。
おんりーは、それを感じながら、胸の奥で言葉を選んでいた。
――思い出させたくない。
――でも、無かったことにも、したくない。
その間に、立っていた。
「……なあ」
おんりーが、低く呼ぶ。
「……俺さ」
一拍。
「……覚えてないんだ」
おらふくんが、ゆっくり振り向く。
「……昔のこと」
正直な声。
「……幼なじみだったって、言われても」
「……映像みたいな記憶は、ない」
でも、と続ける。
「……でも」
胸に手を当てる。
「……お前がつらそうな顔するとき」
「……“初めてじゃない”って、思う」
不思議そうに見られて、少し照れたように笑う。
「……変な言い方だけど」
「……守りたいって感覚だけは、ずっとある」
おらふくんは、何も言わない。
ただ、聞いている。
「……だからさ」
おんりーは、言葉を置くように続ける。
「……無理に、思い出さなくていい」
「……過去、掘り返さなくていい」
視線が、やさしくなる。
「……誰かに言われた言葉で」
「……また、昔に引き戻されるなら」
「……俺は、そこから引き離す」
強い声じゃない。
でも、迷いがない。
「……今の時間を」
「……今の選択を」
「……ちゃんと、今として扱いたい」
少し間があって。
おらふくんが、ぽつりと聞く。
「……もし」
「……思い出したら?」
おんりーは、すぐ答えた。
「……そのときは」
一拍。
「……一緒に考える」
「……一人で、思い出させない」
それは約束だった。
風が、カーテンを揺らす。
おんりーは、心の中で思う。
――俺は、過去を取り戻したいわけじゃない。
――“今のお前”と、ちゃんと並びたいだけだ。
口に出さず、でも確かに。
「……悲しさが、なくなるまで」
そう言って、視線を合わせる。
「……思い出さない努力も、
ちゃんと“前向き”だと思う」
おらふくんは、少し驚いたあと、笑った。
「……うん」
「……それ、助かる」
その一言で、十分だった。
帰り道。
並んで歩く影が、二つ。
過去は、後ろにある。
でも。
おんりーは、振り返らなかった。
思い出させないこと。
急がせないこと。
今を、守ること。
それが、
おんりーの本音だった。
放課後の図書室。
人は少なく、空調の音だけが一定に流れている。
おらふくんは、参考書を開いたまま、ページをめくっていなかった。
おんりーは向かいの席で、ノートに何かを書いている。
その距離が、
近すぎることに――
周囲は、もう気づき始めていた。
「最近さ」
隣の席の生徒が、小声で言う。
「……あの二人、ずっと一緒じゃね?」
「前からあんなだっけ?」
視線が、さりげなく集まる。
ひそひそ声。
探るような空気。
おらふくんの肩が、わずかにこわばる。
それに、
おんりーが気づいた。
ノートを閉じて、自然に体を寄せる。
「……静かだな、ここ」
わざとらしくない声。
逃がすための、日常会話。
おらふくんは、少しだけ息を吐いた。
その帰り道。
校門を出て、並んで歩く。
「……見られてたな」
おんりーが言う。
「……うん」
「……嫌?」
少しだけ、間。
「……怖い」
正直な答え。
「……でも」
おらふくんは、足を止めずに続ける。
「……隠すより、今の方がいい」
その言葉に、
おんりーは一瞬、黙った。
そして、ゆっくり口を開く。
「……俺が」
「……覚えてない理由さ」
唐突だけど、
今しか言えない気がした。
夕焼けの中。
「……昔」
「……お前が、いなくなった時期」
記憶の輪郭が、曖昧になる。
「……俺、結構探したらしい」
“らしい”という言い方。
「……家の人にも、先生にも」
「……でも、誰も、はっきりしたこと言わなくて」
歩道の白線を踏みながら、続ける。
「……ある日さ」
「……急に」
一拍。
「……考えなくなった」
おらふくんが、驚いて見る。
「……忘れた、っていうより」
「……思い出さない選択を、した感じ」
声は、静か。
「……覚えてると」
「……待ち続けることになるから」
「……戻ってこないかもしれない人を」
正直すぎる言葉。
「……だから」
「……心が、自分で閉じた」
おらふくんは、立ち止まった。
「……じゃあ」
「……俺のこと」
おんりーは、すぐ答えた。
「……嫌いになったことはない」
「……ただ」
「……箱に入れた」
「……触ると、壊れそうだったから」
沈黙。
でも、重くはなかった。
「……今は」
おんりーは、視線を合わせる。
「……箱、開いてる」
「……お前が、目の前にいるから」
翌日。
教室。
席替え後でもないのに、
二人は自然と近い席にいる。
誰かが、言う。
「……付き合ってんの?」
笑い混じり。
でも、探る目。
空気が、張りつめる。
おらふくんの喉が、詰まる。
その前に。
「……違う」
おんりーが、はっきり言った。
でも、続ける。
「……大事な人」
教室が、静まる。
それ以上、説明しない。
否定もしない。
それだけで、十分だった。
昼。
裏じゃなく、
今日は、普通の教室。
視線はまだある。
噂も、きっと出る。
でも。
おらふくんは、弁当を開きながら、ぽつりと言う。
「……思い出さなくて、よかった?」
おんりーは、少し考えてから答えた。
「……後悔は、してない」
「……でも」
「……今、思い出さなくていい理由は」
視線を合わせて。
「……今が、あるから」
おらふくんは、小さく笑った。
「……それなら」
「……忘れてた時間も、意味あるね」
放課後。
二人並んで、昇降口。
周囲は、もう分かっている。
何かを言われるかもしれない。
距離を測られるかもしれない。
でも。
隠してない関係は、
思っていたより、息がしやすかった。
おんりーが言う。
「……悲しさがなくなるまで」
「……覚えてない部分は」
「……今で埋めよう」
おらふくんは、うなずく。
「……うん」
「……今を、増やそう」
夕暮れの中、
二人の影は、重なって伸びていた。
過去は、欠けている。
でも。
ここから、謎な言葉が連発します by主
最初は、ただの噂だった。
「一緒にいすぎじゃね?」
「距離近くね?」
そんな声が、教室の端で生まれて、
昼休みを越えて、放課後まで残るようになった。
でも、ある日から、言葉が変わった。
「BLじゃん」
「そういう関係なんでしょ?」
笑いながら。
面白がるみたいに。
おらふくんは、その言葉の意味が、よく分からなかった。
「……BL?」
放課後、廊下で聞き返す。
おんりーの表情が、一瞬、硬くなる。
「……誰に言われた」
「……後ろで」
悪気はない。
本当に、知らないだけ。
「……なんか、俺らのこと、そう呼んでた」
その瞬間、
おんりーの中で、何かが切り替わった。
翌日。
教室。
席に着く前に、
誰かが、わざと大きな声で言う。
「なあ、BLカップル〜」
笑い声。
おらふくんの足が、止まる。
分からない言葉。
でも、向けられている“悪意”だけは、分かる。
視線が集まる。
空気が、歪む。
そのとき。
「……やめろ」
低くて、はっきりした声。
おんりーだった。
教室が、静まる。
「冗談じゃん」
誰かが言う。
「面白くねえよ」
一歩、前に出る。
「それ」
指さす。
「人をからかう言葉じゃない」
「BLって何?」
おらふくんが、ぽつりと聞いた。
本当に、分からなくて。
その問いが、
場の空気を、さらに凍らせた。
おんりーは、振り返って、静かに答える。
「……男同士の恋愛を、
勝手にラベル貼って、
笑いものにする言い方だ」
そして、前を向く。
「少なくとも」
声が、強くなる。
「お前らが使う言葉じゃない」
「別に事実じゃん?」
誰かが言った、その瞬間。
おんりーの目が、完全に変わった。
「……事実?」
机を、軽く叩く音。
「誰が、誰の気持ちを、
勝手に決めていいんだ」
教室の空気が、張りつめる。
「知らないなら、黙れ」
「分かってないなら、使うな」
「それ以上言うなら――」
一拍。
「俺が、先生呼ぶ」
脅しじゃない。
宣言だった。
担任が入ってくる。
事情を聞かれ、
言葉が、記録される。
「BLという表現でのからかい」
「特定の生徒への継続的な発言」
問題として、扱われた。
誰かが、舌打ちする。
誰かが、目を逸らす。
もう、“冗談”では済まなかった。
放課後。
準備室。
おらふくんは、少し不安そうに言う。
「……怒らせた?」
おんりーは、即答する。
「違う」
目を見て。
「……守った」
一拍。
「……分からない言葉で、
傷つけられるの、許せなかった」
おらふくんは、しばらく黙ってから言う。
「……俺」
「……そういう意味とか、分かんない」
「……でも」
胸に手を当てる。
「……一緒にいるの、嫌じゃない」
おんりーの表情が、やわらぐ。
「……それで、十分」
帰り道。
噂は、完全には消えていない。
でも。
踏み込んではいけない線が、引かれた。
おんりーは、心の中で思う。
――怒るのは、得意じゃない。
――でも、守るためなら、別だ。
横で歩く、おらふくんを見る。
――悲しさがなくなるまで。
――意味を知らなくていい。
――傷つかなくていい。
声に出さず、
でも、確かに誓った。
これ三話分かもしれんごめん
コメント
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だいじなひとはよすぎるって…
お疲れ様