テラーノベル
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更衣室で衣服を脱ぎ浴室の扉を開けると白みがかった靄が晴れ、広い浴室が現れる。場末の銭湯とは異なり、壁に富士山の絵もなければケロリンも置かれていない。その代わりに壁は明度の低い落ち着いた色のタイルで作られており、桶はすべて木桶だ。
入り口から向かって右側には沢山のシャワーが設置されており、左側には白濁した人工温泉や、ジェットバス、……、様々な温泉が見える。普段よりも人が多いような気がするが、コミケ帰りに同じことを考える人が多いのか――。それとも大晦日に、一年の疲れを洗い流そうと考えている人が多いのか――。
俺はシャワーで全身の汗を流した後、頭と体――全身を一気に洗い、再びシャワーを浴びて泡を落とした。そして様々な温泉を尻目に、奥にある大きな擦りガラスの扉を開ける。
扉の奥は人工温泉の露天風呂と、俺のお気に入りである高濃度炭酸泉がある。俺はお湯を波立てないように、つま先からゆっくりと入る。炭酸泉はその名の通りお湯に炭酸ガスが含まれている。炭酸ガスが皮膚を覆うことで、皮膚からガスが吸収され血行が良くなるらしい。お湯を波立てると先客たちの炭酸ガスが皮膚から離れてしまうため、迷惑にならないようにゆっくりと入らなければならないのだ。
俺は肩までつかると、全身の力を抜いてゆったりとする。23区内で露天風呂を味わうことができる施設なんて多くはない。しかも、身体の芯まで温めてくれる温泉付きと考えると更に少ないだろう。銭湯にしては強気の値段設定だが、コストパフォーマンスで考えるとかなり良い方だろう。
そんなことを考えていると、後ろから博巳の声がした。
「やっぱりここだ~。優斗は好きだね、炭酸の露天風呂。」
「ああ、俺が都内の温泉ランキングを作ったら、絶対にこのお風呂を一位にするよ。」
そう話し振り返ると、博巳はハンドタオルで胸元を隠しながらしゃがみ、掛け湯を始めた。メイクはすべて落ちているのだが、少し火照った頬と潤んだ瞳――。足をそろえてしゃがみ、肩にお湯をかける所作――博巳の一挙手一投足全てが男性とは思えない――。事実、炭酸泉に浸かっている全員が、博巳に釘付けになっていた。中には恥ずかしくなってしまったのか、ハッとした表情を浮かべた後、炭酸泉を出て他の風呂に浸かりに行ってしまった人すらいる。
博巳が持っていたハンドタオルを頭にのせて炭酸泉へと入る。その際に、立派とは言えないがしっかりと皮がむけた”モノ”がちらっと見え、ようやく博巳が男であると感じることができた。
「優斗って、何かスキンケアとか始めたの?」
「特に……何も……あっ……最近、洗顔した後にオールインワンのスキンケアを使い始めた。ミィに『年を取ってから差が出るからスキンケアしなさい。』って言われて、ミィと同じものを買わされて……でもどうして?」
「何だか優斗の肌が綺麗になった気がしたからさ。」
博巳を見ると――俺のことを「肌が綺麗になった」と言っていたが、博巳の肌の方が遥かに綺麗だ。全身にシミや皺が一つもないし、体毛も薄いのかスベスベだ。腕を上げて伸びをすると、肌を伝う水滴が玉になって流れ落ちる。メチャメチャ瑞々しい肌をしている。
女性に好きなタイプの男性を聞くと、「清潔感のある男性」とか「透明感のある男性」と回答する人がいるが、博巳はまるで、清潔感や透明感が服を着て歩いているように感じる――。まあ、今は服を着てはいないが……。
モノクロナツキ
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紫倉 紫
121
#地雷系
トド村
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「まだ始めてから、1~2週間くらいしか経っていないけれどな……。博巳こそ何かやっているんじゃないか?」
「もちろん。僕は外に出るときは日焼け止めを塗るし、朝晩の洗顔後には化粧水と乳液を使っているよ。」
「博巳って……努力しているんだな。」
「コスをやっている人なら当然だよ。特に僕みたいなコスは化粧のり一つで、出来が全然変わってくるからね。」
そういえばミィや元カノも博巳が言ったことと同じようなことをしていたな……。
出かける前には必ず日焼け止めを塗っていたし、朝晩の洗顔後にスキンケアをしていた。どんなに疲れて帰ってきても、必ずクレンジングとスキンケアは行っていたのだ。まあ、ミィの場合クレンジング後にすぐにスキンケアをはじめた日は、シャワーを浴びずに眠り、朝にシャワーを浴びているけれど……。
◆◆◆◆
その後、博巳と様々な温泉やサウナを堪能してから、ようやく新宿へと向かった。相変わらず殺風景な雑居ビル。その3階の扉を、今度は俺が開けて博巳をエスコートする。初めて来たときはパンドラの箱のように感じていたこの扉も、3回目ともなると居酒屋ののれんと同じような気持ちで潜ることができる。
店内は相変わらず怪しいケミカル色に照らされていた。今日は大晦日だというのに人が比較的多い。もちろんクリスマスイベントの時程ではないが、カウンター席もかなり埋まっており、ボックス席も3席中2席に先客がいる。
スマホでお店のSNSを検索してみると、どうやら今日は年越しイベントを開催しているらしい。さすがに俺も博巳も実家に帰らなければならないため、カウントダウンまで滞在することはできないが、今日は日本酒が飲み放題に含まれるようだ。
「僕はアイさんが空いていたらアイさんで……今日はボックスにする?」
「ああそうだな。」
もし込み入った話になると、カウンターで話すよりもボックス席の方が話しやすいだろう。
「あと俺はミィちゃんで。」
すると、アイさんは気まずそうな表情を浮かべながら、おずおずと話し始めた。
「あの……今日、ミィちゃんはこのお店にはいなくて……クリスマスイベントの後、ゲストキャストとして系列店でお給仕をしているの。」
コメント
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ふつーにええ話やったわ。温泉シーンの描写がめっちゃ丁寧で、炭酸泉の入り方とかマナーまで書いてあるの、なんか通っぽくて好き。それに博巳のスキンケア話とか「努力してるんだな」って優斗が呟くとこ、じわっと来た。でも最後にミィちゃんいないってなったのはデカい。次どうなるんやろ、気になる〜。