夜の風が肌に冷たかった。
部活で遅くなった帰り道、公園の街灯の下に、
それ は倒れていた。
最初は酔っ払いかと思った。
せやけど、近づいてみると、ふわふわした灰色の髪が 月に照らされてきれいに光ってて、 頭はやたら整ってて、肌は雪みたいに白かった。
「大丈夫か? おい、聞こえるか?」
返事はなかった。
放っとけるわけがなかった。 俺はため息をつきながらも、そいつを背負って家まで運んだ。
しばらくして、ベッドの上でそいつはゆっくり目を開けた。
「ここ、どこ?」
「俺んちや。公園で倒れててん。救急車呼ぶか迷ったけど……とりあえず運んできた」
そいつはぽかんとした顔をして、次の瞬間ふわっと微笑んだ。
「僕、なろ。悪魔だよ?」
「は?」
寝ぼけてるんかと思った。
けど、その灰色の髪と不思議な雰囲気は、確かにどこか人間離れしてた。
「安心して。翔くんを殺すつもりはないよ」
「なんで俺の名前知っとんねん」
「内緒」
訳わからん。
質問してやろうと口を開いたとき――。
ぐぅぅぅ〜……。
静かな部屋に、不釣り合いなくらい大きな音が響いた。
こいつのお腹やった。
「お前なぁ」
思わず笑ってしもた。
君は真っ赤になって俯いた。
結局、一緒に晩ご飯を食べることになった。
君は人間の食べ物を初めて見たらしく、目をキラキラさせて
「これ、食べていいの?」
って何回も聞いてきた。
子犬みたいやった。
その日から、君は自然と俺の生活に居座るようになった。
ーーーーーーーー
一週間なんて、あっという間やった。
せっかくだからと散歩にも行った。
ショッピングモールでは、見るもの全部に感動してて、俺はそのたびに嬉しくなった。
「なろっち、なんで人間界に来たん?」
帰り道、ふと聞いてみると、君は少し目線を落とした。
「僕たち悪魔って、人間の魂を食べるのが仕事なんだ。つまり………………殺すってことだね」
俺は思わず足を止めた。
「でも僕、それができなかったの。だから追放された。ここに無理やり来させられたんだよ」
君は笑った。
寂しそうで、優しい笑いやった。
「……なろっちは、ようそんな優しい顔して言えるなぁ。ほんま優しい悪魔やで」
「や、優しくない……………よ」
顔を真っ赤にして俯く君を見ながら、俺はなんや胸があったかくなるのを感じてた。
ほんま、こんな日々がずっと続けばええのに――
その時はそう思ってた。
異変は突然やった。
「なろっち!? おい、大丈夫か!?」
体は熱くて、息は浅くて、焦りしかなかった。 布団に横たわる君は、弱く目を開けて、少し寂しそうに笑った。
「………僕、もう長くないんだ」
「は? なに言うてんねん、そんなん冗談やろ?」
俺は笑ってみせた。
けど、手が震えてた。
君はそれを見て、聞こえへんふりをしたみたいに、静かに話し始めた。
「僕、人間界に来る前に言われたんだ。『一週間以内にこの人間を殺せ』って。翔くんの写真も見せられた」
心臓が止まるかとおもった。
「できなければ僕が死ぬって」
にこっと、いつもの優しい笑顔。
けどそれが、今は残酷すぎた。
「……じゃあほんまに……死ぬんか? なろっち…….」
涙が勝手に零れた。
君の体は、ゆっくり、ゆっくり透明になっていく。
「なろっち! 俺を殺せばええんやろ!?ほら、なぁ! 俺を殺してくれ! 頼むから!」
俺の声は震えて、情けないほど掠れてた。
けど、君は首を横に振った。
「翔くん。短い間だったけど、ありがと」
その最後の一言だけ、はっきり聞こえた。
「なろっち! 嫌や! いかんといて!」
手を伸ばしても、もう掴めなかった。
灰色の髪が、光の粒になって、消えていった。
あの日の夜、俺の部屋には、温度だけが取り残された。
優しい悪魔の消えた温度が…。
コメント
1件
すきです 天才すぎる、、( ᐪ꒳ᐪ )