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眠狂四郎
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#戦国時代
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#戦国時代
眠狂四郎
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アグリは静かに戦場を見渡していた。
中央では、ヴァルケン軍の重装歩兵が黒い濁流のように押し寄せている。
巨大な戦斧が振り下ろされるたび、盾が砕け、槍が折れ、悲鳴が上がった。
「押せぇ!」
「中央を割れ!」
怒号が戦場を震わせる。
その先頭に、一人だけ異様な存在感を放つ男がいた。
黒鉄の鎧。
長大な戦斧。
周囲の兵を押しのけるように前へ進み、自ら最前線で軍を鼓舞している。
(あれが歩兵隊長……)
アグリの瞳が細くなる。
(ガラメールだ。)
兵たちは勇敢だ。
だが、その勇敢さを束ねているのは、あの男一人。
指揮官が倒れれば、勢いは必ず鈍る。
アグリは静かに息を吐いた。
「所詮は、お互い寄せ集まりの連合軍だ。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「精鋭軍ならば、将が討たれても戦える。」
「だが寄せ集めは違う。」
「支柱が折れれば、一撃で崩れる。」
視線はまっすぐガラメールを捉え続ける。
その瞬間、アグリはゆっくりと右手を上げた。
「トールの末裔よ……。」
低く、しかし確かな声。
「人の力を思い知れ。」
振り下ろされる手。
「──撃て!」
次の瞬間。
ギギギギッ――!
張り詰めていた腱が一斉に解放された。
百を超えるスコルピオが火を噴く。
鋼鉄の矢が空気を切り裂き、耳を裂くような唸りを上げた。
ヒュオオオオオッ――!
一本ではない。
十本でもない。
百を超える鉄矢が黒い雨となって一直線に中央へ降り注ぐ。
狙いはただ一人。
ヴァルケン軍歩兵隊長――ガラメール。
それは戦場そのものを射抜く、人類の知恵が生み出した一斉射撃だった。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ――。
風を切り裂く鋭い音が、幾重にも戦場へ降り注いだ。
「ぐあっ!」
ガラメールのすぐ隣にいた副官の胸へ、鉄矢が深々と突き刺さる。
一本ではない。
二本、三本。
鎧ごと貫かれた副官は言葉を発する間もなく吹き飛ばされ、そのまま土煙の中へ崩れ落ちた。
「なっ……!」
ガラメールは反射的に身を翻し、近くの大岩へ飛び込む。
次の瞬間、その岩肌に何本もの鉄矢が激しく突き刺さった。
ガンッ! ガンッ! ガガガガッ!
石片が飛び散り、乾いた衝撃音が耳を打つ。
(狙撃だ……!)
額を伝う汗をぬぐう間もなく、ガラメールは怒鳴った。
「どこだ!」
「どこから撃っている!」
怒声は戦場へ響いた。
だが、返事は返ってこない。
代わりに聞こえてきたのは、苦しみに満ちたうめき声だけだった。
ガラメールは恐る恐る岩陰から周囲をのぞく。
そこに広がっていたのは、地獄だった。
さっきまで共に進軍していた兵士たちが、あちこちで倒れている。
鉄矢に貫かれた者。
喉を押さえてもがく者。
盾ごと射抜かれ、折り重なるように息絶えた者。
黒い大地には、無数の亡骸が転がっていた。
「ひっ……!」
若い兵士が悲鳴を上げる。
「化け物だ!」
「見えない!」
「逃げろ!」
誰かが叫ぶと、その恐怖は瞬く間に伝染した。
隊列は崩れ、盾は捨てられ、兵士たちは我先にと後方へ駆け出す。
「待て!」
「戻れ!」
ガラメールは声を張り上げた。
「逃げるな!」
しかし、その命令を聞く者は一人もいない。
恐怖は統率を打ち砕き、屈強な重装歩兵たちは、
もはや軍隊ではなく、生き延びようと逃げ惑う群衆へと変わっていた。
アグリは逃げ惑う敵中央を見て、小さくうなずいた。
「これで十分だ。」
「後はアルミンがやってくれるだろう。」
アルミンは敵左翼が崩れ落ちるのを見届けると、剣を高々と掲げた。
「今だ!」
鋭い号令が響く。
「侵略者どもめ!」
「ここで朽ち果てよ!」
「突っ込めぇ!」
鬨の声とともに騎兵が一斉に駆け出した。
土煙が舞い上がり、長槍が朝日にきらめく。
アルミン軍は崩壊した敵左翼を突き破ると、そのまま弧を描くように進路を変えた。
狙うは、中央で激戦を続けるアテイラ本軍の側面。
騎兵の突撃は、まるで大鎌が麦畑を刈り払うかのように横腹へ食い込んだ。
「敵だ!」
「左から来るぞ!」
「隊列を――」
叫びは最後まで続かなかった。
槍が貫き、馬蹄が踏み砕く。
中央を支えていた陣形は、一瞬で大きく歪み始めた。
その頃、アテイラは馬上から戦場全体を見渡していた。
前方では、ガラメール軍が正体不明の鉄矢に射抜かれ、潰走している。
悲鳴が風に乗って響く。
さらに左翼では、アルミン軍の軍旗が自軍の側面深くまで入り込んでいた。
(……潮目が変わった。)
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
勝敗は決した。
歴戦の王の勘が、そう告げていた。
その時だった。
ふいに世界から音が消える。
風も。
怒号も。
剣戟も。
すべてが遠ざかる。
そして、頭の奥に、かすれた声が響いた。
――「目的は……達せられた……」
途切れ途切れの神の声。
アテイラは眉をひそめる。
「……何だ。」
「目的が、達せられた……だと?」
隣で馬を並べるオルフェンスが、不審そうに王を見る。
「どうされました?」
「今、神の声が聞こえた。」
「何と?」
「目的は達せられた、と。」
オルフェンスは一瞬だけ目を細めた。
「では、いかがされますか。」
アテイラは迷わなかった。
「逃げる。」
短く言い切る。
「後は頼む。」
そう言い残すと、馬首を返し、一騎で戦場を離脱していった。
黒馬は疾風のように駆け、瞬く間に土煙の彼方へ消えていく。
その背を見送りながら、オルフェンスは小さく肩をすくめた。
(まったく……。)
(最後の判断だけは、誰よりも早い。)
苦笑を浮かべると、すぐに表情を引き締める。
「伝令!」
「はっ!」
「各将へ伝えよ。」
「全軍、秩序を保って撤退せよ!」
伝令たちは四方へ駆け出した。
オルフェンスはなおも戦場を見据える。
敗北は避けられない。
だが、軍さえ残れば国は立て直せる。
そして、この敗戦をどう各部族へ説明し、どう諸侯をまとめ、次の戦へつなげるか。
彼の思考は、すでに剣を交える戦場ではなく、
その先にある政治の戦場へと移っていた。
コメント
1件
うわ、第23話で一気に潮目が変わった感じですね!アグリのスコルピオ一斉射撃、あれはヤバい。百を超える鉄矢が一直線に降り注ぐ描写、音まで聞こえてきそうで震えました。ガラメールが岩陰に飛び込む瞬間の焦りが伝わってくる……。そしてアテイラの撤退判断、オルフェンスの政治へのシフト。伏線の「目的は達せられた」も気になる。次が待ち遠しいです!