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#軍師
ガラメールは荒い足取りで本営へ戻った。
天幕の奥。
王アテイラが座るはずの玉座には、誰の姿もない。
その前に立つ男だけが、静かに振り返った。
オルフェンスである。
「相変わらず素早いな」
ガラメールは鎧を鳴らしながら笑う。
「だが、その方が都合がいい」
「二刻ほど稼げばいいか」
オルフェンスは静かにうなずいた。
「十分だ」
その一言だけで、互いにすべてを理解した。
ガラメールは天幕の裏へ回ると、並べられていた荷馬車に目を向けた。
「邪魔だ」
渾身の蹴りが車輪を砕く。
荷馬車は鈍い音を立てて横倒しになった。
「もうすぐ敵が来る!」
ガラメールの怒号が本営に響く。
「荷馬車を倒せ!」
「積み上げろ!」
「即席の砦を作れ!」
兵たちは一斉に動き始めた。
荷車を横転させ、樽や木箱を積み重ね、盾を並べる。
わずかな時間で、本営の周囲には粗末ながらも堅固な防壁が築かれていく。
「時間を稼ぐぞ!」
「仲間を逃がせ!」
その間に、オルフェンスは深く一礼した。
「かたじけない」
配下を従え、天幕の裏手へと姿を消していく。
ガラメールは振り返ることなく問いかけた。
「ゲリダリクはどうした」
伝令が息を切らして答える。
「敵右翼、アルミン軍と交戦中です!」
「……そうか」
ガラメールは鼻で笑った。
「まあいい」
「奴は殺しても死なん」
そう言って巨大な戦斧を肩に担ぐ。
やがて遠くから鬨の声が響いた。
土煙が立ち上り、無数の旗が本営へ迫る。
ガラメールは即席の防壁の前へ歩み出ると、静かに戦斧を構えた。
「来い」
「ここから先へは、一歩たりとも通さん」
アルミンは騎馬を左へ大きく旋回させた。
狙うは敵中央。
正面ではなく、その脆い側面だった。
「突撃!」
号令とともに騎兵が一斉に駆ける。
蹄が大地を震わせ、槍の穂先が陽光を反射した。
その頃、敵中央では異変が起きていた。
空を覆うような鉄矢の雨。
スコルピオから放たれた巨大な鉄矢が重装歩兵を次々と貫き、
堅固だった隊列に穴を開けていく。
「うわああっ!」
「伏せろ!」
悲鳴と怒号が入り混じり、陣形は大きく乱れ始めた。
「勝った。」
アルミンは確信した。
今なら中央を切り裂ける。
騎兵たちは乱れた歩兵の隙間へ次々と飛び込み、槍と剣で敵をなぎ倒していく。
その時だった。
ヒュンッ!
右手の丘から無数の矢が飛来した。
「敵襲!」
乾いた音を立てて矢が降り注ぐ。
威力は弱い。
鎧を貫くほどではない。
だが、馬は身をすくませ、兵は盾を掲げざるを得なかった。
突撃の勢いが、ぴたりと止まる。
「将軍、どうします!」
副官が叫ぶ。
アルミンは素早く周囲を見渡した。
右翼から放たれる矢。
数は多いが、決定打にはならない。
狙いは撃破ではない。
こちらの進軍を食い止めることだ。
「……なるほど。」
アルミンは小さく笑った。
「時間を稼ぐつもりか。」
すぐに命令を飛ばす。
「しばらくここに留まれ!」
「寄ってくる敵を追い払え!」
「弓兵を前へ! あの丘を制圧する!」
騎兵はその場で円陣を組むように布陣し、近づく敵兵を次々と斬り伏せる。
一方、右翼では絶え間なく矢が放たれ続けていた。
戦場は、一瞬の勝利の確信から、再び膠着へと変わろうとしていた。
ライナーは高台から戦場を見下ろしていた。
雨に煙る平原では、無数の兵が入り乱れ、敵味方の旗が絶えず揺れ動いている。
右翼ではアルミンの軍勢が前進し、敵本陣へ迫ろうとしていた。
一方で、中央ではティモシーの盾列がなおも敵の猛攻を受け止め続けている。
左翼では土煙が立ち込め、戦況を見極めることさえ難しい。
「……どうなっているのだ。」
ライナーは思わず呟いた。
眼下の戦場はあまりにも広く、刻一刻と姿を変えていく。
敵の両翼は我先にと後退を始めている。
中央もゆっくりと下がっているように見えた。
(勝っているのか……。)
そう思った次の瞬間には、敵兵が別の場所へ集まり始める。
何が真実なのか、戦場全体を見渡しても判断がつかなかった。
「ティモシーとドルトスに伝えよ。」
ライナーは決断する。
「前進せよ、と。」
副官は戦場から目を離さぬまま静かに答えた。
「敵は急ごしらえのトーチカへ籠ろうとしております。」
視線の先には、荷馬車や木材を積み重ねて築かれた簡易陣地が見え隠れしていた。
「追えば、敵はそこへ逃げ込みます。」
そして副官は西の空へ目を向ける。
黒雲の切れ間から、赤く染まり始めた夕日がわずかにのぞいていた。
「もうすぐ陽が落ちます。」
「これ以上の追撃は、味方の隊列を乱す恐れがあります。」
ライナーは黙って戦場を見つめた。
勝敗はまだ決していない。
敵は退いている。
だが、崩れているわけではない。
兵たちもまた、一日中戦い続けて疲弊していた。
やがてライナーは静かにうなずく。
「……そうか。」
この戦は、今日一日で決着がつくものではない。
ライナーはようやく、終わりの見えない戦場の現実を理解した。
ライナーは静かに目を閉じた。
「退き鐘を鳴らせ。」
やがて低く重い鐘の音が戦場に響く。
敵も味方も、互いに剣を収め始めた。
雨上がりの草原には、無数の亡骸だけが横たわっていた。
コメント
1件
第24話、読み終えました……いや、すごかったですね。ガラメールが「ここから先へは一歩たりとも通さん」と立つ場面、あの覚悟の重みがひしひしと伝わってきました。オルフェンスとの“二刻”だけの約束、ああいう信頼関係、胸にきます。そしてライナーが撤退を決断するところ、あの静かな諦念と現実を受け入れる強さにぐっときました。今日一日で全てが決まるわけじゃない——そのもどかしさ、戦場の描き方にすごく厚みがあって、余韻が残りますね。