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眠狂四郎
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#戦国時代
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153
ガラメールは荒い足取りで本営へ戻った。
天幕の奥。
王アテイラが座るはずの玉座には、誰の姿もない。
その前に立つ男だけが、静かに振り返った。
オルフェンスである。
「相変わらず素早いな」
ガラメールは鎧を鳴らしながら笑う。
「だが、その方が都合がいい」
「二刻ほど稼げばいいか」
オルフェンスは静かにうなずいた。
「十分だ」
その一言だけで、互いにすべてを理解した。
ガラメールは天幕の裏へ回ると、並べられていた荷馬車に目を向けた。
「邪魔だ」
渾身の蹴りが車輪を砕く。
荷馬車は鈍い音を立てて横倒しになった。
「もうすぐ敵が来る!」
ガラメールの怒号が本営に響く。
「荷馬車を倒せ!」
「積み上げろ!」
「即席の砦を作れ!」
兵たちは一斉に動き始めた。
荷車を横転させ、樽や木箱を積み重ね、盾を並べる。
わずかな時間で、本営の周囲には粗末ながらも堅固な防壁が築かれていく。
「時間を稼ぐぞ!」
「仲間を逃がせ!」
その間に、オルフェンスは深く一礼した。
「かたじけない」
配下を従え、天幕の裏手へと姿を消していく。
ガラメールは振り返ることなく問いかけた。
「ゲリダリクはどうした」
伝令が息を切らして答える。
「敵右翼、アルミン軍と交戦中です!」
「……そうか」
ガラメールは鼻で笑った。
「まあいい」
「奴は殺しても死なん」
そう言って巨大な戦斧を肩に担ぐ。
やがて遠くから鬨の声が響いた。
土煙が立ち上り、無数の旗が本営へ迫る。
ガラメールは即席の防壁の前へ歩み出ると、静かに戦斧を構えた。
「来い」
「ここから先へは、一歩たりとも通さん」
アルミンは騎馬を左へ大きく旋回させた。
狙うは敵中央。
正面ではなく、その脆い側面だった。
「突撃!」
号令とともに騎兵が一斉に駆ける。
蹄が大地を震わせ、槍の穂先が陽光を反射した。
その頃、敵中央では異変が起きていた。
空を覆うような鉄矢の雨。
スコルピオから放たれた巨大な鉄矢が重装歩兵を次々と貫き、
堅固だった隊列に穴を開けていく。
「うわああっ!」
「伏せろ!」
悲鳴と怒号が入り混じり、陣形は大きく乱れ始めた。
「勝った。」
アルミンは確信した。
今なら中央を切り裂ける。
騎兵たちは乱れた歩兵の隙間へ次々と飛び込み、槍と剣で敵をなぎ倒していく。
その時だった。
ヒュンッ!
右手の丘から無数の矢が飛来した。
「敵襲!」
乾いた音を立てて矢が降り注ぐ。
威力は弱い。
鎧を貫くほどではない。
だが、馬は身をすくませ、兵は盾を掲げざるを得なかった。
突撃の勢いが、ぴたりと止まる。
「将軍、どうします!」
副官が叫ぶ。
アルミンは素早く周囲を見渡した。
右翼から放たれる矢。
数は多いが、決定打にはならない。
狙いは撃破ではない。
こちらの進軍を食い止めることだ。
「……なるほど。」
アルミンは小さく笑った。
「時間を稼ぐつもりか。」
すぐに命令を飛ばす。
「しばらくここに留まれ!」
「寄ってくる敵を追い払え!」
「弓兵を前へ! あの丘を制圧する!」
騎兵はその場で円陣を組むように布陣し、近づく敵兵を次々と斬り伏せる。
一方、右翼では絶え間なく矢が放たれ続けていた。
戦場は、一瞬の勝利の確信から、再び膠着へと変わろうとしていた。
ライナーは高台から戦場を見下ろしていた。
雨に煙る平原では、無数の兵が入り乱れ、敵味方の旗が絶えず揺れ動いている。
右翼ではアルミンの軍勢が前進し、敵本陣へ迫ろうとしていた。
一方で、中央ではティモシーの盾列がなおも敵の猛攻を受け止め続けている。
左翼では土煙が立ち込め、戦況を見極めることさえ難しい。
「……どうなっているのだ。」
ライナーは思わず呟いた。
眼下の戦場はあまりにも広く、刻一刻と姿を変えていく。
敵の両翼は我先にと後退を始めている。
中央もゆっくりと下がっているように見えた。
(勝っているのか……。)
そう思った次の瞬間には、敵兵が別の場所へ集まり始める。
何が真実なのか、戦場全体を見渡しても判断がつかなかった。
「ティモシーとドルトスに伝えよ。」
ライナーは決断する。
「前進せよ、と。」
副官は戦場から目を離さぬまま静かに答えた。
「敵は急ごしらえのトーチカへ籠ろうとしております。」
視線の先には、荷馬車や木材を積み重ねて築かれた簡易陣地が見え隠れしていた。
「追えば、敵はそこへ逃げ込みます。」
そして副官は西の空へ目を向ける。
黒雲の切れ間から、赤く染まり始めた夕日がわずかにのぞいていた。
「もうすぐ陽が落ちます。」
「これ以上の追撃は、味方の隊列を乱す恐れがあります。」
ライナーは黙って戦場を見つめた。
勝敗はまだ決していない。
敵は退いている。
だが、崩れているわけではない。
兵たちもまた、一日中戦い続けて疲弊していた。
やがてライナーは静かにうなずく。
「……そうか。」
この戦は、今日一日で決着がつくものではない。
ライナーはようやく、終わりの見えない戦場の現実を理解した。
ライナーは静かに目を閉じた。
「退き鐘を鳴らせ。」
やがて低く重い鐘の音が戦場に響く。
敵も味方も、互いに剣を収め始めた。
雨上がりの草原には、無数の亡骸だけが横たわっていた。
コメント
1件
第24話、読み終えました……いや、すごかったですね。ガラメールが「ここから先へは一歩たりとも通さん」と立つ場面、あの覚悟の重みがひしひしと伝わってきました。オルフェンスとの“二刻”だけの約束、ああいう信頼関係、胸にきます。そしてライナーが撤退を決断するところ、あの静かな諦念と現実を受け入れる強さにぐっときました。今日一日で全てが決まるわけじゃない——そのもどかしさ、戦場の描き方にすごく厚みがあって、余韻が残りますね。