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未来は粘土の様なもの・・・日に日に形を変えられ作られて行く・・・
しかし過去は岩だ、変えることはできない
現在と過去が、百合の頭の中でぶつかり合った、愛に時間の経過はないのだと百合は実感した、過ぎ去った日々はただの空間で、何も変わってはいない
百合があれほど深く隆二を憎んだのは、彼女の愛の深さ故である、もし百合が隆二を忘れることがあるなら、それは自分自信の消滅をも意味していた
なぜなら百合は、とうの昔に隆二にすべてを捧げていたからだ、これは神聖な事実であり、何があっても変わることはないのだ
ある日、定正から百合のマンションにプレゼントが届いた、包みは大きな長方形の箱で、添えられたカードには、わずか二行の文字が書かれているだけだった
『お好きだと聞きました、気に入ってくださるといいのですが―伊藤定正―』
包みを開けると、知り過ぎているオレンジの箱が目に入った
中身はギリシャの人気作家『ナデージュ・ヴァネ・シビュルスキー』が出がけた最新版エルメスのバーキン35だった、上質な革の手触りの、ブラックとクリーム色の二種類バーキンが入っていた「シビュルスキー」は百合の好きなエルメスのデザイナーだった
―どうしてあの人は、私の趣味まで知ってるのかしら?―
百合は即刻、丁重な礼状を送り、これで後腐れなしと考えた
ところが翌週、また別の包みが届いた、今度の中身は世界的に有名な小説「高慢と偏見」ジェーン・オースティン作のとても美しい革装本だった、百合が好きな作家だった、メッセージカードがまたついていた
『エリザベスのように私に偏見をもたないでください―伊藤定正―』
それからというもの毎日、違う贈り物が届けられた、高価な花や香水やバッグやワイン・・・
いずれも極上で百合の趣味のものばかりだった、伊藤定正は、わざわざ百合の好みを調査しているに違いない、倦厭しながらも、伊藤定正という人間に次第に百合は好奇心をくすぐられていった
そしてある日、百合がもうこれ以上高価な贈り物をされても受け取らないと定正に電話すると、彼は神妙な口調で答えた
『どんな贈り物も、あなたの美しさに応えるには不充分です、では最後にもう贈り物を贈らない代わりに、私に最上級の昼食をご馳走させてください、百合さん、本当にこれで最後にします』
当然、断わって縁を切るつもりだったが、百合はちょっとだけ気まぐれを起こした
―毎日贈り物が届くというのも気持ちの良いものじゃないわ、やめてくれって言いに行くだけよ―
百合はそう思いながらもながらも、頭の片隅では、断わるだけなら電話でもいいはずだと思っていた
・:.。.・:.。.
約束の当日、定正が手配したリムジンが百合のマンションに迎えの時間ぴったりに到着した、百合は見事なシルバーフォックスのコートに身を包み、定正からプレゼントされたバーキンを刺し色に添えていた
―一応プレゼントされた物を贈り主に会う時に身につけるのは、当然のエチケットだわ―
リムジンが百合を運んだ場所、大阪城西の丸庭園 『大阪迎賓館』の門をくぐると、さすがの百合も息をのんだ
和の意匠が施された建物は、まるで時代を遡ったかのような荘厳さだった、見事な庭園、その向こうには大阪城が堂々と佇み、鮮やかな緑が静かに揺れる・・・江戸時代にタイムスリップした感覚さえ思わせる、ここは紛れもなく国賓が集う場所だった
定正は先に個室に入って百合の到着を待っていた、彼は百合の姿を見るなり立ち上がった
「お見え頂けましたね、気を変えられたかと心配していました」
彼は本当に嬉しそうに笑った
「私は約束は守ります」
定正は彼女をしっかり見据え、厳かな口調で言った