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私、安藤里子(あんどうさとこ)
広告代理店に勤務する26歳。
目立つことはあまり好きではなく、コツコツと仕事をしてきたタイプ。
新卒で入ったこの会社には勤めて、はや4年が経とうとしている。
「安藤さん、この案件お願いできるかしら?」
「もちろんです」
やりがいもあって、社内の人たちもみんないい人たちで平和に暮らしていたけれど、彼女が転職してきたことで私の生活は一変することになる。
「岡本有紗と申します。人と話すことが大好きですので、たくさん話しかけてくださいっ!」
嘘、でしょ……。
岡本有紗(おかもとありさ)
その名前には聞き覚えがあった。
あの頃と何も変わっていない、派手な服装。
それから話し方。
その時、有紗と目が合った。
「えっ、里子?やだ~里子じゃん!」
彼女ははしゃぎながら私の元にやってくる。
「元気にしてた?」
すると、私の直属の上司である三浦さんが聞いてきた。
「あれ、知り合い?」
私が答えるよりも先に有紗が答える。
「そうなんですぅ~。私たち、高校が同じですごく仲が良かったんです~」
有紗の甲高い声、今でも変わってない。
この通る声が私はとても苦手だった。
そう、私たちは高校のクラスが同じで仲が良かった。
でも彼女と過ごした日々には、思い出したくもない思い出がたくさん詰まっている。
すると有紗が私を見た後、ニヤリと笑って言った。
「この子、会社ではどうですか?まだみんなの前で一発ギャグとかやってる?」
「ちょっ……」
「一発ギャグ?」
私が止めても、社内のみんなが一発ギャグという言葉に食いついてくる。
「この子、高校の時からみんなを笑わせるために、教卓で一発ギャグとかやるんですよぉ。大人になってもやってるんじゃないかって思ってぇ」
「ち、違います……」
「へぇ、そんな一面もあるんだ」
「今の安藤さんからは想像出来ないね」
普段の私がそう言うキャラではないことを知っているからか、みんなはその言葉に興味深々だった。
やめて、入社して早々私のこと知ってるように言うなんて……。
「飲み会の時とか~披露してよ里子~」
有紗が私にふってくる。
一発ギャグを飲み会で披露なんて冗談じゃない。
もう、あんなこと二度としたくないのに。
「じゃあ最近の里子はあんまりそういうことしないんですか?」
「そうね、安藤さんは落ちついていて、結構淡々と仕事をこなすタイプよね?」
三浦が私に目くばせをする。
そうやって仕事をしていたのは、目立ちたくなかったからだ。
また高校生の頃の時みたいなるんじゃないかって、人の目が怖くて出来るだけ注目されたくなかったから。
だから目立たないように生きてきた。
それなのに……。
「あっ、じゃあまだ里子は会社では素を出してないってことですねぇ!猫かぶっちゃって、もう〜!じゃあ里子の高校時代のこと、色々暴露しちゃおうかな~」
またバカにされる。
有紗の言葉に私は思わず強い口調で言ってしまった。
「や、やめて!!」
その瞬間、シーンと静まり返る社内。
「あ、あの……」
私の一番苦手な雰囲気。
いい雰囲気を壊してしまった気持ちになって罪悪感を感じる。
またこれだ……。
「す、すみません……」
私が慌てて謝ると、有紗はまぁまぁとなだめるように私の肩を叩いた。
「もう~里子ったらただイジってるだけじゃん!」
その瞬間、彼女の言葉がフラッシュバックする。
『ただイジってるだけでしょ~?』
ただイジっているだけ。
そういう言葉で片づけて、彼女は私のことをバカにして楽しんでいる。
「もう、久しぶりに会えて嬉しかったのに、ノリ悪いぞ」
有紗が肩で小突いてくると、社内に笑いが生まれた。
結局そうだ。
イジられた側が本気になって嫌がると、イジってるだけなのにノリが悪いって言われてしまう。
「そうだよなぁ、せっかく親友が来てくれたんだから、嬉しいことじゃないか」
青野部長もそう言って笑った。
「ごめん……」
だから強制的に提示されたノリに乗るしかなかった。
「岡本クンのようなタイプの子が来てくれて嬉しいよ。社内を盛り上げてくれたまえ」
「はい……!」
なんでこうなったんだろう。
「はぁ……」
やっと縁が切れたと思っていたのにな。
「話やすい人で良かったよね」
「周りと溶け込むのが上手いから、すぐ馴染めそうで安心したよ」
有紗が同じ部署に入ってきたことに対して、みんなはポジティブな印象であった。
確かに有紗は人当たりのいい性格をしていて、人との距離を縮めるのがうまい。
突然の再会に私の気分は最悪だったけれど、みんなはそんなこと気にしないよね。
きっと有紗と私は仲がいいんだと思われているだろうし……。
すると側にいた三浦さんが私の肩を叩いて言った。
「彼女、安藤さんこと引き出してくれそうで楽しみだわ」
引き出す……?
「安藤さんも自分の主張するタイプじゃないじゃない?ああいう子がいてくれるともっと社内でも素が出せて楽になるかもしれないわね」
「そう、ですかね……」
私は主張出来ないって、我慢していたことなんてない。
引き出して欲しくもない、心を無理やり引き出されるっていいことなんだろうか。
私は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
翌日──。
「はぁ」
昨日は有紗のことを考えていたら、あまり眠れなかった。
今日から本格的に一緒に仕事をする機会も増えてくるだろうけど、有紗とは出来るだけ距離を置くようにしよう。
もう高校生同士の関係じゃないんだ。
同じ仕事場で働いている同士なんだから、近い距離にいる必要だってないはずだ。
オフィスで仕事をしていると、さっそく有紗が話しかけてきた。
「ねぇ里子。これってどうやるの?」
「これはこう、ここをこうして……」
私が教えていると、有紗はしっかりとメモを取る。
あれ、なんだ。
さっそくからかってくるかと思ったけど、全然普通だ。
私が身構えすぎていただけ?
よくよく考えればそうか……。
私がイジられキャラとして苦しんでいたのは高校時代。
その頃から私たちは大人になっている。
さすがに有紗だって高校生の頃のままなんてことないよね。
私が教え終わると有紗は言う。
「ありがとう~!ねぇ、里子。せっかく久しぶりに再会したわけだし一緒にランチでも行かない?」
ランチ……か。
有紗も変わっているとはいえ、少し不安だ。
出来だけプライべートでは関わりたくない。
「ごめん、今日は忙し……」
断ろうとした時、三浦さんがその言葉を聞いていたのか周りに向かっていった。
「いいわね、ランチ。せっかくだしみんなで岡本さんとランチに行きましょう」
「わ、本当ですか~嬉しい」
「うちの周りは結構いいお店がたくさんあるのよ」
「楽しみですぅ」
わ……。これは行く流れだ。
みんながランチに行く中、仕事をしているわけにもいかず、私は今している仕事を一度切り上げた。
私たちがよく利用するお店について、食べたいものを注文すると、さっそく有紗を中心に会話が始まった。
「前職では何を?」
「前職も同じ業種だったんですけど、結構嫉妬されることが多くてぇ。人付き合いで苦労したんですよぉ」
「なら安心ね。うちは仲がいいし、比較的上司とも話せる環境だと思うわ」
「良かったです〜」
すごいな、有紗。
もうみんなと馴染んているというか……。
「里子もいて嬉しかったし!」
「高校の時の友達が来るなんて珍しいわよね」
「あっ、私今でも昔の写真持ってるんですよ〜!これ見てください」
有紗が私と肩を組みながらそんなことを言ってくる。
昔の写真?
すると彼女はスマホを取り出して、ある写真を見せた。
「これが昔の里子です。昔は太ってたし、変顔とするから全然モテなくて~」
それ、高校の頃の写真……。
「なんで持ってるの!」
嘘でしょ……。
昔は太っていることがコンプレックスで、なんとかダイエットして克服したのに。
昔の写真なんて自分でも見たくない。
それなのに、社内のみんなに見せびらかされて、私は恥ずかしくなってしまった。
「ねぇ、もう昔の写真は……」
「関取ってあだ名が付いてたんですよ、私が関取って呼ぶとどすこいってやってくれて、本当に面白くて」
有紗の昔話は止まらない。
普通高校生の頃の写真なんて勝手に見せる?
「ねぇ、またどすこいってやってみてよ~」
「えっ」
「どすこい」というのは、有紗が高校時代に私のことを関取とあだ名を付けるから、私はそれに乗って張り手のポーズをして「どすこい~」と言ったことで回りが大爆笑したのが始まりだった。
本当は関取と何度も呼ばれるのが嫌で、この話題から逃げるために「どすこい」と言ってみたのだけど、けっきょくそれが大盛り上がりしてしまったことで何度もイジられるようになってしまった。
そしてまたみんなが私に注目をする。
──ドクン。
みんな私を見ている。
やれってこと?
こんなところで?
じっと私を見つめてまるで期待されているようで。
やらなかったらノリが悪いって思われるかな?
有紗が楽しく話しているところに水を差す人だって思われるかな。
どうしよう、でもやりたくない。
『里子ってノリ悪いよね』
しかし、有紗が昔に言ったその言葉を思い出してしまった。
嫌だ。
ノリが悪いと白い目で見られて、またひとりになるのは嫌だ。
そんな不安な気持ちに包まれて耐えられなくなった時、私はぎゅうと目をつぶって言った。
「ど、どすこい~!」
恥ずかしさを押し込んで促されるままま、張り手のポーズをつけてそんな言葉を言い放つ。
その瞬間、ドカっと大きな笑いに包まれた。
「キャハハハハ、里子ってやっぱり面白い~」
「安藤さん、いいキャラしてるね~」
「そっちの方が明るくていいよ」
みんなが笑ってくれた安心感と羞恥心が同時にやってくる。
顔から火が出そうなほど、恥ずかしい。
こんなこと、本当はやりたくないのに……。
空気を悪くしちゃうんじゃないかと思ったら、有紗の言葉に乗ってしまった。
みんなの顔を見ることが出来ない。
「やっぱりいいキャラしてるぅ~私も昔の里子を見られて安心したよ」
最悪だ……。
これの何が楽しいの?
すると有紗は満足したのか、さらに違う写真まで出してくる。
「この写真も面白いんですよ~」
私だけが変顔をしている写真を見せる有紗。
「わっ、これ岡田さん?」
同じ部署の吉田さんが有紗の方を指さす。
「すげぇ、モテそうだなぁ」
「いやいやモテるなんて全然ですよ~でも告白されたりとかはあったかも~ねぇ里子?」
「えっ。う、うん」
これ、完全に私に言わせようとしたよね……。
こんなのヒドイ。
自分だけ決め顔で写っている写真を見せて、変な顔をしている私の横に並ぶことで自分を引き立てて……。
私だけが拷問にかけられる。
「でも今は全然ですよぉ~彼氏もいないし」
「おっ、これは男性社員が騒ぐんじゃないか?」
「え~~~本当ですかぁ?」
「ダメですよ、狙ったら!」
いつまでもその写真を見せられ、私はみんなの話す声が遠く聞こえた。
もうやめてほしいのに、言えない。
すると三浦さんが聞いてくる。
「2人ともすごく仲がいいのね」
「はい、里子はクラスの中でもお笑い担当だったので、毎日笑わせてもらってました。なので一緒に働けるなんて嬉しいですよ~」
私は全然嬉しくなんてない。
憂鬱なランチの時間はいつもより長く感じた。
終始恥ずかしくて嫌な時間だった。
お会計を済まし、オフィスに向かっていると有紗が話しかけてくる。
「良かったね、里子」
「えっ」
「みんな言ってたよ、安藤さんノリよくってこっちの方がいいって。私のお陰だね♡」
にこっと笑って見せる有紗。
自分は良いことをしたと思ってるの?
みんなはそれをノリがいいと見えたのかもしれない。
でも私の本心はこんなことやりたくない。
「ねぇ、有紗……悪いんだけど私、ああいうノリあんまり好きじゃなくて、昔の写真とかはみんなに見せないでほしいの」
「どうして?私がいなかったら根暗な安藤さんで終わってたのに、今日私が写真見せたことで里子のことをよく知ってもらえたわけじゃん?」
「根暗って……」
「私はね、里子のいいところをみんなに知ってもらいたいの」
「私は私なりに築いてきた関係があるから今更……」
私が途中まで言葉を続けると有紗が間に入ってくる。
「地味でつまない」
「えっ」
「みんなそうやって噂してたよ?」
ーーズキン。
会社の人、そんなこと言ってたなんて知らなかった……。
「だから私が里子の良さを教えてあげようって人肌脱いであげてるんじゃん。善意でやってるんだから、ね?」
「でも……」
私はうつむく。
すると有紗は私の話も聞かず、スマホを取り出した。
「ちょっ何!?」
「せっかく会えたんだし再開記念に写真撮ろ~」
有紗は私の横に並ぶと勝手に写真を撮った。
――パシャ。
「ちょっ……」
「これミンスタに乗せておくね!」
「待って勝手に……」
「大丈夫、里子の写真だけちゃ~んと加工しておいてあげたから。ほら」
そう言って見せられた写真は、私の写真にだけブタの鼻のスタンプや耳がつけられていた。
「あはは、里子かわいい~。これでよし」
有紗は私にスマホの画面を見せてくる。
♯久々の再会
♯本当里子といると笑いっぱなし
♯お笑い系女子代表
お笑い系、女子。
そういえばずっとそんな風に呼ばれていたな……。
みんなを笑わせたいとか、お笑いに興味があるとかじゃない。
有紗が私を勝手にお笑い系女子と呼び、そうなるように仕立て上げた。
お笑い系女子なんて呼ばれてる時は、恋愛もまともに出来ないし、自分じゃない自分を演じている気がしてすごく苦しかった。
でもきっとそんなこと有紗は知りもしないんだろう。
知らないままならそれでもいい。
ただもう……私の前に戻ってきてほしくなかったよ。