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「うわ」
「大きいねー」
「これが『タイシカン』かや?」
「ピュイ」
『闇闘技場』の一件から三日後……
帝都・グランドールの一角に大使館が完成したと
聞いた私たちは、ティエラ王女様の案内でそこへ
出向いたのだが―――
「ウィンベル王国の宝物殿くらいあるぞ」
「ちょっとした小国の王宮くらいでしょうか」
ライオネル様とエンレイン王子様が、
王族ならではの感想を述べる。
高さこそ三階建てに留まっているが、
広大な敷地に、地方の大規模商業施設くらいの
お屋敷が、その存在感を示す。
「何せ皇帝陛下直々の命が下りましたので……
職人たちの熱意も、並々ならぬものが
あったかと」
前髪を眉の上で揃えた王女様が、その建物を前に
説明する。
それを聞いているのは私たち家族と―――
ウィンベル王国代表、
新生『アノーミア』連邦宗主国マルズ代表、
そして魔族領代表だ。
「今日は、あのお2人はいないのですか?」
カバーンさんとセオレムさんの姿が無い事を、
ヒミコ様がたずねるが、
「ドラゴンとワイバーンの女王様がいるのに、
護衛は必要無いだろうとの事で。
それと大使館内にそうそう理由もなく、
人を入れるのは警備上問題が」
そう言われるとそうか。
あまりほいほいと気軽に人を入れちゃいけない
施設でもあるし。
周辺に警備兵らしき人たちがいたけど、
建物の側には人は見当たらず、ほとんど無人だ。
「この建物一つで各国合同の大使館という事か。
これだけ大きなものであれば、追加で何ヵ国か
入っても問題ないであろう」
魔王・マギア様の言葉に、秘書のように
後ろにつく女性二人―――
イスティールさんとオルディラさんがうなずく。
「ではウィンベル王国へ割り当てられた区画から
ご案内いたしますので……
どうかついてきてください」
ティエラ王女様がそう言うと彼女を先頭に、
私たちは敷地内へと足を踏み入れた。
「いや、すごいな。
国に帰ったら帝国の大使館建設に
全力を尽くさねば」
カラカラとライさんが笑うが……
大使館として各国に割り当てられた部屋というか
エリアは―――
まるで王族専用施設と言っても過言ではない
レベルであり、
『お返し』としてこちらの大使館を作らなければ
ならない側としては、かなりのプレッシャーに
なるだろう。
「最後は魔族領の大使館になります」
ウィンベル王国、マルズ国と経て、魔族領の
大使館部屋にみんなで入る。
「広さは問題ありませんね」
やや外ハネしたミディアムボブの女性が天井を
見上げ、
「これだけ部屋が多いのであれば1つくらい、
納豆を作る部屋にしてもよさそう」
ダークエルフのような、褐色肌にシルバーの
長髪の女性が発酵食品作成について語る。
「どうして納豆を……」
「何がそなたをそこまでさせるのだ」
「ピュウゥ」
メルとアルテリーゼ、ラッチが呆れた声を出す。
「ま、まあ各区画に厨房もございますから―――
食材の保管場所や軽く作業をするくらいなら、
問題はないはずです」
取りなすようにティエラ様が答える。
「なるほど。
ところでティエラ様。
この後少し、お時間はございますか?」
「はい。
大使館のご案内を言い使っておりますので」
私の問いに彼女は快く返事をし、
「じゃあ軽く何か作りますので、そこで
お待ちください。
メル、アルテリーゼは手伝ってくれ」
「りょー」
「任せておけい」
そこでラッチを残った人たちに頼むと、
私たちは厨房へと足を向けた。
「……!
以前頂いた『くれーぷ』も美味しかった
ですけど―――
このパンケーキもなかなか……!」
「果実類のジュースは向こうでもいくつか
飲んだ事があるが、この甘さは格別であるな」
ティエラ王女様が、バナナをメープルシロップと
共に挟んだパンケーキを、
魔王・マギア様はバナナジュースを口にしながら
賞賛する。
「テカテカに光っているが、果実を焼くと
こんなふうになるのか」
「ここに来てまた新たな食材で、新たな料理が
頂けるとは」
ライオネル様とエンレイン王子様が、
焼きバナナを堪能しながら語る。
「表面に砂糖をふって焼くと、溶けて透明に
なるんです。
また焼く時の油にはバターを使って
いますので、香りも付きます」
私の説明の後に人間の方の妻が、
「土精霊様が、種無しのヤツを促進栽培して
くれたんだよねー」
「おかげで今回は調理が楽だったわ」
「ピュウー♪」
彼女の後に、ドラゴンの方の妻とその子も続く。
こちらで発見したバナナのような植物だったが、
土精霊様に頼んで交渉・品種改良に承諾して
もらっていた。
そこで新料理のお披露目も兼ねて、ティエラ様に
ご馳走する事にしたのである。
そしてもう一人、ご馳走する予定の人物が
いるのだが……
そのためにも彼女に留まってもらっていた。
「そういえば、闇闘技場の件ですが」
「ああ、あれからどうなりましたか?」
不意にティエラ王女様から出された話に、
私が聞き返す。
あの怪物たちを倒し、恐らく屋敷の主人であろう
人物を捕まえた後―――
帝都の治安機関らしき人たちが殺到したので、
私が魔法を無効化してしまった従業員や
お客さんたちを元に戻し、その後は彼らに
任せて王宮へ戻る事にしたのだ。
「まず、屋敷の主人であるモンド伯爵ですが……
『自分は知らなかった』と白を切っています」
「え?
シン殿が現場を制圧したんでしょう?」
ヒミコ様が呆れながら彼女に先を促す。
「『自分は、何か面白い催しがあると聞いて、
屋敷の施設を貸しただけ』だと―――
また治安機関も、かなりの貴族や有力者が
絡んでいたとの事で追及し辛いようです」
上級国民絡みは、現代の地球でもいろいろ
難しいからなー……
ましてや封建制がバリバリ現役のこちらの
世界にしてみれば。
「その代わり、というわけではありませんが……
シン殿が言っていた、ビルド・クエリーの
獣人族の兄妹ですか?
2人を奴隷身分から解放させる事は
認めさせました。
あの場にいた他の奴隷たちも同様です」
その報告にホッとする。
どうせ非合法に集めた奴隷だろうし、
その使い道も違法なのだ。
解放しろと言われれば、いくら貴族といえど
抵抗は難しかっただろう。
「私たちが倒したクレイジー・ブルも、
あの闇闘技場で使うつもりだったんで
しょうか?」
その質問に、彼女は首を左右に振る。
「それも聞いたところ、モンド伯爵のところで
使う魔物ではなかったとの事。
つまり―――
別の闇闘技場のものだったのでしょう」
複数あるのか……
いや、ただのイベントと考えればむしろ
それが当然か。
「他にもやっているところがあるのかー」
「厄介だのう」
「ピュウ」
家族も、やれやれといった感じでため息をつく。
根本的に解決するのは本格的な対策が必要か、
と思っていると、
「ところでシン殿。
こうして大使館も無事出来た事だし、
『ゲート』の件をティエラ殿に話しても
いいのでは?」
そこで魔王・マギア様が話題を変え―――
私に視線を向ける。
「ゲート?」
その言葉にティエラ王女様は首を傾げるが、
「マギア様。
直接見て頂いた方がよろしいのでは」
「わたくしもそう思います。
ちょうど時間もあるとの事ですし、
その目でご確認頂いた方がいいでしょう」
イスティールさんにオルディラさんが、
魔王に進言する。
「まあ、そうだな」
そう言うと魔王・マギア様は額に人差し指を
あてて、
「フィリシュタか。
こちらの準備は整った。
ミッチーもそこにいるのか?
うむ、来てもらった方が話は早いであろう」
見えない相手とのやり取りを、ティエラ様は
ただきょとんとして見つめていたが―――
「……えっ?」
室内に楕円形の空間の歪みのようなものが現れ、
それは直径三十センチほどから、一メートル、
やがて人一人ほどの大きさに拡大していき、
「呼ばれなくてもやってくる!
頼んでなくてもやってくる!!
『魔☆界☆王』フィリシュタ!!
今ここに見参~!!」
と、ひと昔前の魔法少女のようなポーズを
決めながら……
正当派エルフのような外見の、プラチナの
ロングヘアーをした女性が出現した。
「あっあの。
私、魔界王様の秘書官でミッチーと
申します。初めまして」
その背後から、ネズミのような丸耳と丸眼鏡の
気弱そうな女性が声をかけてくる。
「あ、はい。
わたくしはティエラと申します。
あのう、この方々は……」
と、彼女は救いを求めるように周囲に視線を
泳がせる。
すると大きなため息と共に、マギア様が動き、
「もっと普通に出て来れないのか、
貴様は……
すまぬ、ティエラ殿。
信じられぬかも知れぬが、彼女は
魔界を統べる王―――
フィリシュタだ」
それを聞いたティエラは、しばらく口を
ポカンと開けていた。
「魔界……についてはある程度、マギア様から
聞いておりましたが」
落ち着きを取り戻したティエラ様を中心に、
改めて『魔界王』の紹介が入る。
「余は元は魔界の住人―――
このバカを止めるために人間世界、
地上へと降りてきたのだ。
だから正確には余は、『地上にいる魔族の王』
であり、彼女は『魔界そのもの』を統べる王、
という事になる」
魔王・マギアが説明する横で、
「とゆーワケなのでヨロシク!
あっ、もう地上攻める気とか無いからー。
いやしかし美味しいわコレ!
またスイーツ増えてるじゃん!」
「魔界王様、どうか失礼の無いように……
確かに美味しいですけど」
魔界王とミッチー、主従二人が―――
先ほどのバナナ中心の料理に夢中になって
手を付ける。
「それでその、魔界王様が来られた理由は
何でしょうか?」
ランドルフ帝国の代表として、おずおずと
ティエラ王女様が話を切り出す。
「いや?
別にアタシから要望とか要請は無いよ?
そういうのは全部、マギアに丸投げ
してるしー」
「その通りではあるが、もう少し言い方が
あるだろう。
いずれ帝国の上層部には余と彼女で一度、
顔合わせする事になるだろうが……
その前にティエラ殿、少しよいか?」
マギア様にバトンタッチした事で、話が通じると
思ったのか―――
ティエラ様は全神経をそちらに向けるように
視線を変える。
「はい、何でしょうか」
「少々付き合ってもらいたい。
こればかりは、その目で見てもらった方が
早いと思うのでな」
外見上は幼い少年の申し出に、
彼女はうなずいた。
「こ、ここは……」
ゲートを通ったティエラ様は、一変した
その光景に目を奪われる。
「ここが魔界です。
魔王・マギア様の生まれ故郷―――」
「この建物は、フィリシュタの城ですね」
イスティールさんとオルディラさんが、
周囲を見ながら説明する。
魔界に来たのは私と家族、そしてライさんと
魔族組で、
エンレイン王子様とヒミコ様は、念のため
大使館で待機してもらう事になった。
「じゃあ、公都『ヤマト』へ向かうぞ」
ライオネル様の言葉に、フィリシュタさんが
ミッチーさんに声をかけ、
「そのゲートはどっちだっけ?」
「『ヤマト』ならこちらですね」
スタスタと歩いて行く二人にみんな
ついて行くが、
「お、お待ちください。
いくら時間があると言っても、そこまでは」
当然の心配をティエラ様が口にするが、
「何、すぐ着くわ。
あっちから魔界に来たのと同じようにな」
「みなさん、こちらです。
1人ずつお通りください」
と、魔族の主従の言葉に従い―――
一人一人、案内されたゲートに入っていった。
「ほ、本当に……?
ウィンベル王国公都『ヤマト』に、
こんな短時間で?」
自分の目が信じられない、というように、
ティエラ王女様は目を丸くする。
「久しぶりだなあ」
「おー、ホントに帰って来たね」
「かれこれ2週間ぶりくらいかのう」
「ピュー」
西地区の北エリア、果樹と各種野菜を作る
場所にゲートを通じて『帰ってきた』
私たちは、思わず声を上げる。
「本当に便利だよなコレ。
王都・フォルロワにも欲しいところだが」
「えっ!?
そちらには無いのですか?」
ライさんのつぶやきに、ティエラ様が
思わず振り返る。
「あー、心配しなくてもランドルフ帝国の
大使館を建設するまでには作ってもらう
つもりだ」
「魔族領にはすでにある。
ただ余がいないとゲートが繋がらないので、
各国に出向く必要があるのだ」
マギア様も捕捉するように会話に参加する。
「ウチのミッチーがいてこそだけどなぁ。
ゲートを繋げたい時はアタシを通してね♪」
「お、お手柔らかに……」
フィリシュタさんの言葉に、ミッチーさんが
困惑したように答え、
「じゃーせっかく来たんだし、
ちょっと食べて来るわー♪」
「あまり長時間いられませんよ?
1時間以内に帰りますので」
「らっじゃー♪」
と言って彼女は、部下の手を連れて―――
恐らく中央区へと走っていった。
「シンー、私たちもちょっと見て来ていい?
少し食材を補充していきたいし」
「屋敷を一度見ていきたい。
あと児童預かり所へ、ラッチを連れて
行きたいしのう」
「そうだね。
私もギルド支部へ顔を出してくるよ」
こうして私も、メルとアルテリーゼ、
ラッチと共に中央区まで行く事にし、
「マギア様はどうしますか?」
「一時的に戻って来ただけだし―――
帝国に残っている面々のために、何か
土産でも買うとしよう」
魔王と配下二人の行動も決まり、
「ティエラ王女、あなたは?」
ライさんの言葉に、彼女はハッと我に返り、
「そ、そうですね……
どうしましょうか」
「なら、俺やシンと一緒にギルド支部にでも
行きましょう」
ティエラ様はコクコクとうなずくと、
それぞれが行動を開始した。
「またトンボ帰りか、忙しいな。
ま、王都へは次のワイバーン便で
知らせておくよ」
アラフィフの筋肉質のギルド長―――
ジャンさんが見送りの言葉をかけ、
「お気をつけてッス!」
「帰る時はこのゲートですか?」
小一時間ほどして……
褐色肌の青年・レイド君と、丸眼鏡の秘書風の
女性・ミリアさん―――
次期ギルド長夫妻の二人も、一緒に西側北の
農業エリア地区まで来てくれた。
「まあ船で帝国まで行ったので―――
船で戻るとは思います」
「一応ゲートの事は、上層部の機密になると
思うしな」
私とライさんがミリアさんに返し、
「よしよし、米とミルクがたっぷり手に
入ったよ♪
まだあっちは稲作も酪農も始まった
ばかりだから」
「児童預かり所のみんなも元気で安心したわい。
ラッチを引き離すのに苦労したがの」
「ピュ~……」
家族も短い時間ながら―――
里帰りを満喫したようだ。
「こちらもお土産は十分持ったしな」
「ではマギア様」
「こちらはいつでも帰れます」
魔王の配下二人も、それなりに荷物を
抱えていたが、
「……ティエラ王女。
そんなに買い込まなくても。
国交を結べば別に―――」
そう言うライオネル様の視線の先には、
荷物を両手いっぱいに抱えるティエラ様がいて、
「しっ仕方ないじゃありませんか!
こちらの扱っているアオパラの実や、
それを使って出来ている石鹸水などは、
あちらでは超貴重かつ高級品ですので!
髪をまとめる輪ゴムという物も……!」
そういえば、シャンプーやリンスもどきも
すでにこちらで作っていたしなあ。
(■62話 はじめての たっぐまっち参照)
それにこちらの品は彼女の言う通り、
向こうからすれば舶来品のような扱いだろう。
あと荷物の中に見えるのは……
子供たち向けに作った、果実入りのアメや
ジャムサンドと言った駄菓子。
それと干し柿もチラホラと―――
「まあ、そろそろ帰りましょう。
エンレイン王子様やヒミコ様もお待ちで
しょうから」
すると私より前に、フィリシュタさんと
ミッチーさんがゲートの前に立ち、
「う~食った食った。
いつかここのラーメン、全種類制覇するわー」
「そ、それでは失礼いたします」
二人を先頭にみんなは次々とゲートに入り……
魔界経由でランドルフ帝国へと帰還した。
「それで今―――
フィリシュタさんとミッチーさんは、
魔王・マギア様たちと一緒に魔族領大使館で
待機しています」
小一時間ほどして……
王宮の合同待機部屋に戻った私たちは、
残っていたメンバーと情報共有していた。
「ゲートの話は聞いていましたけど、
本当に一瞬で移動出来るんですね」
「ここからウィンベル王国まで―――
行き来するのにそんな短時間で済むなんて」
同じブラウンの髪をした、半人半蛇の少女と
その専属奴隷の少年……
エイミさんとアーロン君が驚きの声を上げ、
「いーなー。
帰り、私もそれで戻っていい?」
「ですから、機密の話になりますのでそうそう
使えるものではないと―――
お話しにありましたでしょう」
移動用水槽に入った人魚族のスクエーアさんを、
ロック・タートルのオトヒメさんがたしなめる。
「その、魔界王様を紹介するのはいつの話に
なるだべ……でしょうか」
ずんぐりした体形の、熊型獣人のボーロさんが
フィリシュタさんについてたずね、
「ティエラ王女に話は通してあるから、
帝国の都合次第だろう。
もっとも、今頃あちらは―――
緊急会議とやらを召集している頃だろうが」
「大使館を作らせた真の目的……
『ゲートを通じ、時間・地形的制約を無視して
帝国内に侵入可能』
これを知った彼らがどうとらえるか、ですね」
王族同士、ライオネル様とエンレイン王子様が
所見を述べる。
今回、ランドルフ帝国まで来た本当の狙い―――
それは『喉元に刃を突き付ける』事。
一度大艦隊を撃退したとはいえ、
こちらの戦力の少なさ、また海を隔てた
地理的優位を前提に、侵攻を企む者は
出てくるだろう。
だから敵意を捨てさせなければならない。
ゲートはそのための手段。
後は相手がそれで、判断を誤らない事を
祈るしかないわけだが……
「さて、こちらからは以上だが―――
何か問題があったり、報告する事が
ある者はいるか?」
ライさんが話を振ると、緑の短髪と
エメラルドグリーンの瞳を持つ少年が
おずおずと片手を挙げ、
「例の『奴隷殺し』と、新しい果実の
増産は順調です。
ただずっとボクが帝国にいる事も
出来ませんので、今のうちに畑を
広げた方がいいかと」
「??
農地の拡大については、帝国側から許可を
もらっているはずだが」
ライオネル様が首を傾げると、
土精霊様も片手の手の平を広げて口を隠し、
「あ……
もしかして許可のあった土地、もう全部
使っちゃったかもしれません」
「そりゃ広げ過ぎだわ。
まあ、悪い事じゃないし後で帝国に
もっと農地が無いか相談してみる」
すると今度はヒミコ様が、エンレイン王子様の
隣りで片手を挙げ、
「私もよろしいでしょうか?」
「ん?
そっちにも何か問題が?」
意外な人物が口を開いた事で、全員の視線が
注目する。
「はい。
帝国のワイバーンたちに会う許可をもらい、
また彼らの待遇改善を進めてもらっている
最中なのですが―――
今は人型になるワイバーンも増え、
人間との意思疎通も滞りなく行えるように
なってきました。
ですがそれだけに、不満も伝わりやすく……
恨み骨髄の者もおりますから」
室内に、『あちゃー……』『あー……』
というため息交じりの声が充満する。
まあそれは予想するべきだったのかもしれない。
帝国のワイバーンは我々との関係のように、
お互いに同意・納得してのものではない。
酷い場合には雛や卵を人質として、
強制的に従わせていたと聞く。
しゃべれるようになれば―――
恨み言の一つも言いたくはなるだろう。
「一触即発の状況ですか?」
「そこまでではありません。
人の姿になれるようになってからは、
女はワイバーン騎士からの求婚が……
男は貴族や豪商の令嬢たちから、
見合いの話が殺到しているようですので」
夫(予定)の問いに彼女は答え、周囲に
安堵の空気が広がる。
「人化した場合―――
たいてい美形さんになるからねー。
あちらのワイバーンもムサシ君を始め、
美男美女揃いだったし」
「魔狼もそうであったしのう」
「ピュピュ」
メルとアルテリーゼの言葉に、赤髪の冒険者と
ダークブラウンの美女が顔を赤くしてうつむく。
「リ、リリィは確かに美人ですが」
「わ、私の場合はフェンリルのルクレセント様の
ご加護によるものかと」
ケイド・リリィ夫妻の様子に、周囲は
和やかな雰囲気となり、
「まぁなんだ。
それでもここまで来て、問題化しそうな事は
放置出来ない。
せっかく上手く事が進みそうなんだ―――
騒ぎになりそうなタネは何とかしておかねば」
ライさんの言葉で、全員がやや緊張感を
取り戻す。
「しかし相手はワイバーンですからね……」
「一番恐れているのは、ワイバーン同士の
戦いに発展する事です。
ドラゴンのアルテリーゼ殿なら、負ける
気遣いはないでしょうが―――
人外や亜人をぶつけるのもそれはそれで……」
エンレイン王子様とヒミコ様の意見に、
みんなが考え込む。
こちらはランドルフ帝国に直接的にではないが、
亜人・人外との共存路線に舵を切ってもらうよう
暗に要求している。
それが他種族をけしかけて大人しくさせる、
というのは本末転倒だ。
「となると、その不満は人間が受け持つべきか」
「出来れば話し合いで―――
それでいて、戦闘になっても大丈夫な
人間がいればいいのですが」
ウィンベル王国とマルズ国の王族が眉間に
シワを寄せて話し合う。
交渉次第ではブチ切れる可能性もあるからなあ。
しかし話し合いも戦闘も出来る人間となると。
「……ん?」
そこで私は―――
全員の視線が自分に注目している事に気付いた。
「ヒミコ様!」
「どうして我らが不満を理解してくださらぬ!」
翌日―――
私は妻二人とヒミコ様と共に、取り分け
不満を抱くワイバーンの一団との顔合わせに
向かった。
すでに彼らは人化しており……
十代後半から二十代前半と思われる青年たちが、
臨戦態勢で出迎え―――
その中に女性の姿はない。
私は小声でヒミコ様に耳打ちし、
「(意外ですね。
雛や卵を取られたという事から、女性の方が
不満を持っているのかと)」
「(それが将来的な戦力となるのを見越して、
人質とされたものの、手厚く保護されて
いたようなのです。
なので女性やその夫の方は、それほど恨みを
持っていないようで)」
そういう事情もあるのか。
それで男……
独身者の方が恨みが深いというわけだ。
こういうのは、一番エネルギッシュな若者が
不満を抱くものだろうし。
そう考えているとヒミコ様は一歩前へ歩み出て、
「静まりなさい。
私はこの地に争いをもたらしに来たのでは
ありません。
争いを収めに来たのです」
ワイバーンの女王の言葉に、さすがに彼らは
一瞬大人しくなるが、
「では我らがこの恨みは!?」
「何も無しで済まされるおつもりか!?」
今度はメルとアルテリーゼが、
「だからそれを話して欲しいのよ」
「そちらからの要望は可能な限り聞く
つもりじゃ。
悪いようにはせぬから」
なだめるように申し出るも、
「何だそこの人間の女どもは!」
「食い殺されたいか!?」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、
アルテリーゼが『元の姿』になり、
「ド……ドラゴンか!?」
「なぜドラゴンまでもが人間の味方を!」
さすがにドラゴンの登場に彼らは動揺を
隠せない。
そこで、すっ、とヒミコ様が彼らに向きを変え、
「このアルテリーゼ殿は、人間であるそこの
シン殿の妻です。
彼は、あちらの大陸で―――
我らと人間との仲……
いや、様々な種族との仲を執り成した者。
そして信用のおける者だと思っています。
どうか彼の言葉に耳を傾けてくれませんか」
およそ十数人と思われる青年たちの間に、
ざわざわと不安な空気が広がるが、
「な……なぜヒミコ様だけではなく、
ドラゴンまでもが脆弱な人間に屈して
いるのだ?」
「少なくとも我らは―――
弱き者の言葉に耳を貸すつもりは無い!」
それを聞いたワイバーンの女王は、
両目を閉じてふるふると首を左右に振り、
「強い者の言う事しか聞かぬというのであれば、
それまで支配された事に文句を言うのは
筋違いでしょう。
弱いから支配されたのですから」
「う……っ」
「そ、それは―――」
彼女の指摘に、ワイバーンの青年たちは
言いよどむ。
「それに脆弱と言いましたが……
シン殿はお強いですよ?
私も、そこのアルテリーゼ殿も、
当然あなた方も勝てません。
無暗に敵を作る事の愚を知りなさい」
しかし青年たちも負けじと言い返し、
「納得出来ません!」
「ほとんど魔力も感じませんぞ!
その者に負ける事など考えられません!!」
ここで空気クラッシャーのメルが動き、
「それならやってみたらいいじゃん。
ワイバーンの姿でも人間の姿でも―――
全員でシンを襲ってみれば?」
メルさんや、それは挑発と言うのでは?
見ると案の定、青年たちのブチ切れ具合が
伝わって来て……
「上等だ!!」
「ケッ!
人間の姿でも十分だぜ!!」
「俺は元の姿でやる!!
ヒミコ様、万が一の事があっても文句は
ありませんね!?」
煽り耐性が無さ過ぎでしょう君たち……
と思っていると、
「出来るものならやってみるといいでしょう。
その時はもう、そなたたちを止めは
しません」
その言葉に彼らはさらにヒートアップ。
ワイバーンの姿で牙をむく者、
人間の姿で握りこぶしを固める者と、
みんな戦闘態勢になる。
このままでは話し合いは出来ないと私も判断し、
「アルテリーゼ、人間の姿になってくれ」
そう言って彼女を人化させると、
メルとヒミコ様と一緒に下がらせて、
「燃焼物を生成、吐き出すなど
・・・・・
あり得ない。
魔法など
・・・・・
あり得ない。
その筋肉と骨格では、巨体で飛行する事は
おろか、立つ事も―――
・・・・・
あり得ない」
およそ一通りの条件を小声でつぶやくと、
「ギィイイィッ!?」
「ギュオーッ!? ギュオォオッ!?」
まずワイバーンの姿になった青年たちが、
その翼ごと巨体を地面に押し付けるように倒れ、
「な、何しやがったオッサン!」
人間の姿のワイバーンが一人殴り掛かって
くるが、恐らくは身体強化前提なのだろう。
足が空回りするような動きで、私の直前で
うつ伏せに転び、
「な……な……!?」
両手で立ち上がろうとするところを、
すかさず片腕を内側へ回して極めて、
「折りたくはないので、出来れば降参して
頂きたいのですが」
私の言葉に素直にコクコクと彼はうなずき、
「さて次は?」
それを見た彼らはすでに戦意喪失したようで、
やっと『話し合い』に進む事になった。