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「待て!」
「空澄、顔出すなよ」
「でも、何人追ってきてるか、見た方がいいだろ……うわっ」
「……ッチ」
空澄の機転を利かせた作戦のおかげで、男共のバリケードは突破できたが、人気のない廊下を、永遠と追いかけてくる。後ろから銃声音が鳴り響き、足下、肩すれすれと銃弾が飛んでくる。何とか、背中越しに殺気を捉え、銃弾を見切って避けてはいるものの空澄を抱えながら走るのには限界があった。このままじゃ追いつかれる。
「空澄」
「何だ!? あずみん」
「このホテルのマップ、頭に入ってるか?」
「任せろ、あずみん! バッチシだ!」
「フッ、頼もしいな。道案内頼めるか?」
空澄は「任しておけ!」と自信ありげに言って、次の角を右に曲がるように指示した。
通常のホテルとはかなり違う構造になっているため、曲がり角や広い空間、永遠と続いているように見える廊下など敵をまけそうな場所は幾つもあった。空澄にはそういう風に走れるよう、案内して貰いどうにか下のフロアまで降りることが出来る。だが、男達も体力と俺達の動きを詠んでいるのか何処までも追いかけてくる。これではらちがあかない。
(あんな初歩的なものに引っかかるくせに、どうして俺達の動きを理解している? 内通者? それとも、誰かが指示しているのか?)
いくら何でもすぐに追いつけすぎだと違和感を覚える。男の一人をとっ捕まえて、誰が指示しているのか聞きたいところだが生憎そんな余裕はない。ただ逃げることで精一杯で反撃のチャンスなどない。それに、あの会場にいた人達まで巻き込んでしまえば大事になる。
「ふ、ははっ」
「何笑ってんだ、空澄」
「いや、こんな状況でダメだなあって思ってるんだけど、何だか楽しくって。あずみんと何だっけ、逃亡生活……違うな、駆け落ちみたいな」
「何馬鹿な事言ってんだ。お前は、命を狙われてるんだぞ」
「そうだな。でも、これが初めてじゃないし、慣れてしまったというか」
と、空澄は何てこと無いように言う。
俺が殺しを当たり前とし罪悪感を感じないことになれてしまったように、空澄も命を狙われることが日常茶飯事で慣れてしまったとでも言うのだろうか。
(そんなの笑い事じゃねえし、悲しすぎるだろ)
命を狙うものとして、狙われるものの気持ちなど考えたことなかった。だがこうして、友人がそれに苦しめられていることも忘れて生きているのを目の当たりにして、自分が如何にちっぽけか思い知らされる。
暗殺者として生きてきた自分とはあまりにも違いすぎて。だが、その差を埋めることはもう出来ない。だから、俺が守らなければ。空澄を絶対に守ってみせる。
「絶対にお前を守るからな」
「おう! あずみんは最強だって、俺様知ってるからな!」
「……」
喜んで良いのか分からない言葉をかけられ、微妙な顔で微笑む。そんな俺に持ち前の眩しい笑顔で返してくれる空澄。この笑顔を守りたいと思った。
(このまま、一旦会場に戻るか……さすがにあの中で拳銃をぶっ放すって事はないだろう)
先ほどは巻き込んではいけないと思っていたが、大勢の中に身を隠した方がいいのではとも思い始め、この下のフロアにある会場へと戻ろうと角を曲がったときだった。ガッと足を引っかけられ、盛大に俺と空澄は転んでしまった。
「……は、先、周り?」
角から現われた一人の男は、俺に銃口を向け見下ろした。何の躊躇もなくその引き金に指をかける。
(避けられるか……いや、足が)
じくんと痛む足に、身体は動かないとと必死に呼びかけていた。その間にも男はゆっくりとその指を曲げる。そして……
パンッ――――
乾いた銃声が響き、視界が真っ赤に染まる。ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ……と後から降ってきた血が頬に付着する。
「……あす、み?」
スローモーションに見えたそれは、すぐに動き出し、ドサリと倒れた空澄は俺の腕の中で気を失っていた。
「おい、空澄、空澄!」
揺さぶるが返事はない。そうして、二発目と男が俺に銃口を向け直しているのが分かった。だが、それよりも、目の前で起きた悲劇に衝撃に周りが見えなくなっていた。
「うん、矢っ張り巻き込まれているね」
と、男が出てきた角から姿を現したのは先ほどまで会場にいた華月だった。華月をみると、男は銃を下ろし俺達から離れていく。
「退屈になって出てきたけど、矢っ張りだ。よかったね、ぼくが来て」
そう華月は言いながら俺達に近付いてくると、男はその場を走り去って言ってしまった。華月財閥が雇った奴らではないのかと、安心しつつもタイミングの良さに俺は空澄を抱きしめながら華月をみた。華月は「おー怖い」と感情のこもっていない言葉を放つ。
そうして辺りを見渡した華月はもう一度俺と空澄を見下ろすと、そのルビーの瞳を細めた。
「だから言ったじゃん、関わらない方がいいって。忠告もした。それを無視したのはきみ」
「何を知っている?」
「何も知らないよ。でも、さっきの男達はぼくの父さんが雇ったんじゃない。でも、事前に潜入するっていうのは知っていたから、荷物チェックをなしにした。今回は、華月財閥主催のパーティーだったからね。そういう融通も利いたって事」
「そんなの共犯じゃねえか」
知らないよ。ぼくは何もしてないし。と華月は他人事のように言った。確かに、財閥の御曹司である華月の責任ではないが。
手に広がっていく生暖かい感触に耐えられず歯を食いしばっていれば、華月は空澄を指さした。
「それ、早くしないと死んじゃうよ?」
「お前、空澄を物みたいに!」
「実際そうかも知れないじゃん。立役者、影武者……周りの目をそらすための『囮』。さっきも言ったけど、ぼくにはなーんも関係無いからね。囮の友人さんが決めなよ。囮と一緒にいるか、いないのか。いるなら、覚悟が必要だと思う。空澄財閥の闇と向き合う覚悟、がね」
そう言って、自分の役目は終わったとでもいうように華月はその場を去って行った。そして、暫くして駆けつけた警備員や空澄財閥の関係者らが警察と救急車を呼び、空澄は搬送されることとなった。