最初は、ただのごっこ遊びだった。
手で銃の形をまねて、「ばん!」と言えば、「ぐわー!」とか、「やられた!」であるとか、とにかくそういったいいリアクションをとって倒れる。子どもの間のごっこ遊びでは、暗黙の了解だった。だから私も、人差し指を相手のほうにむけて、左手を手首に添える。よしやってやるぞ、倒してやるぞと勇ましく、「ばぁん!」と声変わりもしていない可愛らしい声で、言う。
撃たれた友達が倒れる。周りの友達はきゃっきゃと喜んでいる。私も、上手く倒れるなぁとその友達に感心した。
だがどうやら私のそれは、架空のものではなかったらしい。その時のことは今でも鮮明に思い出せる。全てが狂い始めた、5歳の夏。セミの鳴き声がじわじわと私の視界を侵食するように、耳に響く。風景は陽炎と共にゆらゆらと揺れ、ゆっくりと時が進む。私の時を刻む時計は、そこからやけに、刻み方が遅くなってしまった。
それから、20年の時が経った。
都内某所のビル群のうちの1つ。街路樹が立ち並び、人が往来する道がよく見えるその部屋は、今の私の職場だ。掃除の行き届いていないこじんまりとした空間は、私の仕事をするだけなら十分だった。…私の仕事がなにか、というのを一言で説明するのは、かなり難しいと思う。事務職でもあり、営業職でもあり、時折配達員になったりもする。金融も取り扱う。そんなオールラウンダーな仕事を一言で表せ、と言われたら、世間一般にそれを言い表す言葉がない限り、無理だろう。だが安心してほしい。幸いにも、私の仕事は、一言で表せる。言い方は色々あるが、いわゆる「やくざ」と言うものだ。だが私は今挙げた仕事内容の中のどれにも属さない。
なぜかって?それは私の仕事が、人を殺すのを生業とした仕事だからだ。事務職、営業職、配達員、金融、そのどれにも当てはまらない。要するに私は、 “やくざのお抱え殺し屋”というやつだ。真っ当な社会人のカテゴリーに、私の仕事は含まれていない。タウンワークなんかの求人誌で、「殺し屋 日給10万円」などと掲載されているような世の中なら、おそらく日本はこれほど平和ではないだろう。
ではなぜ私が、ビルの小さな部屋にいるか。 答えは簡単。人を殺すためだ。依頼された人物を、ここから狙い撃つ。そのために、ホコリで咳き込んでしまうくらいに汚いこの部屋で、じっと待機しているのだ。私はいつものように、手を構え、人差し指を標的の男のほうに向ける。
私は、「ばん」
と一言呟く。標的が倒れる。突然その場に倒れた男の周りに、人だかりがわらわらとできる。助けを呼ぶ男。救急車を呼ぶ女。倒れた男を携帯のカメラで撮る若者たち。いつも見ているこの光景は、お世辞にもいい気分になるとは言えなかった。
私のこの力のことを知っているのは、私自身と、私の雇い主と、私の両親だけ。といっても、その詳細については、私しか知らない。
指を構えて「ばん」と銃声を口で言うと、一発、銃弾が撃てる。撃てるのは1日一発。だが、6日間連続で撃つと、その後一ヶ月ほど銃弾は撃てなくなる。ちなみにここで言う“銃弾”とは、本物のものではない。撃った相手は、突然魂がどこかへ行ってしまったように、脳の機能が停止する。らしい。だから“銃弾”とは、それを引き起こす原因を表す、比喩表現だ。
もう少し詳しく私のことについて話したいが、失礼、電話がかかってきた。一旦中断させてほしい。ブルブルと震える携帯電話をポケットから取り出し、耳をあてる。
「おい霧島、澤田は始末したか? 」
携帯から聞こえる野太い男の声は、私の雇い主の声だ。澤田とはおそらく、標的のことだろう。
「今終わりました」
「そうか、よくやった。いつも通り明日は休みだ。給料は振り込んでおく。また頼む」
と、語調を変えずに男は言う。私は、雇い主に対して、いくつか進言した。
「近藤さん、私はいつまでこの仕事を続けなければいけないのでしょうか。今回で終わりとの話でしたが。それに、報酬の払いも悪い。今のままだと、私は暮らしていけませんよ 」
男はわかりやすくため息をつきながら、少し語調を強めて言う。
「お前、今までお前に俺がいくら払ったと思ってる?仕事のねぇお前に、仕事をやったのは誰だ?ぐちぐちと文句を言う暇があったら、次の仕事のことでも考えてろ。それに、お前の胡散臭い力を使えるのなんてここしかねぇんだ、諦めろ」
「私は、普通に戻りたい」
「お前、いつからそんな風になっちまったんだ?普通?お前が?人殺しが何言ってやがる。今更戻れねぇよ」
と私に言い捨てて、ブツッと電話は切れた。私は携帯電話を握りしめるが、どうすべきかも分からず、ポケットにすっと仕舞った。
明日は休み。今日でちょうど6発、撃ちきった。だから明日は、人を撃たずに済む。束の間のゆとりを得た私は、咳き込みながらビルを出る。忌み嫌うこの力を、使わなくて済むと思うと、どこからか安心がこみ上げる。
だがそんな私の思いとは裏腹に、明後日からの6発は、私の人生において、最も長く、最も重く、そして、最も印象深い6発になるとは、この時は知る由もなかった。
コメント
2件
やっったー!!キャッホォー!!!((うるさい 新作!!かっこいい雰囲気の物語だ!!