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レイチェルの部屋を後にし
時也は静かに廊下を歩き出した。
胸の中に残る
微かな不安を押し殺しながら
足音を立てないように慎重に進む。
リビングに戻ろうと
階段を下りかけたその時
ふと視界の端に動く影が映った。
階段下
そこには、アリアが静かに立っていた。
薄いストールを肩に掛け
月光を背負ったその姿は
どこか幻想的で儚げだ。
時也は足を止め
少し驚いたように彼女を見つめた。
「⋯⋯アリアさん
待っていてくださったんですか?」
その問いかけに
アリアは僅かに頷いた。
その動きすらも優雅で
気高い美しさが漂っている。
時也は少しだけ微笑み
階段を降りると
静かに手を差し出した。
アリアは、その手をそっと取る。
指先が触れ合うだけで
互いの温もりが確かに伝わってくる。
「ソーレンさんが居ますし⋯⋯
もう、大丈夫でしょう」
時也が優しく囁きかけると
アリアは微かに
安堵の表情を浮かべた。
その様子を確認しながら
時也は彼女の手を引き
リビングへと戻る。
青龍が待っている
ソファの前まで導くと
アリアをゆっくりとそこに座らせた。
だが
時也が手を離そうとした瞬間
アリアが
その手を握ったまま放さなかった。
一瞬だけ
時也は戸惑いの表情を浮かべる。
しかし
アリアの瞳には
確かに何かを案じている色が見えた。
(⋯⋯お前が、まだ⋯辛そうだ⋯⋯)
アリアの心の声が、胸に直接響く。
その優しさに
時也はフッと微笑んだ。
彼女の前に膝をつき
自然な動作で
彼女の手を両手で包み込む。
「お優しいですね⋯⋯
貴女が案じてくださるだけで
僕は幸せを感じられますから
⋯⋯もう、平気ですよ」
その穏やかな声に
アリアの瞳が微かに揺れた。
時也はそっと手を離し
代わりにアリアの足元に視線を落とす。
アリアの足元には
月光に照らされた
白い肌が輝いている。
そっと手を伸ばし
彼女の足に軽く触れた。
冷たく
けれど滑らかなその感触が
時也の心を静かに満たしていく。
「今宵は⋯⋯良い夜ですね。
貴女を愛するのは
〝僕だけ〟になれたのですから」
その言葉と共に
時也はアリアの足の甲に
ゆっくりと唇を落とした。
ほんの一瞬だけ触れるその接吻には
誓うような忠誠と
執着に似た愛が込められていた。
微かな吐息が零れ
月明かりがその仕草を柔らかく照らす。
しかし
次の瞬間
突然アリアが持ち上げられた足とは
反対の足で
時也の身体を反射的に蹴り飛ばした。
「⋯⋯わぅ⋯⋯っ!」
時也は不意を突かれ
軽く弾き飛ばされて
床にひっくり返る。
後頭部が床に軽くぶつかり
呆然とした表情のまま
天井を見上げた。
青龍がその様子を見て
静かにため息を吐く。
「⋯⋯さすがのアリア様でも
足の甲に接吻などと⋯⋯
お恥ずかしいのか
擽ったかったのでしょうな?
やれやれ⋯⋯」
こてんとひっくり返った時也を見て
青龍は軽く首を振る。
その冷静な指摘に
時也は苦笑を漏らし
青龍の手を借りて立ち上がる。
アリアは無表情のままだが
その頬が僅かに紅潮しているのを
時也は見逃さなかった。
時也は苦笑を浮かべながら
そっとアリアに向き直った。
「⋯⋯ふふ。
すみません、アリアさん。
でも、どうしても⋯⋯
そこでなければ⋯ならなかったんです」
アリアと青龍が同時に首を傾げ
不思議そうに見つめる。
時也は再び膝をつき
アリアの手を取って軽く握りしめた。
その温もりが
確かに感じられる事で
胸の奥に溜まっていた不安が
少しずつ解けていく。
「⋯⋯では、もう休みましょうか」
そう言って時也が手を差し出すと
アリアは静かにその手を重ねた。
繋がれた手が
互いの鼓動を感じ取るかのように
温かい。
時也は穏やかな笑顔を浮かべ
アリアを導きながら
再び夜の静けさへと身を委ねた。
青龍はそんな二人を見守りながら
静かに目を伏せ、深く一礼する。
⸻
寝室の扉が静かに閉まり
部屋の中に二人だけの空間が広がった。
時也はゆっくりと灯りを調整し
薄明かりが室内を優しく包み込む。
その淡い光の中で
アリアは静かに佇んでいる。
先程までの
月明かりに照らされた姿とは異なり
より人間らしい温もりが
そこにあった。
時也はアリアの傍に歩み寄り
優しく微笑みながら
手を差し出した。
「アリアさん
ストールをお預かりしますね」
穏やかな声に
アリアは一瞬だけ視線を伏せた。
しかし、次の瞬間
アリアはストールには触れず
ゆっくりと寝間着の腰紐に手をかけた。
しゅるりと
柔らかな布擦れの音が部屋に響く。
解けた腰紐が滑り落ち
寝間着が肩から零れ落ちるように滑り
アリアの肌が露わになる。
白磁のような滑らかな肌が
薄明かりに照らされ
柔らかな陰影を作り出していた。
その姿を見た時也は、一瞬息を呑む。
「⋯⋯アリアさん?」
その言葉に
アリアは深紅の瞳で
静かに時也を見つめた。
その瞳には
揺るぎない想いが宿っている。
アリアは何も言わず
細い両腕をゆっくりと持ち上げ
時也の首に絡めた。
その動きはどこか妖艶で
けれど確かに意志を感じさせる。
時也は自然に腰を屈め
アリアの顔を間近に感じた。
「⋯⋯お前は、何に⋯怯えている?」
その問い掛けが
時也の心を突き刺す。
まるで
隠していた本心を
暴かれたような感覚だった。
時也は一瞬だけ目を伏せ
直ぐにアリアを抱きしめ返した。
強く、まるで奪わせまいとするように。
「⋯⋯貴女は、誰よりも慈愛に満ちた
そして、誰よりも美しい人です。
誰もが愛する⋯⋯
魔女にとっての唯一無二
絶対なる女王⋯⋯」
その言葉に
アリアは微かに眉を動かした。
時也は
さらに力を込めて
アリアを抱きしめた。
その温もりが
自分から離れていかないように
強く、そして優しく。
「僕は⋯⋯
貴女を奪われたくないんです。
誰にも⋯⋯他の魔女にも
不死鳥にも⋯⋯」
時也の声が少し震えた。
心の奥底に隠していた不安と恐怖が
言葉となって漏れ出している。
アリアはその胸に
顔を埋めながら
静かに囁いた。
「⋯⋯違う。
私は⋯⋯今では⋯⋯
唯の⋯〝咎人〟だ」
その一言に
時也の腕が僅かに緩む。
アリアの声には
深い悲しみが含まれていた。
しかし
時也はそれを否定するように
強く抱きしめ直した。
「罪を贖うべきは⋯⋯不死鳥です。
貴女は、僕の愛する一人の女性です」
アリアはその言葉に
一瞬驚いたように目を見開き
ゆっくりと瞳を閉じた。
アリアは時也の肩を撫で
静かに問いかけた。
「布一枚、持たぬ私でも⋯⋯か?」
その問いに、時也は迷いなく頷く。
「はい。
不死鳥の力など無くとも
アリアさんは僕の⋯⋯女王です」
その確信に満ちた声に
アリアの唇が微かに動いた。
「勘違いするな⋯⋯」
その言葉に、時也は一瞬戸惑う。
アリアは顔を少しだけ背けながら
静かに続けた。
「私の名は⋯⋯アリア・櫻塚⋯⋯
唯の⋯お前の〝妻〟だ⋯⋯馬鹿者」
その言葉が
時也の胸に深く突き刺さった。
次の瞬間
時也の顔がパッと明るくなる。
嬉しさに瞳が輝き、感情が溢れ出す。
「アリアさん⋯⋯」
時也は
再びアリアを強く抱き締めた。
その首筋に顔を埋め
深く息を吸い込む。
柔らかな髪の香りが
心の奥底まで染み渡っていく。
「今夜は隅々まで⋯⋯
アリアさんが僕の妻である事を
実感しても⋯⋯良いですか?」
その囁きは
甘く優しい響きで
アリアの耳元に届いた。
アリアは時也の肩に顔を寄せながら
僅かに頷いた。
それを感じ取った時也は
ゆっくりとアリアを抱き上げ
ベッドへと歩き出した。
互いの温もりが重なり合い
夜の静けさが二人を包み込む。
不安も悲しみも
すべてを消し去るように
二人は愛を確かめ合う為に
そっと重なり合う。
アリアの指が時也の髪を撫で
時也の手が
アリアの背中を優しく支える。
今この瞬間
二人だけの世界が
確かにそこにあった。
夜の帳がゆっくりと下り
揺れる二人の影を
柔らかく包み込んでいく。