「…どうして分かるの…?」
「唇を見りゃ、分かる」
「…っ…ぃたっ…」
「才花ちゃん、それはデコピンの真似で羅依のデコピンの半分以下の威力。はい、水」
いやいや、立派なデコピンだよ…額を擦る私にタクが冷蔵庫から出した水を手渡してくれる間も、羅依は私を睨み付けてる。
「…怖いってば…」
「仲いいんですね、3人は」
香さん…どこを見てそう思うの?
私はめちゃくちゃ睨まれて、無言で怒られてるんだけど…?
「そうですね。アナタのように、そうやってじっとしていられないくらいには、相手のことをわかって動ける者同士ですから」
タクは自分が冷蔵庫に行ったことを自慢気に香さんに言うと
「才花ちゃん、荷物をまとめて帰る用意して」
と私の額を覗きながらクスクスと笑う。
「病院を紹介してもらうにしても、才花ちゃん一人で生活できないよ」
「そうよ。アパートの2階で、しかも畳の部屋でなんて無理よね」
洋輔さんと香さんの声に、私を睨み付けていた羅依が無表情へと変わる。
「言いたいことはそれだけですか?」
「…はい」
「才花、大切な人に電話しろ。退院と病院についてはこの二人から説明してもらうとして、俺の部屋に来ることを伝えておけ。俺が話そうか?‘生活できない’‘無理’とは言っても一緒に生活すると言わない者に用はないので、どうぞお帰りください。俺が責任持って才花を預かる」
「ってか、失礼を承知で言わせてもらいますけど」
もう一度スタッフステーションに行くつもりであろうタクが、中途半端に立ち止まった。
「その大切な人って、才花ちゃんのお母さんみたいな人だろ?」
「うん、叔母」
私がスマホを握りしめて応えると、タクは声を低く落とした。
「木村さん親子って、才花ちゃんの叔母さんのおつかいのようにここに来たんですね。最初から最後まで、木村さんからは手術の同意を早く取り付けたい気持ちだけが強く伝わってきて、香さんからは羅依や俺への興味の視線は感じるけれどお見舞いの意図は感じられない。二人から一度も才花ちゃんに、入院の不便や必要な物を聞いたりしないのに何のために来たのか…叔母さんの安心のため。以上」
すっごく嫌な人のトーンに驚いたけど、次のハイトーンにさらに驚いた。
「香さんって、俺たちを知っていて興味津々ってことはあの界隈で遊んでいる子だよね?いつもありがとうございます。どんどん遊んでください。金を落としてくれるお客さんは大歓迎だよ」
コロッと雰囲気を変えた彼の言葉から、彼らがどこかのお店などをしていて有名人なのかと想像するけれど、興味はないな…私の中には夢を断たれた行き場のない気持ちが充満していて、今も薄っぺらいうわべだけで皆の話を聞いているのだ。
何でも自分で決断してきた。
けれど、今は思考が全く働かない。
しーちゃんも頼りにならない今、羅依の言う通りにするのがいいのかもしれない。
あの夜、一度彼のマンションへ行ったことが、こんなところで少しの安心感に繋がるとは微塵も想像していなかったけれど。
部屋の一部が思い浮かべられるだけで安心感は異なるように思う。
「もう一口飲んでからだ」
私がスマホをタップしようとすると、蓋を開けたペットボトルが目の前に差し出される。
「唇で分かるほどって、かなり渇いてただろ?あり得ねぇ…死にたいのか?」
「……」
「一人には出来ないな」
感情を音には乗せていないけれど羅依の冷たい声は、冷たい中で温度を変えたようだった。
洋輔さんたちはもう言葉もないようだが、しーちゃんとの電話を聞いてから帰るつもりなのだろう。
私はペットボトルを羅依に渡してから、しーちゃんに電話を掛けた。
コメント
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タクに全力で同意しますっ! そ、心配なんかしてない。ただ手術を受けますという言葉だけを聞きに、言わせようとしてるだけ。香さんについては、今日来て羅依達と会えていやん私ラッキー✌️才花ちゃんが仲良しから私も仲間に入れて!だけだね😤 才花ちゃん、しーちゃんとうまく話せなくてもきっと羅依が手を差し伸べてくれるよ。睨んでるのは心配で仕方なくて怪我させられたことに腹が立ってるからだと思う。今はお世話になることを伝えよう💪 冷たい声の中にも温度に変化があることに気付いた才花ちゃんの心の中に、すーって羅依が入ったきているのかも。