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16年目のKiss

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16年目のKiss

36 - 9.幸せのカタチ、一緒ならきっと -4

♥

71

2024年09月15日

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「どうしてそうなる……」

「転んじゃった」

そうでしょう。

はぁ、とため息をついた時、さらなる衝撃に襲われた。

「湊! なんでその靴履いて行ったの」

なんと、湊が履いていたのは買ったばかりでまだ一度も履いていない真っ赤なスニーカー。箱に入れたまま、靴箱の横に置いておいた。

埃をかぶって、くすんだピンクに見える。

「だって……」

「あーーー、ごめん。俺の真似したんだよ」

見ると、匡のスニーカーも赤。だったよう。

「俺のスニーカー見て、自分も赤いの持ってるって見せてくれて」

「とにかく、ふたりともそのままシャワー浴びたら? あ、匡ちゃんの着替えないか」

「車に積んであるんで、持ってきます」

匡が玄関を出ていき、湊がしょげた顔で私を見る。

玄関ここで靴下脱いで、お風呂場で服脱いで」

「はぁい」

「湊」

「?」

「楽しかった?」

「うん! 哲くんもお父さんと来てて、一緒にやったんだ。二対二で!」

「そっか」

「ほら! お喋りは後にして、早くシャワー!」

お母さんに急かされて、湊がもたもたと靴と靴下を脱ぐ。

ボストンバッグを持って戻ってきた匡も同じく、靴下を脱いで浴室に直行。

文字通り裸の付き合いをしている間も、湊が興奮気味に話しているのが、響いて聞こえた。

「よっぽど楽しかったんだね」

「うん」

ちょうど二回目のお好み焼きができた時、匡と湊がシャワーを終えた。

匡が持っていた着替えはスーツだったようで、ワイシャツにスラックスの格好をしている。

「なんで着替え持ってたの?」

「これから東京に行かなきゃいけないんだよ」

ワイシャツの袖を捲りながら、匡が言う。

「明日には戻る予定だけど、もしかしたら長引くかも」

「え!? 時間、大丈夫なの?」

「ああ。五時の便にしてあるから」

「あら、じゃあ、余計なこと言わなきゃ良かった?」

お母さんが匡と湊の箸とお皿を持って来て言った。

「余計なこと?」

「昨日、電話がきた時に、湊がサッカーしたがってるって言ったの」

「え? いつ電話?」

「千恵が湊とサッカーしてる時」

「聞いてないんだけど!?」

「そう? 千恵の電話が鳴ってたから、出ちゃった」

出ちゃった、って……。

「匡! コーラ飲む?」

返事を聞く前に、湊がキッチンにいく。

自分が飲みたいから、巻き添えにしたいのだろう。

湊がコーラの味を覚えたのは札幌に来てからで、最近はそればかり飲みたがるから困る。

「教えてもらって良かったです」と匡がお母さんに言った。

「湊、喜んでくれたみたいだし」

「でも、仕事忙しかったんでしょう?」

「半日くらい、大丈夫です」

大丈夫じゃない。

九月決算の会社が数社あるから、十月の半ばくらいまでは会いに来られないかもしれないと、前に来た時に言っていた。

せっかくの連休なのに、とも。

「けど、千恵が怪我してんのはビビッた。気をつけろよ」

「電話の後でやっちゃったのよ」と、お母さんが笑う。

「昔はバスケ部のエースだったとか、嘘だったりして」

二枚目を待つ梨々花が、テレビを見ながら言った。

嘘じゃないけど、バスケをやめて二十年近く経っている。昔の栄光なんて、運動不足のアラフォーの前ではなんの意味もない。

「それはホントだぞ? 千恵が飛ぶと、ポンポン点が入るんだよ」

「匡ちゃん、お母さんがバスケしてるの見たことあるの?」

「あるぞ? 中学だけだけど」

「あれ? 梨々花、お母さんと匡ちゃんが中学の同級生って知らなかったの?」

お母さんがお好み焼きをひっくり返しながら聞く。

「知らない!」

話したことがあるような気がするけれど、バタバタしている時で忘れているのかもしれない。

「ね、匡ちゃん! お母さんて中学生の頃は可愛かった?」

頃『は』と言われると、今はどうなのかと大人げなくムッとしてしまう。

「めっちゃ可愛かった。いや、格好良かった、かな」

素直に褒められると、それはそれで恥ずかしい。

「匡ちゃん、その時からお母さんのこと好きだったの!?」

さすが女子中学生JT。恋バナに前のめり。

「うん、実は」

「え!?」

声をあげたのは、私。

「聞いてないんだけど?」

「言ってなかったからな」

大学時代も、再会してからも、そんなことは聞いていない。

「今だから言うけどさぁ」

湊が、コーラが入ったコップを二つテーブルに置く。

ダイニングテーブルには、お父さん以外の五人が座って、ホットプレートを囲んでいる。お父さんは食べ終えて、ソファに座っていた。

「千恵を追っかけて東京の大学に行ったんだよね」

「……はぁ!?」

それも、初耳だ。

「高三の夏くらいに、友達伝いで千恵が東京に行くって聞いて?」

聞いて? じゃない。

そんな親も巻き込む人生の一大イベントを、昔好きだった女に合わせるなんて、驚きを通り越して呆れてしまう。


あれ? そう言えば――。


「好きな女と同じ大学に行きたかった、って……前に――」

「――そ。それ、千恵のこと」

その話を聞いた時、私は、匡には私と付き合う前に、それほど好きだった女がいたんだと、複雑な気持ちになった。


まさか、私のことだったなんて……。


確かに、大学で再会してから、割とわかりやすく一緒にいることが増えていた気がする。

改めて、自分がいかに匡に深く愛されていたのかを認識し、嬉しくて、恥ずかしくて、目を伏せた。

「素敵な話ねぇ」

お母さんがフライ返しを持って、うっとりしている。

「でもそれってさ? ストーカーじゃないの?」


おう。娘よ……。


「違うよ? 俺は堂々と千恵を口説いたからな! こそこそしなかった」


確かに、堂々とはしてたけど……。


「堂々とストーカーしたの?」

湊がとんでも発言をした。

「違うぞ? ストーカーってのは好きな人を怖がらせることだけど、俺は千恵を怖がらせたりしてないから。嫌がることもしてないから」


四年生相手に必死だな……。


「でも、別れちゃったんでしょ?」

焼きあがったお好み焼きにソースをかける梨々花を見て、そんなにかけない方が……と言いそうになってやめた。

仮にも年頃の女の子だ。

体型のことは言うまい。

いや、年頃ならそんなデリケートなことを興味本位でさらりと聞くのはいかがなものか。

「昔は昔! 色々あっても、こうして一緒にいるんだからいいの」

さすが母。うまく流した。

「そ! いいの、いいの」

お母さんからお好み焼きを渡されて、匡と湊がとっかえひっかえでソースとマヨネーズをかける。

「うまそ。あ! 忘れないうちに」

開けた口を閉じて、匡が席を立つ。

ボストンバッグの中から、封筒を取り出すと、梨々花に渡した。

「ほい」

「なに?」

「約束したろ?」

口をもごもごさせながら封筒を開けた梨々花が、「んーーーっ!!」と食事中じゃなければ叫んでいたろう唸り声を上げた。

「なに、あれ?」

私の隣に戻ってきた匡に聞く。

「梨々ちゃんが好きだって言ってたアーティストのサイン入りファンブック。梨々ちゃんの名前入り」


マジか……。

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