テラーノベル
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バスは夜の街をゆっくり進む。
車内は静かで、エンジン音だけが一定のリズムを刻んでいた。
ふと、隣に立つおじさんがポケットを探り始める。
何か落とした?——そう思った瞬間。
「…あの」
低くて、少しかすれた声。
え、今の、ウチに話しかけた?
「スマホ、充電…切れてたんですよね。」
「そー!完全に死亡w 今日マジ詰んだんだけど~」
ウチが笑うと、おじさんは少しだけ困った顔をしてから、カバンの中を探り、モバイルバッテリーを取り出した。
「よかったら…使いますか。」
一瞬、脳がフリーズする。
社畜オチ゛性格イケメンすぎ?
「え、神!?ブラック会社戦士、実は天使じゃん!」
勢いでそう言うと、おじさんの口元が、ほんの一瞬だけゆるんだ。
——今、笑ったよね。
その小さな変化を、ウチは見逃さなかった。
次のバス停が近づき、おじさんは小さく体を前にずらす。
「…ここで降ります。」
「あ、そっか!」
ウチはバッテリーを返した。
画面は無事に息を吹き返している。
「ほんとありがと~!助かりましたっ!」
深めにぺこっと頭を下げると、
おじさんは一瞬戸惑ってから、同じように軽く会釈した。
「…いえ」
バスが止まり、ドアが開く。
おじさんは降りる直前、ほんの少しだけ振り返る。
「…さっきの」
「ん?」
「休め、って言葉…ありがとうございました。」
え。
今、それ言う?
「いやいや~!当たり前じゃん!生きてこ!」
勢いでそう返すと、おじさんは困ったように笑って、今度こそバスを降りた。
ドアが閉まる。
ウチは窓越しに、遠ざかるスーツの背中をぼんやり見送る。
「…なんか、不思議な人だったな。」
それっきり。
その日は、それで終わった。
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