テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ん! おいしい!」
「うん、おいしいな」
二人でニコニコと笑い合う。なんだか、すんげぇいい雰囲気だ。
りゅうせいと一緒にいると、本当に落ち着く。好きだとか諦めるとか、受け入れるとか受け入れないとか。そういう言葉にする前の、少し前まで感じていた「ただの幸せ」が、そこにはあった。
「ご馳走様でした!」
「早すぎない?!」
「いつきくんこそ! デザートも買ってきたんで、食べましょ?」
足元のコンビニ袋をゴソゴソと探っていたりゅうせいが、見覚えのある箱を取り出した。
「あ、これ……」
「俺の誕生日にいつきくんが買ってくれたやつです。……すごく美味しかったので」
そうだ。初めてキスをして、動揺しすぎてとりあえずコンビニに走ったあの夜。ホールケーキがなくて、仕方なく選んだショートケーキ。
「ん~、あま! しあわせぇ……」
やばい。りゅうせいの顔を見たら、もう、ケーキを頬張る口元にしか目がいかない。あの日を思い出して、心臓がうるさく鳴り始める。ダメだ、一気に食欲が失せた。
「……俺のも食っていいよ」
そう言って、俺は逃げるようにその場を立った。一回顔を洗って落ち着かないと。いい年して何、童貞みたいな反応してんだ。
顔を洗っても、一向にざわつきが収まらない。そうだ、こんな時はトイレだ。数分間、物理的に時間を稼げる。一回冷静になって、今まで通りに接すればいいんだ。
「……ふぅ」
大きく溜息をついて、自分に言い聞かせる。……絶対、今だけは変な反応するなよ? りゅうせいにバレるぞ。カッコつけて大人ぶって断ってきたのに、ここで今までの努力を水の泡にしてどうするんだよ。
「……いつきくん、大丈夫ですか?」
ドア越しに声がした。
「うん、大丈夫。問題ない」
「……お腹、痛いですか?」
「いや……起きてからトイレに行ってなかったので。自然の摂理です」
「なんで敬語なんすか」
トイレの外からりゅうせいの笑い声が聞こえる。あの日も、こうやってここから逃げ出すことができたんだよな。
「……珍しいですよね。トイレの芳香剤って、普通は柑橘系とかじゃないですか?」
「俺、あの匂い苦手なんだよ。会社のトイレがめっちゃあの匂いするだろ? 仕事を思い出すから、全く違う『薔薇』にしたんだ」
手を拭きながら外に出ると、りゅうせいとバッチリ目が合った。大丈夫だ。今日はうん〇の話にはならなかった。
「……今つきくんって、薔薇って感じですよね」
「そんなことないだろ。こんなにシンプルな顔してんだぜ?」
「……ですよね。だけど、薔薇って感じします」
りゅうせいは真っ直ぐ俺を見つめたまま、ふわりと微笑んだ。
「ふふっ。それ、褒めてんの?」
「褒めてますよ。……触ろうとしたら、棘で跳ね返されちゃいましたけど」
「……棘ねぇ」
りゅうせいには、そう見えているのか。俺からしたら、それは今更どうしようもない過去への後悔と、自分への戒めに過ぎないのだけれど。
「……りゅうせいこそ薔薇みたいだよ。純粋無垢な白薔薇、って感じがする」
「……白薔薇」
不意に口を突いて出た言葉に、りゅうせいの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。……待て、俺、今めちゃくちゃキザなこと言ったか? 自分で言ってて恥ずかしくなるような台詞だったか?!
「……俺が白薔薇なら、いつきくんは真紅の薔薇ですね。かっこよくて、綺麗で、最高にエロくて……。って、言いながら恥ずかしくなってきちゃった」
「うわぁ」と声を漏らし、両手で顔を覆うりゅうせい。なんだこれ。なんだこの時間。……なんだ、この可愛い生き物は。神様がくれた、何かのご褒美タイムか?
「……ケーキ、やっぱりいつきくんが食べてください。ひとつひとつ、小さくても幸せな思い出を作っていきたいので」
それって、この先の関係に期待しての言葉なのか。それとも、俺を諦めるための「思い出作り」に入っているのか。
どっちにせよ、今の俺にこれ以上のことはできない。この幸せな空気のまま、上司と部下でいることがベストなんだ……そう自分に言い聞かせる。
「え、うま。こんなに美味かったっけ、このケーキ」
「そんな数日で味変わったりします? え? 間違えてないっすよね?」
パッケージを確認し、俺のケーキを半分ほどフォークで掬って食べる。同じだ、なんて呟いているが、さっき自分で食べたんだから知っているだろうに。
「本当、バカだなぁ、りゅうせいは」
笑いながら、残りのケーキにフォークを突き刺す。
「……あの時はさ、味がわかんなかったんだよ。めっちゃキスした後だったし。なんでだろうとか、どうしようとか、頭の中がぐちゃぐちゃで味どころじゃなかったんだ」
「……いつきくんは、なんであの時、俺のキスを受け入れてくれたんすか?」
空気が一変した。
きっと、あの日と同じ、真剣で綺麗な眼差しで俺を見ている。……まっすぐな問いに、まっすぐ返す勇気が俺にはなかった。
「……わかんない。……キスとか久々だったから、ただ興奮しただけかもしれないし」
「……相手が、いっちゃんやだいきくんでもですか?」
「……それは、どうだろうな」
最後の一切れを口に放り込む。自分で嘘をついて、自分で傷ついている。
そんなわけない、と本音を言えば彼を期待させてしまう。けれど中途半端に濁して、彼をゆるりと繋ぎ止めている自分は、なんて卑怯なんだろう。
「……帰ります」
明らかに傷ついた顔をして立ち上がった彼を、引き止めることも、抱きしめることもできない。
見送る背中を見ながら、俺は自問する。俺は本当は、何がしたいんだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
萩原なちち
#学園生活パロ