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「なあ、やけに静かじゃねぇか?ビートン」
マクレガーが、一段落ついた皆の食欲にほっとしつつ、ビールを飲みながら呟いた。
同じく、ビールを口にしているビートンも、
「そうですね、確かに静かすぎます。何かおかしい」
と、どこか、他人事のように言った。
「ちょっ!ビートンさん、それって、まずくねぇっすかっ!」
ヨークシャープディングで、ボールに残ったマッシュポテトを、ぬぐいとっているジョンが慌てた。
「ジョン、あなた、どれだけ、マッシュポテトを食べたら気がすむんですか?」
おかしい、と、心配する素振りを見せていたビートンだったが、ジョンの底知れぬ食欲に、今は呆れている。
「ビートン、リジーに覗かせたらどうだ?」
「うむ、もしかして、もしかするかもしれませんしね」
「ちょっ、ビートンさん、何、落ち着いてんすかっ!」
ジョンが、言う側で、リジーがヨークシャープディングが無くなったと愚痴っていた。
「いやいやいや、とにかく、お嬢様の様子確かめるのが先でしょうがっ!」
「あー、ついでに、食堂の片付け頼むわ」
マクレガーが、二階の食堂は、まだ、片付けていない、レジーナの部屋も二階にある、ちょうどいいだろうと乗っかってくる。
「ああ、食堂が、まだでした。これは、まずい」
ビートンが、ビールをグビリと開け、席を立とうとした。
「あっ、じゃ、ビートンさんが、お嬢様の様子を?」
「いや、ジョン。私はあれだけ嫌われてるんですよ、ここは、リジーでしょ」
お嬢様の荷造りのお手伝いに行きなさい。と、ビートンは、リジーへ命じた。
「え?何の荷物が、あるんですか?」
やはり、リジーは、これまでの経緯がわかってないようだった。
「まあ、ベッドメイキングでも、よろしいでしょう。行ってきなさい」
「はい!そうでした!もう、そんな時間!」
どうやら、日課の仕事は理解できるようで、リジーは、コツコツ木靴《サボ》を鳴らしながら早足でレジーナの部屋へ向かった。
「あっ、俺も。ついでに食堂片付けます」
リジーだけでは、皆が、心配している、もしも、の、場合に対応できないだろうと、ジョンが気を効かせ後を追う。
「いやはや、妙な時には、結束するものですなぁ」
「ビートン、お前が、仕組んだからだろ」
おや、と、マクレガーに責められたビートンは、肩をすくめた。
「で、マクレガー。今後についてですけどね……」
「ああ、そのことさ」
あまり、好転はしないだろうと、二人して息をつく。
「私のやったことは、余計なことだったのでしょうかねぇ」
冷めた口調ではあるが、ビートンなりに、落ち込んでいるのが、マクレガーにはわかった。
「いや、借り主云々も、そりゃ大事だが、運良く、賃金は貰えている。問題は、あの、婚約者、ディブの行いだ。あいつが、屋敷の運営費まで、狙って、たかりに来やがる。お嬢様も、結局、逃げられずで、なんやかや、金を手渡す、その繰り返しをそろそろやめにしなきゃー、屋敷を売り払うことになりかねない」
「ええ、そうですね、すべては、ディブ。と、思い、私も、ディブ潰しにかかったのですが」
さあ、ミドルトン卿は、どう出るか。
ビートンと、マクレガーは、顔を見合わせた。
「なあ、ビートン、あれだけ、ゴシップ紙に派手に書き立てられりゃー、ミドルトン卿も、ディブが、どんな奴かわかるだろうよ」
「ええ、そう願います。そして、お嬢様との、婚約破棄を」
だよなあ。このまま、ディブとなんて、と、マクレガーは、レジーナの行く末を心配した。ディブと一緒になったら、いつか、破産する運命になるのが、目に見えていたからだ。
自分達の職がなくなるのは、勿論困るが、これは、また、別の話。人として、見てられない。
「それに……、ビートン、お前さんの苛立ちも、みてらんねぇしなぁ。とはいえ、お前は、執事、あちらは、田舎出とはいえ、貴族だからねぇ。高嶺の花どころじゃーねぇしなぁ」
世の中、上手くいかねぇもんだと、マクレガーは茶化すように、ビートンへ言ったが、そのビートンの顔色が変わった。
「……あなた、言って良いことと悪いことがあるでしょう!それじゃあ、まるで、私が、お嬢様のことをお慕いしているような、彼女は、婚約者がいるんですよ!そして、私は執事です」
「でも、男と女だぜ?」
はっ、と、マクレガーは笑う。
「まあ、ついてるのは、ビートン、お前が、執事であることぐらいかなぁ。思いは成し遂げられなくとも、側にはいられる。そして、お前さんは、仕事柄、嫁さんあてがわれることもなく、ずっと、独り身だ。まあ、それも、これも、微妙な事ではあるがなぁ」
それぞれに職業柄というものが在るように、執事たるもの主人に一生仕えるものだと、結婚はしない。独身を貫くものなのだ。もちろん、自由恋愛までは、認められており、そこは、適度に皆、流していた。
ビートンも、その口なのだが、今のところは、これと言って決まった相手はおらず、マクレガーが、独り語りしている事情が、ビートンの新たな出会いを邪魔をしている状態だった。
「男だろう、当たって砕けろって、訳にいかねー相手だからなあー」
マクレガーが、これでもかと言ってくれる。
言われなくとも、と、ビートンは思う。
その胸の内で、レジーナへの思いを押し殺しながら、素知らぬ顔をしているのだ。それを知っておりながら、マクレガーときたら。
ビートンのブルーの瞳は、揺らいでいた。
そこへ。
「た、大変です!お嬢様がっ!」
ドタドタと、階段をかけ下りて、ジョンが控え室へ飛び込んで来た。