テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
王宮にはあっという間に到着した。メレクが術を使って転移させてくれたのだ。
「俺、さっきまで瀕死だったんですけど。五人も一気に転移させるとか、人づかいがヤバすぎねえ?」
「傷はルシンダが治してやっただろう」
「そうですけどね。それでももっと労りの心が欲しいというか、普通まずは簡単な仕事から頼むもんだというか……」
ぶつくさと文句を垂れるメレクを無視し、ライルに乳母の保護を頼むと、ルシンダ、クリス、アーロンの三人で国王の寝室へと向かう。
入室の許可を得て中に入ると、王妃が安堵の表情で出迎えてくれた。
「おかえりなさい。少し前に陛下の容態が良くなって……。あなたたちのおかげね。本当にありがとう……」
国王がいるベッドのほうを見れば、まだ眠っているものの、顔色が随分よくなり、呼吸も落ち着いている。
「父上……よかった」
アーロンがほっとした様子で息をつく。
不安から解放された王妃とアーロンの姿に、ルシンダの頬も緩んだ。
「見たところ、もう治癒魔法の必要はなさそうです。あとは食事で栄養を摂れば大丈夫だと思います」
「よかった……。さっそく滋養にいい食事を作らせるわ」
「王妃殿下」
ルシンダと話していた王妃にクリスが声をかける。
「乳母のマーシャ・ブラウンは騎士団に身柄を預けています」
クリスの報告に、王妃の瞳が寂しげに揺らぐ。
しかし、一度ゆっくりと瞬きすると、いつもの落ち着いた色を取り戻した。
「──分かったわ。ありがとう。……さあ、二人とも疲れたでしょう。後のことは大丈夫だから、下がって休んでちょうだい。ライルにも、こちらから伝えておくわ」
「ありがとうございます。では私たちはこれで失礼いたします」
寝室を出て、重い扉を閉めた後、クリスがルシンダの頭に手を置いてぽんぽんと優しく撫でる。
「ルシンダもご苦労だった」
「いえ、クリスがいなかったらどうなっていたことか……。本当にお疲れ様でした」
やっと緊張が解けたルシンダが笑いかけると、クリスも穏やかに微笑み返してくれた。
「公爵家も心配しているだろう。早く帰って休むといい」
「はい、そうします」
ルシンダがうなずくと、クリスが僕となった悪魔を呼んだ。
「メレク」
「……はい、ご主人サマ。──なんだよ、せっかく休もうと思ってたのに」
すぐに姿は見せつつも怠そうに返事するメレクにクリスが命じる。
「ルシンダを連れて、フィールズ公爵邸まで転移してくれ」
「はぁ? また? 俺はお前らの馬車じゃねえんだけど」
「メレク、早くしろ」
「……はいはい」
メレクが渋々ルシンダの手を取る。
「……手を繋がなくても転移できるだろう?」
「ちょっ、そんな睨むなよ。なんだよ、こえーな」
繋いだばかりの手をメレクが慌てて離した。
「ルシンダ。明日は休暇にするから、よく休んでくれ」
「ありがとうございます。クリスもちゃんと身体を休めてくださいね」
「ああ」
「……もういいか? 転移するからな」
一応タイミングを考えてくれたらしいメレクが、パチンと指を鳴らすと、次の瞬間、ルシンダはフィールズ公爵邸の屋敷の前に立っていた。
「じゃ、ちゃんと送ったぞ!」
「はい、ありがとうございました」
お礼を最後まで言う前に、メレクはさっさとどこかへ消えてしまった。
一人になったルシンダが、ほうっと溜め息を漏らす。
プレッシャーから解放されたからか、どっと疲れが押し寄せてきたのを感じる。
(今日は早く寝よう……)
そんなことを考えながら屋敷の門をくぐると、温かく柔らかな声が聞こえてきた。
「おかえりなさい。大変だったでしょう?」
「お母さん……!?」
声のしたほうを勢いよく振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべた義母アニエスが立っていた。
「あ……お母、様……」
──自分は今、誰の声だと思ったのだろうか。
あれはただの夢だったのに。
本当のあの人の声は、こんなに優しくはなかったというのに。
ルシンダが無言のままアニエスを見つめる。
「まあ、大丈夫? きっと疲れてしまったのね。さあ、すぐにお風呂の用意をするから、こちらへいらっしゃい」
「…………」
「ルシンダ?」
名前を呼ばれ、はっと我に返る。
「あ……ありがとうございます、お母様」
「いいのよ。よく頑張ったわね」
アニエスがそっとルシンダの手を取って、優しく包み込む。
その手のたしかな温もりに、ルシンダはなぜだか泣きたいような気持ちになった。
「甘いケーキも食べましょうね」
「……はい、お母様」
屋敷に入るまで繋がれたアニエスの手は、ずっと温かかった。