■■特異現象記録部 第八資料庫登録文書
分類コード:KAI-I-114-A
件名:怪異「むかつばち」に関する調査報告書
:概要
“むかつばち”とは、日本各地で断続的に報告されている怪異現象に冠された通称であり、物理的・精神的両面において死因の「置換」が発生する点で、他の既知の怪異と一線を画す。
その主能力は「刺した相手が死亡した際、その死因を“蜂に刺された”ことに変換する」ことである。変換は物理法則・医学的根拠を超えて周囲の証言、記録、司法判断にまで及ぶ。目撃者の証言、監視映像、検死結果までもが書き換えられ、全てが「蜂刺されによる死亡」であるかのように一致する。
しかし近年の調査では、その能力は氷山の一角に過ぎないという指摘が浮上している。単なる“偽装”ではなく、より根源的な、「死の意味そのものを編集する」性質が内在している可能性が示唆されている。
:事例記録
■ 1974年・長野県諏訪郡
記録媒体:古い病院日誌(ページ一部焼損)
「……突然の死亡例。被害者:男性教諭(34)、生徒の目前で倒れる。目撃者複数。“突如、首元を抑えて倒れた”とのこと。検視結果:アナフィラキシーショックによる急死。<焼失> ただし周囲には蜂も巣も見当たらず、同僚曰く“彼は蜂アレルギーなどなかった”。…何かが、何かを…書き換えたような気がする。」
■ 2006年・愛媛県今治市
目撃者:主婦(当時52歳)/インタビュー記録より
「あのとき、主人は台所で包丁を持っていたんです。ケンカしてたから……私が、突き飛ばした。でも、倒れた主人の首に赤い斑点が浮いて、医者も警察も“蜂に刺されてショック死”って言って……。馬鹿みたいよね。あの台所に蜂なんて、入れるわけないのに……。誰が、私の罪を奪ったの?」
■ 2022年・東京都墨田区
監視カメラ映像改変記録/第七支部調査員報告書
「午前3時14分、ビル屋上にて男性一名が転落。現場映像では誰かに押されるような動作。しかし再生時、映像の“3秒間”が消失、書き換え後には黒い羽音とともに背後から何かが飛来、直後に被害者が首元を抑えて転落。監視記録そのものが“むかつばち”の意思で構成され直されたかのようだ。」
:過去文献と民間伝承
・『虫之咎記』寛政九年(1797年)筆写写本より
「信州のある村にて、人死に相次ぐ。皆、目・口・耳より血を流し倒れしが、村人は“むかしばち”なる黒い虫の祟りと語る。死者は何人も、皆刺されたる様子なくして、ただ刺されたことにされし。」
・『秘呪拾遺録』(明治36年)より抜粋
「むかつばちは呪詛に用いられし妖蜂にして、人を刺さずとも“死”を“刺されたもの”と見做さしむる。これを遣う者は《帳面に名を記す》ことにより、死の意味を書き換える術を成せり。真なる恐怖は、死ではなく死因なり。」
:構造と未確定能力の推察
“むかつばち”の表層能力が「死因の偽装」であるならば、深層に存在するのは「死の運命そのものの挿げ替え」ではないかとする研究者もいる。
この仮説に従えば、むかつばちは以下の要素を内包している可能性がある
死因の“上書き”のみならず、未来の死の“予約”
特定の条件を満たすことで、将来の死が“蜂刺され”であることに定められる。
帳面の存在
前出の『秘呪拾遺録』にもあるように、「帳面」あるいは「名簿」のような媒介が存在し、そこに名を記された者は、死が蜂によるものであるよう再記述されるという。
観測者の干渉排除
“むかつばち”が発動した死は、第三者の記録・記憶をも書き換える。観測を拒絶し、物語を書き換えるように現実を再構築する。まるで神のような手つきで。
:現地調査記録断片(未承認)
調査員Kによる最後のメモ(回収時、原本は黒い蜂に喰われたような焼損痕)
……こいつは蜂なんかじゃない。もっとでかい、嘘の羽音だ。目に見えるのは殻だけ。やつの本体は、たぶん意味そのものに潜んでる。
誰かが死んだとき──本当はどうやって死んだかなんて、誰も確かめられやしない。だから、“むかつばち”はいつでも入り込める。お前の死も、俺の死も、きっと──もう書き換えられてる。聞こえるか?羽音が、近い。近い──
補足:現在、「むかつばち」とされる怪異に関する情報提供窓口を設置中。
情報提供者の身辺に不可解な変死が相次いでいるため、関係者への注意喚起を強く推奨する。なお、既に本報告書を閲覧した者には、羽音が聞こえ始める可能性がある。
報告者署名:■■■■■■(抹消)
【むかつばちを捉えた唯一の写真]
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