テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第60話:雪見酒と、オンラインの大宴会〜ホワイトアウトの夜に、世界と乾杯を〜
深夜零時。窓の外では、北海道を飲み込む猛吹雪(ホワイトアウト)が、いまだに暴虐の限りを尽くしていた。
しかし、限界集落の古民家の中は、そんな世界の終わりすらも完全にシャットアウトした、極上のパラダイス空間が広がっていた。
「すぅ……すぅ……」
居間の隅に敷かれたフカフカの布団では、先ほどコン吉とコン次郎の「黄金の道標」によって救出された郵便配達員のおじさんが、完全に生気を取り戻して安らかな寝息を立てている。
その横では、シロが『適温25度の絶対防壁』を展開しつつ、相変わらずBUFFALOのルーター(メカ蜘蛛)の上でスライムのように液状化して眠っていた。
おかげで、猛吹雪で陸の孤島と化しているにも関わらず、この部屋だけは常夏のような暖かさと、金融機関の専用線すら凌駕する『バグった通信速度』が維持されている。
「さて、小春ちゃん。おじさんも無事に寝たし、俺たちの通信インフラも完全復旧した。ここからは、大人の時間といくか」
俺はこたつからスッと手を伸ばし、あらかじめ準備しておいた「とっておきの品」を天板の上へと並べた。
「わぁっ! お兄さん、それ……日本酒ですか!?」
「ああ。十勝の地酒だ。さらに、先日仕込んでおいた『冬の味覚』も、ちょうど最高の食べ頃を迎えてるからな」
俺がドンッと置いたのは、タッパーに詰められた黄金色の白菜の漬物だった。
数日前、MeTube公式から送られてきた『チャンネル登録者一千万人記念のダイヤモンドの盾』を重石(漬物石)にして仕込んでおいた、あの白菜である。
「うわぁ……! 1000万人の栄光の重みで水が抜かれた、世界一贅沢な白菜漬けですね……!」
小春ちゃんがゴクリと喉を鳴らす。
俺はジンバルに固定されたスマホの画面を、もう一度確認した。
深夜にも関わらず、同時接続者数は300万人を突破している。雪山の遭難劇からの奇跡の生還というドラマチックな展開に、世界中のリスナーが完全に釘付けになっていたのだ。
「世界中の皆さま。本日は多大なるご心配をおかけしましたが、我が家の備蓄と通信環境、そして遭難したおじさんの命は、完全に守り抜かれました」
俺がカメラに向かって静かに宣言すると、チャット欄が凄まじい勢いで流れ始めた。
『うおおおおおお!! よかったあああ!!』
『おじさん、無事に寝てるね。安心した!』
『吹雪で孤立してるのに、この家だけ平和すぎるww』
『シロ様とキツネ兄弟の奇跡のおかげだな!』
『ていうか、主が持ってるその白菜……!!』
『出たァァァ!! ダイヤモンド盾で漬けた白菜だァァァ!!』
「ええ。今日はこの『1000万人記念・ダイヤモンド白菜漬け』を肴に、無事を祝して雪見酒と洒落込みたいと思います。画面の向こうのお前らも、飲み物の準備はいいか?」
俺のその一言が、オンライン大宴会の開始の合図だった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Cheers, Master! I opened a $50,000 vintage Dom Pérignon for this moment!“(乾杯だ主よ! この瞬間のために5万ドルのヴィンテージ・ドンペリを開けたぞ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”To the heroic foxes and the Holy Cat! A toast with a 100-year-old wine from my cellar!“(英雄的なキツネたちと神猫に! 我が地下室の100年物のワインで乾杯を!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×2連発)=”Cheers from the shooting set! Let’s drink together!“(撮影現場から乾杯! 一緒に飲みましょう!)』
チャット欄が、極彩色のMeTubeギフトと共に、世界中のVIPたちの「超高級酒」の報告で埋め尽くされる。
「ドンペリに100年物のワインか……。こっちは近所のスーパーで買った一本千円の地酒だぞ。画面越しとはいえ、とんでもない格差宴会だな」
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
俺は苦笑しながら、お猪口にトクトクと日本酒を注いだ。小春ちゃんも、マグカップになみなみと注いだ温かいほうじ茶を両手で持ち上げる。
「それじゃあ。遭難したおじさんの無事と、俺たちの平和なスローライフに……乾杯!」
「かんぱーい!」
カチン、と小さくグラスを合わせる音が、静かな古民家に響いた。
俺は、キリッと冷えた日本酒をクイッと喉に流し込む。
研ぎ澄まされた米の旨味と、透き通るような冷たさが、アルコールの熱となって胃の腑に落ちていく。
「……くぅぅぅっ! 効くねぇ!!」
俺はたまらず息を吐き出し、すぐさま『ダイヤモンド白菜漬け』を一口かじった。
パリッ、という小気味良い音と共に、白菜の甘み、昆布の出汁、そして鷹の爪のピリッとした辛味が、完璧なバランスで口の中に弾け飛んだ。
「うま……っ! なんだこれ、ただの白菜なのに、高級料亭の味がするぞ!?」
「本当だ! お兄さん、これすっごく美味しいです! シャキシャキで、旨味がギュッと詰まってます!」
小春ちゃんも目を丸くして、次々と白菜を口に運んでいる。
『ダイヤモンドの盾の圧力が生み出した究極の旨味ww』
『1000万人のリスナーの怨念……じゃなくて応援が詰まってるからな!』
『ドバイの石油王が「その白菜、1キロ10万ドルで買いたい」って言い出してるぞww』
『ドンペリと白菜漬けでオンライン乾杯する世界線ww』
俺は、リスナーたちの狂乱のコメントを眺めながら、もう一杯、お猪口に酒を注いだ。
「ふふっ……あははっ!」
不意に、俺の口から自然と笑い声が溢れ出した。
「どうしたんですか、お兄さん? 急に笑い出したりして。お酒、回っちゃいましたか?」
「いや……なんというか、人生って本当にわからないもんだなと思ってな」
俺は、こたつの天板に肘をつき、スマートフォンの中で流れる世界中からのコメントを見つめた。
たった一年前。
俺は、ブラック企業の狭くて汚いオフィスで、暖房も切られた深夜に一人、死んだ魚のような目をしてエクセルを叩いていた。
電車が止まっていても「這ってでも来い」と罵倒され、冷え切った自販機の缶コーヒーだけを胃に流し込んで、誰からも感謝されることのない労働に命を削っていた。
それが、どうだ。
「……今、俺は猛吹雪で陸の孤島に取り残されてる。客観的に見れば大ピンチのはずなのに……こんなにも、心が温かいんだからな」
俺の膝の上には、黄金色の道標となって人を救ったキタキツネの兄弟が、スヤスヤと丸まって眠っている。
部屋の隅には、神様のような白猫が通信の奇跡を起こし、俺を世界と繋いでくれている。
目の前には、一緒に笑ってくれる優しい女の子がいて。
画面の向こうには、数百万人の「悪魔のような、でも最高の共犯者たち」がいる。
「お前ら……本当に、バカばっかりだな。こんな中年おっさんの雪見酒に、何十万もMeTubeギフト投げてドンペリ開けてるんだから」
俺は、鼻の奥がツンとするのを誤魔化すように、わざと憎まれ口を叩いた。
『バカで悪かったなww』
『おっさんが楽しそうに酒飲んでるの見るだけで、こっちも美味いんだよ!』
『限界集落のボロ家からの配信が、世界で一番温かいエンタメだよ』
『泣くなおっさん! 酒が不味くなるぞ!』
リスナーたちの温かい言葉の弾幕が、雪のように降り積もっていく。
「泣いてねえよ。これは、こたつの温度が高すぎて目から汗が出てるだけだ」
俺は完璧なポーカーフェイスを装い、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「それに、この白菜が異常に美味いのも、ダイヤモンドの盾のおかげじゃありません。塩分濃度と乳酸菌の発酵が、北海道特有の寒暖差によってペプチド結合の分断を促進し……ええ、ただの生化学的なアミノ酸の抽出ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、お茶を吹き出しそうになりながらツッコミを入れた。
「絶対ダイヤモンドの盾の謎のオーラが染み込んでるんでしょうが!! お兄さんは素直にロマンを認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのツッコミで宴会が完成するww』
『アミノ酸の抽出(物理法則無視)』
『適応力バグおじさん、ついに乳酸菌すら論破』
爆笑の渦が巻き起こる中、俺は残りの日本酒を一気に飲み干した。
「よし! この吹雪がいつまで続くか知らんが、俺たちの備蓄とシロのオーラが尽きることはない! お前ら、今日は朝まで付き合えよ!」
『うおおおおおおお!! 徹夜だァァァァ!!』
『オンライン宴会、まだまだ続くぞ!!』
外の猛吹雪は、家の壁を壊さんばかりの勢いで吹き荒れている。
しかし、俺たちの心と身体は、世界中のどんな場所よりも強く、温かく結びついていた。
限界集落の夜は更けていく。
元社畜のささやかな雪見酒は、1000万人の共犯者たちと共に、永遠に終わらない幸せな大宴会へと姿を変えていくのだった。
コメント
1件
ふふ、このエピソード、本当に素敵でしたね。吹雪で孤立してるのに、むしろ「温かい」って感じる主人公の心情が、過去と今の対比でじんわり伝わってきました。ダイヤモンドの盾で漬けた白菜に乾杯する光景、なんだか誇らしくなります。小春ちゃんの「素直にロマンを認めなさい!」に、思わず笑っちゃいました。みんなで過ごす夜が、いつまでも続きますように🌷