第2話「やまのぼりと空のことば」
道は、まっすぐだった。
けれど、それは“まっすぐすぎて”不自然だった。
ナギは、草の生えた細い山道を、ひたひたと登っていた。
背中に小さなリュック。肩にかかるボブの髪が、うっすらと汗に貼りついている。
チェック柄のハーフパンツが膝で揺れ、軽いスニーカーの音が、土をやさしく叩く。
「この山、何度登っても、てっぺんに着いた気がしないんだよね」
ユキコは、すこし後ろから歩いてきた。
淡いクリーム色のワンピース。けれど陽に当たると、輪郭が透けるようにぼやけて見える。
その服には、どこにも汚れがつかない。風も、木の葉も、触れていないみたいだった。
「ナギちゃんは、空って、ちゃんと見たことある?」
唐突な問いだった。
ナギはふり返らず、ただ登りながら答えた。
「あるよ、たぶん。毎日見てた」
「どんな色だった?」
「……」
足が止まった。
ナギは見上げた。
そこには、空があった。
でもそれは──まるで、どこにも続いていないような空。
水色、と呼ぶにはくすんでいて、灰色、と言うには明るすぎた。
雲はただ“貼りつけられた模様”のように、形を変えずに浮かんでいた。
「わかんないや。なんか、見たことある気がするけど……ちがう気もする」
ユキコはうすく笑った。
その笑顔は、どこか“確認”するようでいて、“なぐさめ”にも似ていた。
「ううん、それでいいの。覚えてないってことは、いまは見てないってことだから」
ふたりはまた歩き出した。
同じ景色、同じ道。
けれど次に見えたのは──鳥居だった。
「……あれ?」
ナギがつぶやいた。
「さっき、山を登ったはずなのに」
鳥居は、くぐる前と同じ場所にあった。
あの、森の奥。最初に見つけた、色の抜けた鳥居。
けれど、ナギの足はたしかに、登り続けたはずだった。
「ねえ、ユキコ」
「うん?」
「わたし、空のこと、思い出せないの、ちょっとこわい」
「……じゃあ、今日のうちに、もう一回思い出そっか」
ユキコの声は、風にまぎれて薄れていった。
鳥居の奥、見えない空の下──草がやわらかく揺れていた。