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かぶりをふった。
彼はもう私が愛した涼二じゃない。無精子症の責任を妻に押し付けるモンスターになってしまったんだ。
わき目もふらずに自室へと直行した。
ノートパソコンを立ち上げ、天魔からもらった新しいSNSアカウントにログインする。名前は名無しのまま、手つかずとなっているものだ。
まずは名前をどうしよう。
考え抜いて、涼二が一番好きな映画監督から名前を拝借して「秋也(しゅうや)」と名付けた。
アイコンは抽象的で中性的なデザインを選んだ。
あまりハッキリと人物が特定されない方が涼二は好むはずだ。
簡単なプロフィール欄には、「都内在住。本と音楽と映画が好きです。脚本家を目指して頑張っています。恋愛・ドラマ・ミステリー&ボサノヴァ好きの方と仲良くなりたいです」とだけ書いた。
すべて、涼二の好みだ。
次に、投稿を少しずつ始める。
マイナーで少し暗い詩や、物語から抜き出した意味深な一節を丁寧に選んでアップしていく。
まずは詩や文章を投稿。そして、去年はシナリオ大賞に応募したけれどもだめだったから、今年は頑張るぞ、という意気込みを書いた。
投稿を終え、ふうーっと大きな息を吐きだした。
これは、私であって私じゃない。
沙耶という自分とは別の、涼二を惑わすために作り上げた虚像の男――
私はスマートフォンを手に取り、天魔に電話をかける。
天魔じゃなくて、バー・エンビルで登録してある。見られても困らない。
連絡はすべて電話。ぜったいに証拠は残さない。私は完ぺきに遂行する。
『はい』
天魔が電話に出た。
深呼吸をして、「秋也」というアカウントを作成したことと、投稿を始めたことを報告した。
『いいね。さすが仕事が早い。でも、焦らずじっくりと、旦那が沙耶にハマるように仕掛けよう』
まずは第一歩。
礼を言って天魔との電話を切った。私は静かにスマートフォンを置き、再びパソコンの画面に向かった。
復讐はここから。涼二を絶対に逃がさない。
彼は普段、自分の日常や仕事についてあまり投稿をしない代わりに、読んだ本や好きな映画、最近聴いた音楽などを匿名アカウントでひっそりとつぶやいていた。それは涼二の調査をして、わかったことだ。
あまり表には出さない、昔からの、素の部分。ほんとうは脚本だってまた書きたいんだろう。才能がないと諦めたふりをしているだけ。
その証拠が、このひっそりとつぶやきだけを残すアカウント。また書きたくて、認められたいんでしょう?
(そうだ!!)
天魔の正体は、映画監督ということにしたらどうかな?
SNSで信用させたところで天魔に会わせ、涼二の脚本を使いたいと近づけば――
ふふ。涼二。あなたがいちばん絶望を感じる復讐方法を見つけちゃった。
あなたはやっぱり、主演を務めてもらわなきゃ。
私の物語の、主役に――
それから数日間、似たような内容で投稿を続けた。涼二に秋也のアカウントはまだ見つけてもらえていない。始めたばかりだから焦らずいこう。
あなたが私を見つけてくれる、その日まで。
投稿内容はAIが自動作成してくれるツールがあるから便利。始めのうちは自分で作っていたけれど、涼二の好きそうなワードを入れ、AIに作らせた文章を投稿するだけでいいことに気が付いたので、今はそうしている。
自分でプログラムできるから、タスク化して自動で投稿できるようにセットしたからすごく楽。
そして天魔には定期的にコンタクトを取った。でも、私が彼に連絡を取っている証拠を残すといけないので、すべて秘密裏に行った。
頻繁に電話をすると怪しまれると考えたため、共通メールの下書き&保存で読んだら消す、という方法を取ることにした。
ITに従事している会社で働いていて心底よかったと思う。アナログな涼二は、私がこんな風に別アカウントを必死に育てているなんて、夢にも思わなだろう。
涼二の好きそうな本、好きな詩人や映画、趣向等を書いた。フォロワーも増えてきた。同じ志の人間は意外と多く、脚本家サークルというのもあったので片っ端からフォローした。
仕事に加えて地固め作業をしていると、あっという間に週末になった。
今日は土曜日なのに、珍しく涼二が家にいる。前までは涼二が家にいてくれて嬉しいと思っていたのに、今では邪魔に思えて仕方ない。
「今日は家にいるんだ?」
「うん。最近出かけること多かったから、沙耶とゆっくりしようと思って」
うそつき。
理咲に『怪しまれないように適度に家にいた方がいい』というアドバイスもらって実行していること、私はもう知ってるから。
「掃除しちゃうね」
声をかけてリビングに掃除機をかけていると、自宅の電話が鳴った。ああ……お義母さんだ。わざわざ家にかけてくるのは、涼二にも聞こえるようにしている彼女の手だ。
「はい、藤崎です」
「あら、沙耶さん? ちょっと家まで来てちょうだい」
電話の向こうの声はいつものように、穏やかだけど有無を言わせないものだった。行きたくないと突っぱねたいところだけれど、義母が私に対してマタハラする瞬間を録画できるチャンスだと思い、二つ返事で行くと伝えた。
「涼二、お母さんがすぐ来て欲しいって」
「え、どうしたんだろ」
どうしたもこうしたも、子供の催促しかないでしょ。
バカなの?
わかっていて聞いているのか、それとも本気でわかっていないのか……どっちも最悪だけど。
私は改めて、すっかり変わってしまった涼二に無様にしがみつき、彼の幻想を愛していたんだと気が付いた。
コメント
1件
第4話、じっくり読ませていただきました。 沙耶が「秋也」という偽りのアカウントを作り、涼二の好みを完璧に再現していく工程、ゾッとするほど計算されていて鳥肌が立ちましたね……。それでいて、彼女の目線の冷たさの中に、かつて愛した人への深い失望がにじんでいるのが切ないです。「私の物語の、主役に」というラストの一文、すごく好きです。復讐がどこへ向かうのか、続きが気になります。