コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「何か薄暗い?」
「ラスター帝国は、北よりも、東の方が寒いからな」
「そんなことある?」
「半分冗談だ。まあ、さむいっつうのはあってるけどな」
「寒い……まあ、帝都より寒いっていうのは納得だけど」
ラスター帝国内ではあるんだろうけど、東の方……辺境伯のすむ領地は、光とか太陽とかが輝かしいラスター帝国の雰囲気が全くない質素な感じだった。レンガも、明るい色じゃなくて、色素薄めで明度暗めな石レンガ。人通りが多いって感じもしないし、私はそっちの方が嬉しいけど、何だか味気ない感じがする。
アルベドの後ろをついて回るように歩きながら、辺りを見渡してみる。花壇の花も、やはり色鮮やかじゃない。というか、霜みたいなのがついている気がしたのだが……
「やっぱり寒くない?」
「フィーバス卿が治めている領地はな、彼奴の魔力が常に循環してんだよ」
「へ?……ぶふっ」
アルベドがいきなり止ったので、彼のあつい背中に鼻をぶつけてしまう。つぅと、下痛みが鼻を抜けていくなか、私は今し方、彼が言った言葉の意味が理解できなかった。
「ど、どういうことよ」
「そのままの意味だ。考えてみろよ。まず、こんな辺境にいるわけをな。レイ公爵家は、あまりに力を持ちすぎたせいで、追放されて今の場所にいる。まあ、今の暮らしが悪くねえから、追放してくれたことは感謝してるんだがな。だが、フィーバス卿は違う」
「うん?」
アルベドの家が力を持ちすぎて追い出された理由をサラッと流したせいで、それはそれでいいのかと突っ込みたくなったけど、彼がそこまで気にしていないので触れないことにした。悪くないって言っているし、あのピンク色のチューリップが育ちやすい環境だったんじゃないかと考えたら、あれはあれでいいのかも知れないと。
それにしても、アルベドのいったとおり、可笑しな話である。
(光魔法の家門なのに、辺境の地に……辺境伯の辺境ってそういう意味じゃないのに、何で?)
意味は理解できているが、確かに、ラスター帝国内ではあるけれど、雰囲気が違う街を見て、違う国にきてしまったのではないかと思ってしまうくらいだ。だから、それほどラスター帝国から離れていると言うことだろう。
何で、こんな辺境に。
「フィーバス卿は、防御魔法に優れた魔道士だ。この地を全て覆い尽くせるほどの魔力を持っている」
「え、え、ここ一帯って!?え!?」
「まあ、正しくは、少ない魔力で防御魔法を発動できるっつったほうがあっているが。フィーバス卿はラスター帝国一の防御魔法に優れた魔道士だ。これは、断言できる」
「ひえぇ……」
それで、性格も恐ろしい……じゃなくて、堅いと。
そんなことを考えながら、この街を覆い尽くせるほどの魔力ってどれくらいだろうな、と想像した。聖女の魔力で出来るのか。フィーバス卿が、そういう体質なのかは知らないけれど、少しの魔力で、街全体を覆える防御魔法……結界魔法を使えるなんて、想像がつかない。
アルベドが認めるほどの男ということだけは分かって、それで色んな情報が付け加えられて解像度が上がっていく。
「ああ、後因みにだが、ブリリアント家の遠い血縁者だな」
「ブリリアント家って、ぶ、ブライトの」
「そうだ。まあ、フィーバス卿は、光魔法に頼らない、水魔法の派生、氷魔法を使う魔道士だな。兎に角、彼奴の魔法はかてえ。崩すことが出来ねえな」
「そ、そんなに……」
「魔力の密度だなあ。持った才能もあるが、かなり研究したんだろう。じゃなきゃ、あそこまでの魔法は使えない」
と、アルベドは感心したようにいった。
ふと、そこで疑問がわき出てきて、それを聞いても良いものなのかと、ちらりとアルベドを見る。満月の瞳と目が合えば、「何だよ」と少しドスのきいた声が降ってきた。
「そ、そのさあ、フィーバス卿と、アルベドが戦ったら、どっちが勝つのかなあって」
「はあ!?」
「ひいっ、気になっただけだもん。だって、アルベド絶賛するし。てか、アルベドも強いって聞いてたから、そのどっちが強いのかなあって」
何でそんなに睨むの!?
本当に気になってついぽろっと言っちゃっただけなのに、アルベドの目が鋭くなった。今にも殺されそうな、暗殺者の目に、私は頭を抑えて下を向いた。すみません、すみません、と連呼すれば、アルベドは困ったようにため息をつく。
聞かれたくないことだったのかなあ、何て顔を上げれば、アルベドは口を曲げて、いいたくなさげに零してくれる。
「フィーバス卿………………だな。今は、だ。彼奴が落ちぶれて……後五年、いや、三年たちゃ、俺が勝つだろう」
「フィーバス卿って年?」
「三十九」
「わあ」
「何が、わ、だよ」
「いやあ、五年っていっても、四十四かあ……と思って」
「それくらいしたら、魔力も衰えてくるだろう」
「魔力って衰えるの?」
また、ふとした疑問をぶつければ、アルベドはそんなことも知らないのかといった感じに見てきた。何も知らないの、今に始まったことじゃないし、私のこと分かっているでしょ? と頬を膨らませば、降参というように手を挙げる。
此の世界で生きてきたわけじゃないんだから知らなくて当然。私の知っている情報は、乙女ゲームの自分がプレイしたストーリーだけだから。公式ブックが出たのは、私が此の世界に取り込まれた後だったみたいだし……細部まで知らないんだから仕方がない。
(フィーバス卿のことも、最近知ったし……)
それで魔力が衰えるとはどういうことだろうか。また、話がそれている気がしたけれど、そこも気になるところだった。
「四十過ぎたら、魔力が徐々に減っていくんだよ。魔力が尽きたら死ぬのは知ってるだろ?まあ、そのターニングポイントっつうか、死に向かってゆっくりとなくなり始めるのが四十だ。個人差はあるが、大抵は、四十過ぎたら、衰えるっつうかな」
「そう……」
「聞いておいて、反応が薄いじゃねえか。で?他になんかあんのか?」
「ううん。聖女も同じなのかなあって」
聖女も、四十過ぎたら魔力がなくなっていくのだろうか。というか、此の世界の平均寿命はどれくらい? と気になることが一杯出てくる。それを、いちいちアルベドに聞いていても仕方ないかも知れないけれど、情報は知りたくなる。それを今後活用するか、活用しないかは別として。
ああ、そもそも、聖女が四十まで生きることがないんだ、とアルベドの視線から考えた。そりゃ、聖女って普通は役目を終えたら消えるっていうし……
(じゃあ、なんで、ヒロインは消えなかったのよ!?)
まあ、そこもツッコミどころなんだけど。この場合、トワイライトじゃなくて、ヒロインっていわせて貰うけど、ヒロインはエンディング後、幸せに暮らしました的なことが書かれていた。でも、実際此の世界では、聖女は役目を果たすと天に召され……消えてしまうっていう設定? 決まり? そこは、ヒロインパワーとか何とかで、愛の力とか何とかで存在しているのかも知れないけれど。
「うーん」
「悩んでどうしたんだよ」
「自分が、よぼよぼになる未来を創造できないなあって」
「未来のこと考えてんのか」
「うん、自分がよぼよぼになっても、好きな人は受け入れてくれるかなあって」
「そりゃ、受け入れるだろ。そんなことで、あの皇太子殿下が、嫌いになるわけねえだろう。つか、特権じゃねえか。好きな人をずっと見ていられるって」
「えーでも、乙女心としては」
「は」
「え?」
アルベドは、信じられないものを見たというように、私を見ていた。まん丸お月様の目が私を見ている。
「な、何、え?何?」
「お、乙女だったのか、お前」
「さ、最低!」
さすがに、手が出た。リースの次に顔がいいと思ってるアルベドの顔に私の平手打ちが思いっきり飛んだ。