「……っ、腰痛っ」
腰の痛みで目が覚め、俺は思わず顔をしかめる。そういえば昨日朔蒔と……とそこまで思い出して、俺は顔に熱が集まるのが分かりぶんぶんと首を横に振った。
(最悪すぎるだろ……あいつ)
放課後、頼まれていた体育館倉庫の備品を探しにいったとき運悪く朔蒔に遭遇し、そこで彼奴に強姦された。それはもう、完膚なきまでに。抵抗なんて出来やしなかった。力差がありすぎる。
そして、昨晩は風呂場で朔蒔に出されたものを最悪最悪と呟きながら全部かき出した筈なのに、まだ腹の中に朔蒔のが残っている気がして気持ち悪く、俺はシャワーでも浴びるかと時計を確認すると時刻はまだ6時前だった。いつも起きる時間よりも1時間以上早い。
弁当は昨日のうちに作っておいたため、今日の朝はゆっくり出来ると思ったのに。
「そういや、昨日……父さん帰ってこなかったな」
仕事が立て込んでるとか、事件を追っているだとかそういうのもあるだろうけど、それとは別にずっと母さんを殺した連続殺人鬼の捜索もしているんだろう。捜索というよりかは、復讐心で動いているというか。
「俺の目標じゃなくなった、正義《ヒーロー》じゃなくなった父さんなんて、どうでもいいんだ」
俺は、シャワーはいいやと、くしゃっと手で顔を覆って、そのままベッドへと倒れ込む。
あれは十年前のこと――――
その日は、母さんの帰りが遅かった。母さんはファッションデザイナーで、夜遅く帰ってくることはよくあった。でも、その日はいつもと違って、遅くなるという連絡もなしに帰ってこなかったのだ。父さんは母さんのことが大好きだったから、母さんの帰りが遅いのを心配し、何度もメールと電話をかけていた。それでも、繋がらずに父さんは探しに行った方が良いんじゃないかとすらいっていたのを覚えている。
父さんは警察官で、刑事部捜査一課の警部補だ。正義感に溢れ、コレまで何人もの凶悪犯を逮捕してきた実績があり、まだ幼かった俺の目標だった。
本当に、正義の権化のような、真っ直ぐで嘘もつかないような人だった。まあ、その分嘘を嫌っていて嘘をつけば怒られたりもしたけれど。
それでも、父さんは俺にとっての正義《ヒーロー》だった。夢は警察官になる事、それが俺の子供の頃の夢だった。いいや、今もそうなのだろうけど……
それで、母さんの帰りが遅く、落ち着かない父さんを見ながら早く夕ご飯が食べたいと思っていたとき、ピンポンと家のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろうと、母さんでないことは確かで、母さんは鍵を持っていたから自分で開けられるだろうしと思い俺は父さんより先に玄関へ向かった。そうして、玄関を開けると見たことも無いサイズの段ボール箱が置いてあり俺は目を見開いた。そこから、生臭いにおいがしたから。
俺は、父さんが来るよりも先にその段ボール箱の封を切ってしまった。そうして、その中にはいっていたのは、血だらけの母さんの死体だった。
そう、それはもうぐちゃぐちゃになっていて、俺にはその死体が初めは母さんだって分からなくて、綺麗に手足を切断されて箱に収まるようにきっちりと重ねられていた。
どんな風にはいっていたかはあまり覚えていないけど、首も切断されていて、母さんだって分からなかったのは長い髪で顔が覆われていたからだと思う。
そんなバラバラの箱詰め死体を見ても、俺は悲鳴1つあげることが出来なかった。怖かったから声が出なかったとかそういうのではない、あっけにとられていたとかそういうのでもない。ただ、何だろう。今でも不思議だし、思い返してもグロいとか吐き気が……とかも全くない。無だった。
そうして、後から俺の帰りが遅くて心配になった父さんが部屋の奥から玄関に来て、段ボール箱と俺を見てすぐさま俺の目を覆った。でも、もう見てしまったしとか思っていると、父さんは段ボール箱の中身を見て発狂していた。父さんがあんな鳥とも猿とも似つかない声で叫んでいたので、俺は驚いて耳を塞いでしまった。
それから父さんはその箱から母さんの頭を取り出して抱き締めまた泣いていた。俺はどうして良いのか分からず、とりあえず母さんの頭を抱きしめる父さんの腕にそっと触れた。すると、父さんは俺の方を向いて、警察に電話しろと呟いた。俺は聞き取れず、聞き返そうとすると、今度は怒鳴って父さんは俺の頬を叩いて、警察に電話しろと叫んだのだ。
その父さんの目を見て俺は泣きそうになった。ようやくこみ上げてきた涙は母さんが死んだという悲しみではなく、父さんの目から正義の炎が消えた。という悲しみだった。
父さんの目は一瞬にして復讐、殺意、怒りといった負の感情に飲まれていった。
俺の中で、何かが壊れた気がした。
それから俺は父さんと母さんの葬式に出て、一軒家を売り払い、今のマンションに引っ越したわけだが、多分売り払ってマンションに引っ越したのは俺と離れて事件を追いたかったためだと思った。父さんの給料であるなら、一軒家だろうがマンションだろうが家賃はまかなえるし貯金もあるわけで不自由はない。でもマンションに引っ越したということは、俺に半場強引に一人暮らしを押しつける為だったのだと今になって思う。現に、父さんは家に帰ってくる回数が年々減っているのだ。何処か他にマンションを購入しているのかも知れないし、ネカフェとかホテルとかに泊って、それこそ職場に寝泊まりしているのかも知れない。でも、まあ俺にとってはどうでも良いことだった。
父さんは、正義だけではなく俺まで捨てた。
別にそれに関しては、悲しくはなかった。仕方のないことかなあと受け入れていた。
ただ、悲しかったのはいつまで経っても父さんの目に正義が、父さんの中に正義が戻ってくることがなかったということだろうか。
俺は、そんな昔のことを思い出しながら身体を起こして、ちょうど良い時間になったことを時計で確認しながら、キッチンへと向かった。何か腹を満たせるものは無いかと冷蔵庫を開け、何も無いことにため息をつく。昨日買出しに行くべきだったと後悔しながら仕方なく水道水を飲んでいると、インターホンが鳴った。
誰だろうと思って出ると、そこには楓音がいて、彼は俺の顔を見ると、おはようと挨拶をしてきた。
「あ、ごめんこんな朝から」
「いや、別にイイよ。でも如何したの?」
「えーっと、朝のランニング……かな」
そう言って楓音は少し不安げな表情で俺を見る。確かに服装は制服じゃなくてジャージだし、荷物も持っていないようで楓音のいっていることが嘘でないことは見て取れた。
しかし、こんな朝早くからランニングとは、熱心なことだ。
「楓音さえ良ければ、うち上がる?」
「え!? ほんと? じゃあ、お言葉に甘えて……お邪魔します」
と、花が咲くような笑顔で楓音は俺を見て、可愛くお辞儀をして俺の家に上がった。
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