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ホームルームが終わるとすぐ、美琴は教室のロッカーから通学鞄を引っ張り出し、隣の教室を覗いた。普段から他のクラスよりも終わるのが早い二組はもうすでに大半の生徒が出ていて、窓際の席に集まっている女子生徒が三人残っているだけだった。
部活のある放課後、グラウンドからは運動部の元気な掛け声が聞こえてくる。
「あ、美琴、ちょっとちょっと!」
後ろの扉から覗き込んだ美琴のことを陽菜がいち早く気付いて呼んでくる。今朝会った時は高い位置で一つにまとめただけだった髪形が、今は複雑な編み込み入りになってるのは、多分その隣でツインテ―ルを揺らしている野原菜摘の仕業に違いない。高校卒業後は美容専門学校に行くと公言している菜摘は、両親が共に美容師だ。とにかく器用だし人の髪をいじるのが大好きで、去年のクラスでは美琴も餌食になっていた。
二人に席を囲まれて、一人だけ椅子に座っているショートヘアは井ノ口文香。右足首を捻挫してる為にしばらく休部中だが、バレーボール部の所属だ。教室の中へ入っていくと、文香の机の上に昨日発売されたばかりのタウン情報誌が広げられているのが見えた。その雑誌の特集ページを開いて、三人は騒いでいたようだ。
「ね、美琴は行ったことある、ここ?」
「どこ? え、占いの館? そんなのあるんだ……」
「文香のお姉ちゃんが行ったことあるんだってー。何か、めちゃくちゃ当たるらしいよ」
陽菜達が興奮気味に話題にしていたのは、占いの特集ページ。巷で人気のある占い師や占いの館、路上占い師の出没エリアの紹介が口コミと一緒に掲載されている。商店街の少し奥まった通りにあったりと、普段はあまり入らない場所でそんなものが近所にあるのを初めて知った。
「タロットとか、手相とか、人によって占い方が違うんだけど、いつも土曜日にいる女の人が霊感あるんだって。手相とオーラでみてくれるって言ってた」
「霊感って言ったら、美琴もあるよね?」
「え、美琴もオーラとか視えちゃうの?」
一斉に何かを期待する目が集まってきて、美琴は慌てて「視えない視えない」と首を横に振って否定する。
確かに子供の頃から何かの気配には敏感だった。いわく付きの場所へ行けば、それなりに感じることがある。さらに祖母から力の継承を受けて以降、人ならざるものがはっきり視えるようになったけれど、それは霊感とはまた違う気がする。たまに、祓いの力というのは何なのかを考えてみることはあるけれど、いまいちよく分からない。
――でも、オーラって何なんだろう?
試しに同級生三人のことをじっと凝視してみる。でも、周囲に何かが視えてくることもない。その占い師には実際にどういう風に見えているのか、ちょっと気にはなる。
「ね、次の土曜に皆で行ってみない?」
「えー、私、占いとか初めてかもー」
「美琴も行くでしょ、もちろん?」
名前を呼ばれて確認され、美琴は少し躊躇った後だったが、黙って頷き返した。こういうのは直接本人に聞いてみるのが一番だ。
約束の土曜日。あんなに乗り気だった菜摘から「ごめーん。親の店が激混みで、オープンから手伝わされてて今日は出れそうもない……」という涙マーク付きメッセージが届き、菜摘を除く三人で待ち合わせすることになった。
高校の最寄り駅からは二駅離れ、市内では割と大きい部類に入る商店街。そのメイン通りを一本横道に入るだけで、アーケードで流れていた音楽がぴたりと聞こえなくなる。飲食店の裏口や、テナントビルの非常階段を横目に進んでいくと、地下へと続く狭い階段が現れた。その脇に控えめに立て掛けられた『占いの館 ーシルクー』と描かれた看板が無ければ、間違いなく素通りしてしまっていた。
「なんか……だね」
三人は目を合わせて頷き合うと、半地下といった感じの短い階段を降り、アンティーク風なデザインのブラウンの扉を引いた。先頭をいく文香は姉から事前に店の雰囲気のことも聞いていたらしく、意外と平然とした表情で中へ入っていった。美琴と陽菜は顔を強張らせながらもその後に続く。
外観とは違い、店のロビーはレトロ調のカフェといった内装だ。明るさを落としたダウンライトの下に、順番待ちする客の為のソファーとテーブルが並んでいる。占いの館と聞いた時は、もっと怪しい雰囲気の店を想像していたから、ちょっと拍子抜けだ。
受付を済ませて案内された席に着くと、目の前に二つの扉が並んでいるのに気付いた。タウン誌の情報によると常に二人の占い師が常駐していて、客の希望する方に見て貰えるのだという。片方の扉からは微かに男性の話し声が漏れて聞こえてくる。もう一方はとても静かだ。
受付カウンターの上に本日の担当占い師の紹介ポップが置いてあり、それを見ると今日は四柱推命で鑑定する占い師もいるらしい。美琴達のお目当てはもちろん、オーラ占いの人の方。
しばらく待っていると右手の扉が開き、二十代の社会人風の女性が出てきた。中から「お疲れ様でした」という男性の声が聞こえてきたから、三人が指名した占い師はどうやら左側の部屋にいるみたいだ。