テラーノベル
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冷ややかな空気が、頬を撫でる。前よりも、しっかりと氷の上を滑れている感覚がして、無心で、スケートリンクの上を滑っていた。
(フィーバス卿は、スケートしないんだ……)
いや、していたら、していたで絵面がなんとも言えないなあと思っちゃうけれど、スケートリンクの外側で、私を見つめているその様子は、日曜日のお父さんみたいに思えてしまった。子供が遊んでいるのを側で見守るみたいな。まあ、そんなの家族の理想型でしかないから、私の妄想に過ぎないんだけど。
スーと滑れば、私の後ろに傷がつく。スケートリンクは思った以上に広くて、子連れやカップルなどがいた。フィーバス卿がかけてくれた魔法は、存在感を消すみたいな魔法で、フィーバス卿や、私が見えないのではなくて、私達が纏うオーラを消すような力があったらしい。だから、少量の魔力で出来たのかも知れないが、それにしても、人に気づかれずに魔法を掛けるというのは至難の業だし、フィーバス卿だから出来たことだと思う。
一人で滑っていても面白くないのだが、きたいといった以上、もう少し滑っておかないといけない気がして、私はフィーバス卿を確認しながら滑った。
まだ、私のことを娘と公言していないからか、私を同じ平民だという感じで、ここの店主は、私にスケート靴をくれた。フィーバス卿は、そもそも屋敷から出ないタイプかもだし、あまり顔を知られていないのかも知れない。
(いや、ないか……)
私は、一人そんなことを心で呟きながら滑る。スケート選手みたいに、トリプルアクセルなんて出来ないし、しようとも思わない。初めて滑ったときは、足が子鹿みたいにぷるぷると震えていた。でも、慣れれば楽しいもので、変な傾き方をしなければ転ぶこともない。前世は、雪のないところで生活していたから、雪遊びとかしたこともなかった。スキーとか、スノボーとか滑れる人は凄いな程度に思っていたけれど、人間離れした動き! という何処か、人外のように見ていたのは記憶に新しい。リュシオルとか、リースとか、ルーメンさんとか、スキーとか、スノボー特捜なんだけどなあ、なんて思うと泣けてきた。
リースと、スケートしたのが、昨日のように思い出されるのに、私の隣には、彼はいないのだから。そう思うと、寒さが一気に襲ってきて、私は、リンクの外に出た。
「もういいのか?」
「ちょっと、寒くなってしまって」
「そうか……来たかったらまたいつでもきたらいい。何なら、屋敷に作ってやってもいい」
「ええ、え、え、いや、大丈夫です。そこまでは。あの」
「何だ?」
会話が途切れないようにと気を配ったせいか、あの、なんて如何にも話がある終わり方をしてしまった。それにフィーバス卿は反応して首を傾げる。いや、聞き逃してくれていた方が嬉しかった。私は、グッと拳を握って、かじかむ指を見て見ぬ振りして続ける。
「フィ……お父様は、スケートをしないのですか……とか、思って」
「俺は、しないな。昔はしていたが、そんな年でもないしな」
と、フィーバス卿は素っ気なく返す。もしかしたら、妻と滑っていた記憶を思い出したのかも知れない。憶測に過ぎないけれど、もしそうだったら嫌なことを思い出させてしまったかな、と。私は、申し訳なくなって俯いていれば、フィーバス卿は、羽織っていたマントを私に被せてくれた。この間みたいに。
「ええっと」
「寒いんだろ。来ていろ。このマントには、防寒魔法が掛けてあるからな。寒くないはずだ」
「あ、ありがとうございます」
「……」
「あ、ありがとう。お父様」
言い直せば、彼は、少しだけ口角を上げて歩き出した。
防寒魔法が掛けてあるっていうことは、やっぱり、フィーバス卿も寒いんじゃないだろうか。雪は降っていないものの、雪が降りそうな空模様だし、辺境伯領は、寒いのかも知れない。それも、この地の呪いと関係あるんだろうが、深く聞く勇気がなかった。
マントに身体をくるませて、私はフィーバス卿の後をついて回った。彼は、私に気を遣って、美味しいタルトがあるお店や、可愛いアクセサリーショップに連れて行ってくれたけれど、こっちも緊張して、上手く声を発することが出来なかった。家族なんだけど、ぎこちない、そんなのがずっと続いて、息苦しかった。
あの時は、ノリのような形で養子にならせて下さいといったけれど、今となったら、もう少し考えるべきだったんじゃないかと思う。嫌じゃないけれど、私の覚悟と、寛大に受け止めてくれるフィーバス卿の間に溝があるから、そこがなんとも言えなくて、もどかしい。
フィーバス卿は、町が見下ろせるという大きな時計台に連れて行ってくれた。人が歩くような高さじゃない時計台は、下を見ると怖くて、手すりに掴まりながらのぼった。他中、疲れてしまって足を止めれば、風魔法で浮かせてくれて、一気に上までのぼる。ならはじめからそうすればよかったじゃないか、なんていえなかった。
最上階にたどり着けば、白かった街が、夕日で紅く染まっており、確かに、フィーバス卿のいったとおり、一望できる穴場スポットだった。
時計台の最上階には、大きな金がありそこから、かすかな魔力を感じた。
「凄い……」
「気に入ったか?」
「え、あ、はい。気に入りました」
「…………無理しなくていい。いや、無理させてしまったな」
と、フィーバス卿は、私の後ろで呟いた。それを聞き逃すことが出来なくて、しっかり耳に入ってしまったそれに、私は反応して後ろを振向く。ほら、悲しそうなかおをしているフィーバス卿がいる。私の態度が傷付けてしまったんだな、と、唇を強く噛む。
「仕方ない。いきなり、家族に何てなれるわけがないのだから。俺も、連れ回しすぎたな」
「い、いえ。楽しかったです。色々思い出すこともあって」
「昔の家族のことか?」
「い、いえ。違います。ただ……」
この先は言えなかった。未来のことというか、過去の事というか。フィーバス卿の知らないこと。世界がまき戻れば、消えてなくなってしまう関係かも知れない。だから、いわなくても良い、と私は首を横に振る。でも、こんないい方すれば、フィーバス卿は気になるだろうな、なんて考えながら、私は笑ってみる。
「アルベド・レイにいわれて、養子になるといったのか?」
「違います。養子になりたいっていったのは、私の意思です」
「……」
「こんないい方するのはおかしいって分かっていますし、お父様を、傷付けるかも知れません」
私はそう前置きをした。この人に嘘も隠しごとも通じないと思ったから。いわなければ、いい。けれど、関係は悪くなると思った。今なら、いっても大丈夫そう、なんていうよく分からない自信があったからか、私は、夕日をバックに口を開いた。
「身寄りがないんです。拾ってくれた人はいました。その人たちと、祖母と孫のような関係でした。でも、私にはやることがあって、それで、アルベドと行動していたんです。利用……って、思われても仕方ないかも知れません」
「そうか……」
悲しそうな声色が聞える。ここから、落とされるのかな、なんて残酷なことを考えてしまう。そんなことする人じゃないって分かっているのに。氷付けにされる方が、まだましか。
「……でも、家族になれたのは正直嬉しいです。家族っていうものが分からなくて、家族の形?とか、温かさとか。そう言うの知らなかったので……無い物ねだりだったというか、理想の家族像が、私の中にもあるんです。だからこそ、からまわるというか……色々あって……そこは話せないんですけど――」
「分かった。もういい」
と、フィーバス卿は私の言葉を遮る。
ああ、やらかしたかも知れない。やっぱり言わなかった方がよかったのかも知れない。そう思いながら、私は一段と深く俯いた。顔を合わせられなかった。
そんな風に、沈黙の時間が続けば、フィーバス卿は、私の頭に手をのせ、ポンポンと優しく叩いた。
「え……っ」
「家族でも、いいたくないことがあるだろう。無理して言う必要はない。ステラが無理しているのは、今日一日で分かった」
「え、あの、ごめんな……」
「謝る必要もない。俺も、距離を縮めようとし過ぎた」
フィーバス卿はそういって私の頭から手を離した。バッと顔を上げれば、悲しそうにしながらも、何処か腑に落ちた、理解した、といわんばかりの笑顔がそこにある。この人は、冷たい人じゃなくて、寛大で、温かい人だって、夕日に照らされたフィーバス卿の顔を見て思う。
同じ。
同じなんだ。
「お父様……」
「ステラのペースでいい。無理なら構わない。だが……望んでもいいなら。ゆっくり、家族になっていきたいとおもっている」
そういったフィーバス卿の顔は温かくて、私の欲しかった、向けて欲しい笑顔だった。
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