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朝。ヤカと押し問答している。
「めっ! 2人と直接話しなさい!」
{あなたは『お館様の代理人』になってくれると言った!}
「そんなこと言ったって厨房のどこに何があるかとか館の空気の入れ替え方とか掃除の仕方とか詳しいのはヤカでしょ! 矢車ちゃんと薄荷ちゃんにちゃんとやってほしいなら、ヤカが直接話すべきよ!」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんに館での仕事を説明するにあたって、ヤカの方が館に詳しいしどこに何があるかもわかってるから、直接説明してもらおうと思ったのに、ヤカはまだまだ人前に出るのを怖がる。
ヤカはシーツを被った人型をしていたが、人前に出るのが嫌すぎたらしくて床に染み込んでしまった。声だけした。
{どこに何があるかは紙に書いて貼っておく! 他のことも紙に書いておく!}
「もー! なら早くしなさい! 9時には2人とも来ちゃうよ!」
ヤカはそれきり沈黙した。集中して紙に書いてるんだろう。でも間に合うのかなあ、厨房広いし物多いし、どこに何があるか書くだけで一苦労だと思うんだけど……。
私も一通りの身繕いを済ませた。て言っても、顔洗って髪整えて軽くアイメイクするくらいだけど。この年だし本当はフルメイクすべきなんだけど、まだシミがないのをいいことに下地もファンデも省略しちゃってる……。
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは、9時ぴったりに西館の勝手口からやってきた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
私は「おはよう、今日からよろしくね」と2人を迎えた。薄荷ちゃんがきょろきょろした。
「ヤカ様はどちらですか?」
「館に染み込んじゃった、人前に出るのが怖すぎて」
「染み込んじゃったんですか!?」
矢車ちゃんも目を丸くした。
「染み込めるんですか!?」
私は説明した。
「なんかねえ、ヤカってこの館全体に染み込んでて、透明なスライムみたいな姿なの。だから、姿見せなくても館じゅうにいるし、私たちを見てはいる。必要なことは紙に書いて貼っておくって言ってたけど、取りかかったのついさっきだから間に合うかな……」
私は思案したが、とりあえず館の中全体を見てもらおうと決めた。
「じゃ、館全体案内するから付いてきて。まず本館ね」
ひとまず1階を見せて回る。昨日通した応接間、玄関ホール、書斎、寝室、浴室、図書室、その他家族用や使用人用の部屋。見せつつ私は言った。
「私はほとんど使ってないけどね。私の部屋、東館の客室だし、厨房もヤカが使うのがほとんどだし」
矢車ちゃんが不思議そうにした。
「使ってないならホコリたまりませんか?」
薄荷ちゃんも「いくらでもお掃除しますけど?」と言ってきた。私は言った。
「ホコリ取りはヤカが全部やってくれてる。ヤカがやってほしいって言ってたのは、空気の入れ替えと水回りの掃除とお昼作りだから、あとは言われない限りあんまり触らないほうがいいと思うの。ありがた迷惑ってあるでしょ?」
そう言うと、二人とも納得したみたいだった。
最後に厨房に入る。そしたらありとあらゆる引き出しと棚に、しまってある物のメモがきっちり貼ってあった。セロテープ1枚でぶら下げるように貼ってあるのではなく、もっとしっかりしたテープで紙の端を全部コーティングするように貼ってある。長持ちする貼り方だ!
矢車ちゃんも薄荷ちゃんも喜んだ。
「すっごくわかりやすいです!」
「何でもそろってますね!」
私もメモをひと通り見た。調理器具が一通り……一通りどころじゃなく揃ってるな、ノンフライヤーに低温調理器にチーズおろし器まであるの!?
食器棚にもきっちりメモが貼ってあった。お皿、器、コップ、フォーク、スプーン、箸、どれも大人数を迎えられる数。コーヒー淹れる時なんとなく思ってたけど、どの食器もだいぶ高そうなんだよね。
私は2人に聞いた。
「メモ見ながらで厨房使えそう?」
「全然問題ないです!」
「いろんなもの作れそうです!」
なら、よし。すると、私の目の前に折りたたんだ紙が落ちてきた。
「ん? 何? あ、ヤカか」
紙を広げてみる。ヤカの追加指示が書いてあった。
{館の空気の入れ替え:東館の端の部屋から窓とドアを開けていく。その後本館でもすべての部屋の窓とドアを開ける。最後に西館の部屋も同様にしてから、また東館に戻る。東館から、部屋の窓とドアを開けた順に閉めていけば、ちょうどよく空気を入れ替えられる。空気の入れ替えは、夏は朝、冬は昼に行うこと。真希氏の自室の空気の入れ替えについては彼女と相談して決めること。
水回りの掃除:カビなどは残っていてもこちらで処理できるので、水垢を重視してよくこすって取るように。クエン酸は厨房にある。洗剤は各水回りにある。こちらもメモを貼っておく。真希氏の部屋のシャワー室の扱いは彼女と相談して決めること。
買い物と料理:買ってほしいものは事前に書いておく。真希氏の許可があればそれ以外にもいろいろ買って自由に料理してもらって構わない。真希氏に滋養をつけさせたいので、肉か魚をしっかり食べられる料理にしてほしい。後片付けはきちんと。食洗機の使用説明書を出しておく。生ごみは厨房の奥の生ごみ入れにすべて入れること。こちらで処理しておく}
最後に、こう書いてあった。
{多少失敗があっても、正直に言ってくれればこちらでなんとかする。矢車浅葱氏、安留辺薄荷氏、これからよろしく}
私は微笑んだ。ヤカは2人のこと、別に嫌いじゃないのよね。
私は2人にヤカの追加指示を見せた。2人は「やれます!」「お任せください!」とメモを取り始めた。私は言った。
「んー、これはそのまま持っといてもらったほうがよさそう。書斎のプリンタでコピーできるから、2人分コピーしようか?」
矢車ちゃんが目を輝かせた。
「そうですね! 今便利なものたくさんありますもんね!」
薄荷ちゃんは「全然思いつきませんでした……」と嘆息した。70代ならそんなもんかなあ。
「じゃ、一旦書斎に行って、コピーしたら2階も案内するね。その後東館と西館だ」
2人の反応がいいから、案内は結構楽しいけど、こんなに歩き回ったら私午後熱出すな。厨房使うのは問題ないみたいだし、ヤカが材料用意してくれてるから案内のあとは2人にお昼作ってもらうとして、午後どうするか。
よし、2人に課題出そう。書斎のパソコン使ってもらって、情報科目の教科書売ってるところ探しと、YouTubeの塾講師の情報科目授業動画探しと、あとこの辺で品揃えの良さそうなスーパーとドラッグストアを調べさせよう。それから、WordとExcelの勉強するのにちょうどいいスペックのノートパソコン探しも。で、調べさせてる間、私は寝よう!
コメント
1件
第37話、読ませていただきました。 ヤカさんの「床に染み込んじゃった」には思わず笑ってしまいました…!人見知りなのに、しっかりメモを貼って準備してるギャップが可愛いです。最後の「よろしく」という一文、ひと言でヤカさんの優しさが伝わってきてじんときました。新しい二人にも順調に馴染めてきて、チーム感が出てきたのがいいですね🌷
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