テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2,687
59
第2話 死後初の、熱中症
「熱中症です」
目を開けた仙人へ、景陽はそう告げた。
天灯共同医療福祉院、降下・降臨後処置室。
仙人は寝台に横たわり、額には冷却布、腕には補水用の細い管が繋がれている。あれほど身体へ張りついていた黒衣は脱がされ、部屋の隅で黒い塊になっていた。
「……熱中症」
「はい」
「俺、死んでから熱中症なったの初めてだわ」
「そうでしょうね」
「もっと驚かないのか」
「診断したのは私です」
景陽は記録板へ何かを書き込んだ。
仙人はしばらく天井を見つめていたが、やがて思い出したように顔を向ける。
「任務は?」
「倒れた時点で中断されています」
「中断……」
仙人の指先が、わなわなと震え始めた。
「現時点では、途中終了です」
「つまり失敗ということだろう!?」
「まだ、そうは言っていません」
「同じことだ! この俺が、任務に失敗……!」
握り締めた拳が震える。肩も震える。額の冷却布まで小刻みに揺れていた。
「何たることだ……!」
景陽は、非常に嫌な予感がした。
「くそっ、俺の体が弱かったばかりに! 鍛え直しだ!!」
次の瞬間、仙人は掛布を跳ね飛ばした。
「何を――」
補水の管をつけたまま、勢いよく起き上がる。さらに寝台から足を下ろそうとしたところで、処置を補助していた看護官の男が仙人の腕へ飛びついた。
「待て待て待て待て!」
ほぼ同時に、景陽も反対側の肩を押さえる。
「どこへ行くつもりですか!」
「修行場だ! 暑さに耐える訓練をする!」
「今、熱中症だと診断されたのを聞いていましたか!」
「だから鍛えるんだろうが!」
「熱中症の治療中に耐暑訓練を始めないでください!」
「善は急げって言うだろ!」
「これは善ではありません! 追い打ちです!」
仙人は二人に押さえられながらも、なお寝台を降りようとする。補水の管が危うく引っ張られ、看護官の声が裏返った。
「管が抜ける! 景陽殿、こいつ思ったより力が強い!」
「仙人ですから!」
「その仙人がなんで熱中症になってるんだ!」
「今そこを考えないでください!」
そのとき、処置室の扉が勢いよく開いた。
「アホかお前は――!!」
天界事務局・降臨班の担当官が、血相を変えて飛び込んできた。記録板を脇に抱えたまま、肩で息をしている。
「熱中症で倒れた直後に、何をやってる!」
「鍛え直しだ!」
「聞こえてたわ!」
「ちょうどいい、この患者を押さえてください!」
景陽が叫ぶ。
「言われなくても押さえる!」
担当官は記録板を放り出し、そのまま寝台へ駆け寄った。
担当官まで加わり、三人がかりで仙人を寝台へ押し戻す。
「離せ! 今年、任務に失敗したんだぞ!」
「だから寝ろ!」
「鍛え直すのが先だ!」
「来年どころか、今日また倒れる!」
「一度倒れたくらいで大げさな!」
「一度で十分だ!!」
担当官の怒声が、処置室に響いた。
仙人の肩を押さえる手には、必要以上に力が入っている。顔色も、寝台の仙人より悪かった。
仙人がようやく抵抗をやめると、景陽は掛布を胸元まで引き上げた。看護官も補水の管が抜けていないことを確かめ、深く息を吐く。
「いいですか。今のあなたに必要なのは、修行ではなく安静です」
「でも去年までは平気だったんだぞ。日付も時刻も場所も装束も同じで、今年だけ俺が倒れた。なら、変わったのは俺しかいないだろ」
担当官の顔が強張った。
「……そうとは限らない」
「俺以外の何が変わった!」
「それを確認するためにも、まずは身体を休めてください」
景陽は仙人から担当官へ目を移した。
「体調が落ち着き次第、事情確認を行います。あなたも顔色が良くありません。それまでに体調を整えてください」
「私は問題ありません」
「問題のない顔色ではありません」
景陽が看護官へ目配せする。
すぐに椅子が運ばれ、仙人の寝台脇へ置かれた。
「こちらへ」
「……ここに?」
「座ってください」
担当官は仙人と椅子を見比べたが、結局、観念して腰を下ろした。
「患者は安静。担当官も休息。異変があれば、すぐに知らせるように」
「分かった」
「……承知しました」
景陽と看護官が処置室を出ていく。
扉が閉まると、急に室内が静かになった。
担当官はまだ険しい顔で、補水の管を睨んでいる。やがて仙人の額からずれかけていた冷却布へ気づき、元の位置へ戻した。
「なあ」
「なんだ」
「そんな顔すんなよ。お前、俺より怨霊みてぇな顔してるぞ」
「誰のせいだ」
「だから俺の――」
「それ以上言うな」
冷たい布が額へ触れ、仙人は不満そうに目を閉じた。
「……腕立てくらいなら、寝台の上でもできると思うんだが」
「寝ろ!!」
コメント
1件
「死後初めての熱中症」って言い方、もうそれだけでツボりました(笑) しかも治療中なのに「鍛え直す!」って飛び起きて、三人がかりで押さえ込まれる仙人、最高すぎます。「善は急げだろ」「これは追い打ちです!」の掛け合いとか、もう会話のテンポが気持ちよくて何度も笑っちゃいました。担当官が「アホかお前は!!」と飛び込んでくるシーンも大好きです。でも最後、今年だけ自分が倒れた理由を「変わったのは俺しかいない」って言うところ、ちゃんと真面目な顔してるのがまたギャップ萌え。続き、すごく気になります!