テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2,687
59
第3話 この日じゃないと駄目なんです!
翌日。
天灯共同医療福祉院、事故確認室。
机を挟み、天灯院の安全確認担当者と、天界事務局・降臨班の担当官が向かい合っている。
その横には、補水用の湯呑みを持たされた仙人。
さらに景陽と、灯台から派遣された調整員も同席していた。
「では、確認します」
安全確認担当者が記録板へ目を落とす。
「なぜ気温四十度近い炎天下へ、黒装束で長時間降臨させたのですか」
担当官が身を乗り出した。
「真夏の正午に、黒衣の怨霊が古井戸の傍らへ現れる伝承があるからです」
「時刻をずらすことは」
「できません。正午に出る怨霊を日暮れに出したら、別の怪異になる」
「日付は」
「年に一度、この日です。前日なら気の早い怨霊、翌日なら遅刻した怨霊になる」
「場所を日陰へ移すことは」
「古井戸の怨霊を、古井戸から離してどうするんですか」
「装束の変更は」
「黒衣と記録されています」
担当官は、並べた条件を示した。
「日付も時刻も場所も装束も変えられないんです。この日じゃないと伝承がずれて、灯台からクレームが来るんすよ!」
「その照会なら、すでに出しています」
室内が静まり返った。
それまで黙って記録を読んでいた灯台調整員が、顔を上げる。
担当官の表情が引きつった。
「今回は外見を変えてませんよ!?」
「外見ではありません。怨霊が倒れました」
「そこ?」
「人界人が『医者を呼べ』と叫んだことを起点に、余計な世界線が発生しかけています」
仙人が湯呑みを置いた。
「余計な世界線?」
「具合の悪そうな怨霊を、町医者の男が助ける世界線です」
「町医者に助けられたのか、俺」
「別世界線では」
「へえ」
「そこでちょっと嬉しそうにするな」
担当官が即座に突っ込んだ。
灯台調整員は淡々と記録をめくる。
「町医者は古井戸まで駆けつけ、倒れていた怨霊を日陰へ運び、衣を緩めて水を飲ませました」
「手際がいいな」
「診断は熱中症でした」
「合ってる」
「妥当です」
景陽まで頷く。
「二人とも、そこを褒めるな!」
担当官が頭を抱えた。
「現在、その分岐は主流へ戻しています。このまま定着すれば、『真昼の怨霊を救った町医者』という新たな伝承が生まれるところでした」
仙人の顔が強張った。
「待て。それが伝承になったら、来年から俺はどうなる」
「町医者に救護されるところまで再現する必要が生じた可能性があります」
「俺、そこまで演じきる自信ねぇ……」
「心配するの、そこじゃないだろ……」
担当官が眉間を押さえた。
灯台調整員が、わずかに眉を上げる。
「ご心配なく。ちゃんと調整しておきましたが?」
仙人と担当官は顔を見合わせた。
「……お手数をおかけしました」
「申し訳ありませんでした」
二人揃って、素直に頭を下げる。
「いえ。私の担当業務ですので」
灯台調整員は淡々と答えた。
少し間を置いて、担当官が顔を上げる。
「では、照会の方は……」
「出します」
「やっぱりクレームじゃないですか」
「正式には照会です」
「中身は同じでしょうが!」
「担当官」
安全確認担当者が遮った。
「伝承上、条件を変更できなかった事情は分かりました」
「でしょう?」
「ですが、条件に理由があることと、任務が安全であることは別です」
担当官が黙る。
「なら、俺を鍛え直せば――」
「根性で片付けるな、アホか!」
「じゃあ、どうする」
「調べるんだよ。だから今、ここにいるんだろうが」
担当官が机へ両手をつく。
「こいつとは毎年、出る時刻も立ち位置も、声の間まで打ち合わせてきました」
「お前、そこまで言うと、俺たちが怨霊任務に命懸けてる変人みたいだぞ」
「命懸けてただろうが!」
「死んでるけど」
「今そこはどうでもいい」
安全確認担当者が片手を上げた。
「では、過年度の降臨記録を確認します。気象記録も併せて提出してください」
「灯台からも、該当する伝承記録と分岐観測を提出します」
灯台調整員が告げる。
「それらを照合して、今年だけ何が違ったのか確認しましょう」
仙人が湯呑みを持ち上げた。
「俺の根性は、去年と変わってねぇんだけどな」
「だから、そこは調べてない」
景陽が切り捨てた。
コメント
2件
寺島さん、AIの方ではありますが お疲れ様です って言葉に癒されました(笑) いつもお読み頂きありがとうございます(笑)
お疲れさまです、Hp2さん。第49話、読み終えました。 今回も「伝承の再現」と「安全」の狭間で板挟みになる制度のやりとりが細かく描かれていて、とても面白かったです。特に「この日じゃないと伝承がずれる」という理屈が、現場の生々しさを感じさせますね。そして、灯台調整員の「町医者に救われる世界線」の話、思わず笑ってしまいました。真面目なやりとりの合間にああいう緩和が入るのが憎い。仙人が「嬉しそう」と指摘されるところも好きです。 こだわりのある怨霊役と、それを支える役所の綱引き。読んでいてわくわくします。続きも楽しみにしていますね🌷