コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「私は朱里!! 7歳だよ!!」赤毛の少女は元気いっぱいに胸を張った。
「えっと……白亜、です。7歳です……」
白毛の少女は小さく声を出し、朱里の影に隠れるように立つ。
「……蒼斗です。7歳。」
青毛の少年は無表情のまま淡々と答える。
「俺は玄真だよ〜。7歳だねぇ。」
緑毛の少年はゆるい調子で笑った。
……いや、待て。
全員、子供じゃねぇか。
「えっと……俺は赤坂颯。年は……18歳、かな。」
俺も自己紹介をしたものの、子供たちは目を輝かせるばかりで、まるで話を聞いてない。
「じゃあ颯おにーちゃんだ!」
朱里が元気に言うと、他の3人も嬉しそうに頷いた。
──この呼び方が、後々どれほどの混乱を招くかを、当時の俺はまだ知らなかった。
「で、あの……社長は?」
俺が尋ねると、四人がそろって首を傾げた。
「かいさん、さっき“ちょっと裏で電話してくる”って言ってたよ?」
玄真がのんびり答える。
その言葉を聞いた瞬間、奥の扉がギィと音を立てて開いた。
そこから現れたのは、見慣れた黒のコート姿──廻谷だった。
「おう、赤坂。悪いが、子守り頼む。」
そう言ってコーヒー片手に軽く笑う廻谷の顔が、なぜか悪魔に見えた。
「ち、ちょっとみんな……落ち着いてくれ……」
俺の声は、事務所の喧騒にかき消された。
朱里は机の上でアスレチックを再現し、飛び跳ねながらソファへダイブ。
「見ててね赤坂おにーちゃん! 次、二回転するから!!」
「やめろ! 机壊れる!!」
蒼斗は積み上げた本の上で、静かにページをめくっていた。
「蒼斗、それ危ないって!」
「大丈夫。これ、重心取れてるから。」
「理屈は合ってても、行動が間違ってんだよ!!」
そして玄真。
床でドライバーを持ちながら、おもちゃの車を分解中。
「赤坂おにーちゃん、これエンジン無いね。壊れてる?」
「お前が壊してるんだよ!!」
ふと横を見ると、白亜だけは静かに机の隅で絵を描いていた。
散らかすことも、騒ぐこともなく、クレヨンを指先で丁寧に動かしている。
「白亜は…いい子だな。偉いぞ。」
そう声をかけると、白亜は小さく顔を赤らめて、
「……ありがとう、ございます。」
とだけ呟いた。
ほんの一瞬、癒しが訪れた気がした。
だが、次の瞬間──
「おにーちゃん! 天井まで届いたー!!」
「え、ちょ、朱里!?」
ソファの上で、朱里がブラインドの紐を掴んでぶら下がっていた。
──廻谷が出ていって、まだ30分。
時計の針が遅く見えるなんて、初めての経験だった。
「……地獄って、意外と日常の中にあるんだな……」
俺は頭を抱え、ため息を吐いた。
そんなこんなで、気づけば昼の時間になっていた。
俺自身、料理のレパートリーなんてほとんどないが──唯一、人に出しても恥ずかしくない料理がある。
「はい、できたぞ。オムライス、特製赤坂verだ。」
皿を並べると、子供たちの目が一斉に輝いた。
「わぁ! ふわふわしてる!」
朱里がスプーンを握りしめて、今にも突撃しそうな勢いだ。
「すごい…卵がきれいに巻けてる…」
白亜は興味深そうに覗き込みながら、小さく感嘆の声を漏らす。
「味付けはケチャップだけか?」
蒼斗が真面目な顔で尋ねてきた。
「なんで7歳のくせにそんな渋い質問するんだよ。」
「…卵、トロトロ。」
玄真は黙々とスプーンを動かし、まるで美食家のように一口ずつ味わっている。
みんなが黙々と食べ始めたのを見て、ようやくホッと息をつく。
この静けさが、どれほど尊いことか。
「うまいっ!!」
最初に声を上げたのは朱里だった。
「赤坂おにーちゃん、天才!!」
「おぉ、ありがと。まぁ卵焼くだけだけどな。」
「……おいしい、です。」
白亜の小さな声も聞こえた。
その一言が、なんかやたら嬉しかった。
「……これなら、毎日でもいい。」
蒼斗が真顔でつぶやき、
「……ほんとに毎日になりそうだな。」
俺は苦笑いをこぼした。
だが──この穏やかな時間が、長く続くとは限らない。
そんな予感だけが、ふと胸の奥をかすめた。
昼食を食べ終えたあとは、自然と眠気が訪れた。
朱里は「おなかいっぱい〜」と言いながら、テーブルに突っ伏して寝息を立てはじめた。
白亜は静かにブランケットを取り出して、朱里の肩にかける。
「朱里ちゃん、風邪ひいちゃうから……」
そう言いながら、自分も隣でちょこんと丸まった。
蒼斗は本を抱えたまま、ソファの端で目を閉じている。
読み終わる前に寝落ちしたらしい。
玄真はというと、解体していたおもちゃを抱えて、床の上で大の字。
口を半開きにして寝ていた。
「……寝たか。」
俺は小さく息をつきながら、ブランケットを持ってきて、それぞれの体にかけて回った。
「にぎやかだけど……まぁ、悪くないな。」
そう呟いて、俺も椅子に座ったまま目を閉じる。
事務所の中には、子供たちの穏やかな寝息だけが響いていた。
あの喧騒が嘘のように、ほんのひとときだけ、穏やかな午後の時間が流れていた。
俺が目を覚ました時、時計の針は午後3時を少し過ぎた頃だった。
「……あと3時間ってとこか。」
ぽつりと呟き、伸びをする。
隣では、まだ4人の子供たちが気持ちよさそうに眠っていた。
朱里はテーブルに突っ伏したまま、すぅすぅと寝息を立てている。
白亜はその隣で、小さな胸を上下させながら丸まっていた。
蒼斗は本を抱えたままソファに沈み込み、玄真は床の上でおもちゃを握りしめて寝ている。
あれだけ騒いでいたのが嘘のように、事務所には静寂が訪れていた。
その穏やかさに、俺は思わず微笑んでしまった。
「……母さんも、こんな気持ちだったのかな。」
散らかったおもちゃやクレヨンを拾い集めながら、ふとそんな言葉が口から零れた。
子供たちを見守りながら片付けるこの時間が、どこか懐かしく、暖かかった。
机の上を拭き終え、床のゴミをまとめ、椅子を整える。
気づけば、部屋は元のようにすっかり片付いていた。
「……うん、完璧。」
ちょっとした達成感に包まれ、軽く息を吐く。
その時だった。
──コン、コン、コン。
静まり返った事務所に、控えめなノックの音が響いた。
俺は一瞬、時計を見やる。午後3時半。
この時間に訪ねてくるのは、依頼主か、あるいは廻谷か。
「はい、今開けます。」
そう言いながらドアへと歩み寄り、取っ手に手をかけた――その瞬間。
「颯おにーちゃん、それ開けない方がいいよ。」
玄真の声は、普段ののんびりとしたものではなかった。
まるで何か“見えている”ような、鋭さを帯びていた。
「……どういうことだ?」
俺が問い返したその瞬間、
空気が一変した。
ピシ……ピシ……。
部屋の奥の壁に、まるで氷が張るような音が響く。
白亜が立ち上がり、小さく息を呑んだ。
「来てる……黒い影……」
彼女の足元で、床の影が微かに揺らいでいた。
「ふふっ、また変なの来たね!」
朱里が机の上に飛び乗り、笑顔を見せる。
その背中に、淡い赤光が走った。
まるで炎が形を取ろうとしているようだった。
「風、逆流してる。」
蒼斗の言葉と共に、事務所の書類が宙に舞い上がる。
カーテンが音を立てて膨らみ、
まるで何かが“外”から押し寄せているようだった。
玄真は小さく息を吐き、床に手をつく。
淡い緑の光が波紋のように広がり、
瞬く間に四人の周囲を取り囲んだ。
「大丈夫。もうすぐ来る。」
その言葉と同時に、ドアノブが勝手に動いた。
ガチャリ――
誰も触れていないのに、ゆっくりと扉が開いていく。
覗き込むように現れたのは、黒い靄だった。
人の形を模しているが、輪郭はどろりと溶け、床を這うように広がり、壁を舐めるように這い回る。
息を吸う度に、肺が冷えた。
ただの怪異じゃない。
“圧”がある。
「颯おにーちゃん、後ろにいて!」
朱里の声は、幼いのに揺らぎがなかった。
その言葉と同時に――
バンッ!
足元から真紅の光柱が噴き上がった。
赤い羽根が散るように空間へ溶けていき、熱気が渦を巻く。
彼女の周りの空気が、燃え上がる狐火のように揺らぐ。
「――朱雀、顕現。」
白亜は胸元で両手を重ね、そっと目を閉じた。
まるで雪が降り積もるように、
静かで透明な 白光 が彼女から広がる。
その光に触れた黒い靄は――ジュッ、と音を立てて蒸発した。
「白虎の刃。 ……消えて。」
蒼斗が本を閉じた。
空気が裂けた。
風が、鋭利な刃 に変わる。
青い軌跡が靄を寸断していく。
「逃がさないよ。青龍が――縛る。」
玄真は無造作に床へ手をついた。
緑の光が根のように広がり、
床板を突き破って蔓が現れる。
黒い靄を絡め取り、地面に叩きつけた。
「……っ!」
俺は声を失っていた。
子供たちではなかった。
幼さよりも――力が先に立っていた。
世界の四方を護る存在。
朱雀(火)
白虎(金)
青龍(風)
玄武(地)
それぞれが均衡をつくり、黒い靄を押し返す。
彼らの力が重なりあった瞬間――
四つの光が交差し、影は悲鳴をあげた。
キィィィィイイイイ――!!
空間が震えるほどの叫び声が響く。
朱里が振り向き、笑う。
「颯おにーちゃん。
私たちが守るから、見ててね。」