(守られてるだけじゃ…終われない。)
息が震える。
喉の奥がひりつくほど、心臓が暴れていた。
俺は、腰に吊るされた 灰色のハサミ に触れた。
刃は重く、冷たく、
まるで“使われるのを待っていた”ようだった。
――これが俺の武器。
小さく、誰にも聞こえないほどの声で真名を呟いた瞬間、
赤い封印光が弾けた。
バシュッ!
眩い閃光とともに、ハサミは 俺の背丈ほどの巨大な刃 へと変わる。
刃が開くたび、火花のような灰色の光が散った。
(……こいつは“あの女”が使ってたものと同じ。)
指先が痺れた。
ただ触れるだけで、力が脈打ってくる。
朱里が振り返る。
炎を背負った少女の瞳は、年齢に似合わない強さを宿していた。
「颯おにーちゃん、無理しないで!」
蒼斗は俺の手元を見て、低く忠告する。
「……止めない。
だが、“名前”は出すなよ。噛まれる。」
噛まれる――その単語に、背中を冷たい汗が伝う。
白亜が俺の手を包んだ。
温かい光が指先に流れ込み、震えが少し収まった。
「大丈夫。
“あなたの力”は、私たちが守るから。」
玄真の緑の光が地面を走り、黒い靄の足元を絡め取る。
蒼斗の風が、靄の四肢を裂くように吹き荒れる。
朱里が一歩前へ。
「颯おにーちゃん――」
炎が握られた朱里の拳が、闇を照らす。
「そのハサミで、影を断って。」
(……行けってことだな。)
俺は灰鎖を握りしめ、踏み込む。
――ギィィ……ン。
巨大なハサミが開く
金属の悲鳴が、耳の奥に刺さった。
黒い靄が変形し、
腕の形になって、ナイフのような指 を俺へ伸ばしてくる。
ザシュッ!
空気ごと裂ける音。
一歩遅れれば、喉を掻き切られていた。
(怖い。でも――)
俺は引かない。
朱里が怒鳴る。
「いまだよ、颯おにーちゃん!!」
俺は跳び込む。
全身の力を乗せて、灰鎖を振り抜いた。
「――切り裂け!!」
――シュパンッ!!!
刃が空気を断つ。
地面が割れ、灰の光が弧を描いた。
黒い靄の腕が 根元から両断 された。
「ギィィィィィァァァアアアア!!」
影が狂ったようにもがく。
朱里が炎を叩きつける。
「燃えろ!!」
轟ッ!!
蒼斗の風がその炎を吹き上げ、火柱が形成される。
「邪魔。」
白亜が光を広げ、影の再生を阻む。
「あっちに行って」
玄真が地面に触れた。
「動いちゃダメだよ。」
地の鎖が影を縫い止め、動きを完全に封じる。
俺は跳躍する。
巨大なハサミの刃先が影に向かって一直線。
「消えろッ!!」
――チョキィィィン!!!
刃が閉じる瞬間、
闇が 裂け、砕け、霧散した。
光の破片のような灰が舞い落ちる。
静寂が訪れた。
朱里が息を吐き、笑う。
「颯おにーちゃん、やっぱり強いね。」
白亜が袖をそっと掴む。
「こわかったら……手、握ってていいよ?」
蒼斗はそっぽを向いて、ぼそっと言う。
「……真名は、絶対に漏らすな。
怪異は、名前から侵食する。」
玄真がうんうんと頷き、笑った。
「颯にーちゃんの名前は、俺たちが守るよ。」
胸が熱くなる。
(守られるだけじゃない。
一緒に、戦える。)
四人は、ただの子供じゃない。
四神を宿した、“世界の均衡”だ。
そして俺は――
その中心に立っていた。
事務所の空気にまだ焦げた臭いが残っている。
俺は、巨大なハサミ――灰鎖を握ったまま立ち尽くしていた。
手が震えているのは、恐怖か興奮か、自分でもわからなかった。
その時、
ガチャリ。
玄関の鍵が回る音がした。
「よぉ、今帰った。」
廻谷が無造作に入ってきた。
海風みたいな匂いがふわっと広がる。
そして、事務所の惨状と、四人と俺を見て――にやりと笑った。
「……今日も派手にやってんなぁ。」
その声に、胸の奥で何かがカチンと音を立てた。
(こいつ…絶対、わかってたな……!)
全身から力が抜け、そして逆に怒りがこみあげる。
拳が震える。
廻谷は俺に近づき、ポン、と肩に手を置く。
「…得物も使えるようになったみたいだな。」
わざとらしい評価。
その悪びれなさに苛立ちが爆発した。
「アンタ……怪異が来るの、知ってたのか?」
声がかすれていた。
怒りと、悔しさのせいだ。
廻谷は――ひどく楽しそうに笑った。
「だははは!!
別に“知ってた”わけじゃねぇよ。」
ニヤッと口角を上げ、続けた。
「ただなぁ…ガキ共の力が強いからな。」
四人の子供を、ちらりと見る。
「雑魚どもが群れて、力を取り込もうとしてんだ。
…それが、“高頻度で来る”ってだけだ。」
まるで天気の話でもしているかのように。
俺は唇を噛んだ。
(やっぱり……狙われてるんじゃないか。)
朱里、白亜、蒼斗、玄真。
あの子たちは、ただの子供じゃない。
四神の器。怪異にとっては餌なのだ。
廻谷は俺の顔をじっと見て、にやりと目を細めた。
「颯、お前さぁ――」
灰鎖に目を向ける。
「その得物、やっと似合ってきたじゃねぇか。」
心臓が跳ねる。
「だがな、次からは、ちゃんと“前”に立て。
後衛のガキに守られてんじゃねぇ。
お前は“狩る側”だ。」
俺の喉から、言葉が消えた。
廻谷は背を向け、社長室へ向かう。
その背中越しに、軽く言い放った。
「――怪異にはな、追われる側と、追う側がいるんだよ。」
バタン。
扉が閉まる。
残された空気の中で、俺は拳を握った。
(追われる側で終わる気はない。)
灰鎖を握りしめる手に、熱が宿る。
(俺は――追う。)
四人の子供たちが、静かに笑って見ていた。
子供たちの密談
事務所の二階。
散らかったお菓子袋と、ぬいぐるみだらけのソファ。
四人は輪になって座っていた。
まるで秘密基地の会議みたいに。
朱里が、じゃがりこの蓋をぽんっと開けながら言った。
「ねぇ、白亜!」
白亜が、もぐもぐクッキーを食べたまま見上げる。
「ん〜? なぁに、朱里ちゃん?」
朱里はニヤリと笑って――
「颯おにーちゃんのこと、どう思う?」
白亜は一瞬だけ考えてから、ほわっと笑った。
「颯おにちゃんはね、好きだよ。
やさしいし、頭なでてくれるし。」
「ふふーん、でしょー?」
と朱里が得意げに胸を張る。
が、白亜が続けて言った。
「でも、天音おにーちゃんの方が、もっと好き。」
「くっ……!!」
朱里はダメージを受けた顔をしたが、
すぐ笑顔で反撃した。
「いいもん!私は零夜おにーちゃんが大好き!」
その横で、蒼斗がアイスを食べながら無表情で呟く。
「別に、好きでも嫌いでもない。」
朱里の即ツッコミが入る。
「ほらー!碧斗ってそういうとこある!!
あんた、時雨おねーちゃんにはデレデレなくせに!」
「……デレデレじゃない。」
耳がほんのり赤い。
言葉以上にわかりやすい。
白亜はその様子を見て、クスクス笑った。
最後に、ソファの背もたれに逆さまに座っていた玄真が、 ストローをぷくぷく鳴らしながら言う。
「えー、僕は颯おにーちゃん好きだよ。」
三人が一斉に振り返る。
「え?まさかの玄真?」
玄真はにししと笑い――
「だってさ、遊んでくれるじゃん!
ゲームも付き合ってくれるし、一番ノリが良いんだもん。」
朱里「それ“好き”っていうの?」
玄真「うん!遊んでくれる好き!」
蒼斗「……雑。」
白亜「でも、玄真らしいね。」
朱里は満足げに頷き、結論を出す。
「じゃあ決まり!
颯おにーちゃんは――」
四人一斉に叫ぶ。
「遊んでくれるお兄ちゃん!」
その瞬間、階段の下から声が聞こえた。
颯「……全部聞こえてるけど?」
四人「!?」
蒼斗が真っ赤になり、
朱里はバタバタ手を振って否定し、
白亜は慌ててクッキーを隠し、
玄真はただ笑っていた。
その騒ぎが、事務所にひとときの平和をもたらした。
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